外伝2 冬主ネイスクレファとセヴィリヤ白神官の物語

ダイアモンドダストと若葉

『拝啓 お父様 主島の神官学校では、これから春休みに入ります。こちらは吹く風も暖かくなり、冷たい空気にも穏やかさが増してきました。そちらの冬島ではいつも寒いでしょうね。風邪に気を付けてください。そうそう、春休みになるから、しばらく私も冬島に帰ります。待っていてください。 サラン・バートラム』




 いつも物静かで冷静な冬島、冬神殿の筆頭神官、白神官はくしんかんセヴィリヤ・バートラムの顔が、何か緩んでいる。いつも蒼白いほどの白い顔には赤みがさし、口角が少し上がっている。

 冬島の季主きしゅ冬主とうしゅネイスクレファは執務室で朝の報告を受けている間にそう思っていた。

 彼のいつもと違う様子に、ネイスクレファはくすりと分からないように笑む。何か良い事でもあったのだろうと察しをつけて聞いてみた。


「セヴィリヤ白神官、何かいい事でもあったのかの」

「は……はあ、いや、何故ですか?」


 セヴィリヤは少しうろたえた様子を見せて、そして照れて少しうつむいた。白神官の象徴の小さなダイアモンドの額飾りが額で揺れた。


「実は、娘が主島の神官学校から春休みで帰ってきたのです」

「春休み? もう主島では春なのか。一年とは早いものよの。娘はいくつになった?」

「今年で十五歳です」

「ほう……ではセヴィリヤ白神官はいくつになった?」

「私ですか? 私は今年で四十五歳になります」


 それを聞いてネイスクレファはほうっと息を吐いた。


「人間とは本当に成長が早いの」

「そういうネイスクレファ様はいつまでたってもお美しいですね」

「褒めても何もでんぞ」


 ネイスクレファは笑った。

 実際、ネイスクレファの姿は性別の無い季主ではあるが、とても美しい。

 銀の背中までの髪に銀の瞳、白い礼服を着ている。全体的に色素が薄いが、内側から輝いている何かがあった。


「そうだ、ネイスクレファ様、娘も帰ってきた事ですし、一緒に食事などどうですか?」

「食事?」

「娘の料理はなかなか美味うまいのです。主島で習っているのだとか」

「そうか……食事、ね。よいよ」

「では近いうちに予定を調整しておきます」




 白神官の屋敷は氷のような白い外壁で、冬神殿の隣に素朴に建っていた。筆頭神官だけあって、住処も冬神殿の近くにある。

 セヴィリヤと娘のサランはネイスクレファに迎えを出し、頭を下げて居間に通した。綺麗に片付いていて、温かみのあるその居間の中央に、大きな食卓があった。


 そこには一般家庭で食べる、素朴な料理が用意してあった。

 芋を煮たもの、冬島の温室でできる色とりどりの野菜を使った料理。海産物を焼いて白葡萄酒で味付けしたもの(冬島は海もいだいている)、米を炊いた飯。それらが食卓いっぱいに並べてあった。


