第5話 前夜
帰宅すると、夫はすでにベットでゴロゴロしていた。そうか、明日胃カメラなんだから、夜ご飯だって、早く食べなきゃいけないはずだよね。そこまで考えていなかった。
明日は、私一緒に行けないんだけど、ミチコさんが一緒に行ってくれるって言ってたよ。
このセリフは、駅から自宅に歩くまで、何度も口の中で繰り返した。そう、これならいえるだろう。しかし、私が考えたセリフは、私が口にする前に、夫のほうから言われてしまった。
明日は、君じゃなくてミチコが来るんだってね。相変わらず忙しいんだな、君は。
恨みがましく言ってくれれば少しは気が楽だっただろう。夫の声は、何の抑揚もなく、ただ淡々と事実を述べているに過ぎなかった。
そうなの。ごめんね。実績のある先生だから、きっと大丈夫だよ。
やっとのことでこれだけ言うと、私はリビングに戻り、ソファにすとん、と腰を下ろした。そして、猛烈な不安に襲われた。
もし変な病気が見つかったらどうしよう。まだ病気かどうかもわからないのに、ミチコのこともあって、夫の顔がまともに見られない。それに、会話だってスムーズにできなくなってしまった。
そう。ミチコからの電話ですべてが変わってしまった。何の変哲もない、繰り返される毎日。夜には会社の愚痴をお互い話したり、次のバケーションはどこに行こうか計画を立てたり、いろんな話をしていたっけ。それなのに今はどう接していいかわからない。ミチコのことだって話ができていないじゃないか。
どうしたいの、あの人とのこと。私とのこと。
聞きたいけど怖くて聞けない。それに今は、胃カメラとその結果が先決だろう。
どれくらいソファに腰かけていたかわからないが、夫のいびきが聞こえてきたところで少し安心した。これだけはいつもと変わらないと感じられたから。
私は夫のいびきを聞きながら、ソファからずっと立ち上がれないでいた。
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