第6話 長い一日
昨日は結局、漠然とした不安から一睡もできなかった。
そういう私の横で、夫は朝まで熟睡できたようだ。朝、目覚ましが鳴る5分前に、ああ、もう朝なのか。ゆっくり寝たな、と夫が言った。彼はなぜかいつも目覚ましが鳴る前に起きるのだった。
おはよう。よく眠れたみたいで良かった。今日は検査だね。終わったら連絡してね。
これだけ言うと、私はベッドから抜け出して、身支度を始めた。
うん、わかった。行きたくないけど行くよ。
という、夫の声が後ろから聞こえた。まだ、私は夫の顔を見て話すのが怖かった。不安からわっと泣き出してしまいそうな、またはその不安を押し隠すために能面のような表情のない顔で接してしまいそうな、どちらにしろ検査前の夫にはストレスにしかならないだろう。
じゃあ、行くね。病院のアドレス、送っておいたから。気を付けてね。
私は夫のほうを振り返りもせずにこれだけ言うと、そのまま玄関を飛び出した。
後になって気づいた。
もう少し、世話したほうがよかったのでは。気分はどう、何着ていくか決まってるの、何時ごろに出るの、とか、普段の私だったら、夫が、子供じゃないんだから大丈夫だよ、と言うまでいろんな世話を焼き続けたはずだ。
この2日間で夫への接し方がすっかりわからなくなってしまった私には、これらのことさえ夫を前にするとできなくなってしまったのだ。
それに、私はミチコの連絡先を知らないではないか。
万が一夫に何かあって夫が私に連絡できなかったら、ミチコしか頼る人はいないのに、私は肝心のミチコの連絡先をしらない。なぜ私が聞かなければいけないの、という変なプライドは捨てて、きっと聞くべきなんだろう。
そうだ、次に連絡が来たら聞いておこう。
昼になっても連絡がこない。検査は11時からだったはず。どうなったんだろう。
またしても不安が訪れる。胃カメラ、検査、所要時間、というキーワードで検索してみる。60分から90分。そうなのか。そしたらもう少しかかるのかも。
1時になっても、2時になっても連絡がなかった。
夫に連絡すべきだろうか。連絡を待つべきだろうか。
頭の中で悶々とそんなことを考えていると、夫からLineのメッセージ。
いつも夫が使っているスタンプのシリーズで、熊がコミカルにデザインされているもの。熊が「終わりました」とにこやかに大きく手を振っている。
ふっと涙がこみ上げる。全く心配させて。
私は「お疲れさまでした」と、ひよこ柄のスタンプで返信。ひよこがお茶を入れてくれるスタンプだ。
どうしても聞きたいことは、聞いてはいけないことのような気がして、聞けなかった。
「どうだった?」
一体付き添ったミチコはなぜ私に連絡をよこさないのか。理不尽な怒りをミチコにぶつけてみたくなった。
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