 季主は食べ物を必要としない者だが、食べて味わう事はできる。

 久しぶりに食べられる素朴な料理にネイスクレファは香りだけで上機嫌になった。

 セヴィリヤの使用人がネイスクレファの椅子を引く。そこに座ると、セヴィリヤとサランも席についた。


「サラン、大きくなったのう」


 ネイスクレファが以前見た時は小さな子供だった。ついでにいうとセヴィリヤ白神官も最近まで青年だった……気がすると彼女は思う。


「こんなに美味しそうな料理は久しぶりじゃ」

「冬主様のお口に合うか分からないですけど、一生懸命作りました。召し上がってください」

「そうか、では遠慮なくいただく事にするかの。これだけ作るのは苦労だったろう」

「そう言って頂いただけで十分です。ところで冬神殿でのお父様はどんな様子なのですか? ネイスクレファ様」

「立派に白神官を務めているよ」

「ネイスクレファ様、お父様はいつもネイスクレファ様の事を『ダイアモンドのように美しい方』だと言っているんですよ」

「ほ……」


 ネイスクレファは意外な顔をしてセヴィリヤを見た。


「そんな事を娘に言ってるのか」

「いえ、その……こら、余計なことを言うんじゃない、サラン」

「あら、いいじゃないの、お父様。それにダイアモンドのように美しい、なんて私だって誰にも言われた事ってないわ」


 困っているセヴィリヤにサランは何でもないように流した。


「ほほほ、仲が良いのはよいことじゃの」

「私もネイスクレファ様はダイアモンドのようにお美しいと思います。とても羨ましいです」

「そうかい? 私はセヴィリヤ白神官とサランたちの方が羨ましいと思うよ」

「? 何故ですか?」

「何故だろうねえ」


 ネイスクレファは意味ありげに微笑んだ。

 人間はいいな、とネイスクレファは思う。

 血を残していける。セヴィリヤとサランのように。

 自分の子供、孫、と血を残して、それは固い絆になる。

 自分は―― 季主だから。血を残す意味がないから、性別さえないのだろうか?


「サラン、貴女あなたは神官学校を卒業したら冬島にくるかい?」


 そう聞いたネイスクレファにサランは曇った顔をした。


「白神官の娘としては冬島に行くべきなのでしょうが……。正直、分かりません」

「なぜ? 誰か主島に好いているものでもいるのかの」

「……それもあります。それにもう、主島に住んで八年になります。人生の半分を主島ですごしてしまいました……。お父様は冬島に戻って欲しいみたいですけどね」

「あたりまえだろう。冬島の冬神殿に勤めてネイスクレファ様に仕えろ」


 セヴィリヤは少し焦って怒ったようにサランに言う。

 サランはあいまいに微笑んだだけだった。




 冬神殿に戻ったネイスクレファは今日の夕食会を思い出して、少し切ない気持ちになった。

 サランが冬島に戻るか分からないと言った時に見た、セヴィリヤ白神官の顔。それは焦っていて、怒っているようだったけれど、とても寂しそうだった。


 サランには母親がいない。サランが小さい時に病気でなくなったという。

 それでも白神官の娘という立場上、主島の神官学校へ通わなければならなかった。白神官は世襲制ではないが、父親の神官としての立場が高すぎた。

 一人で行ったわけではないし、使用人も世話役もいただろう。

 それでも、想像するまでもなく、サランもとても寂しい思いをしただろうし、今もそうかもしれない。


 そして、ネイスクレファもそうだった。

 夕食会で感じたセヴィリヤとサランの絆を羨ましいと思った。

 微笑ましいとも思った。


 誰も、みな、寂しさを抱えている。


(そのうち秋主しゅうしゅのアレイゼスのところへでも遊びにいくかの……)


 ネイスクレファはそう思いながらその日は就寝した。

 そして次の日の朝、寝台から起きて窓を見たネイスクレファは見慣れたダイアモンドダストを見た。大気の水分が朝のつめたい空気に冷やされて凍って起こる現象だ。本当にダイアモンドが舞っているようで美しい景色だ。


 ダイアモンド―― 

 硬質で冷たい輝きを放つ、美しい宝石。

 確かに美しい。

 しかし、ネイスクレファは窓辺に置かれた観葉植物が芽をだしている事に気が付き、ふと思った。


(主島では春が来ている……あたしが新しい若葉の方が美しいと思うのは……贅沢なのかの)


 若葉を見て何故かサランの顔が浮かんだ。




 しばらく経ったある日、朝の報告にネイスクレファの執務室に来たセヴィリヤ白神官は、なんだか気落ちしていた。ネイスクレファは容易に察しがついた。


「サランが主島に帰ったか?」

「はい……意外にさっぱりと帰って行ってしまいましたよ」


 顔は笑っていたがネイスクレファはセヴィリヤ白神官が泣いているように見えた。


 みんな寂しさを抱えている。

 だから人間は寄り添ってあたため合って、愛するのだろう。


 そして。


 あたしも。


 ネイスクレファはそう思う。

 そして改めて冬島の者たちを愛そうと、ネイスクレファは『心』で思った。


 ダイアモンドダストと若葉 終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る