外伝3 クラウス翠神官とその息子ベルントの物語

秋主アレイゼスは英雄?

 秋神殿あきしんでんの隣に建つ、大きな屋敷。

 それはこの秋神殿の筆頭神官、翠神官すいしんかんクラウス・ライメルスの屋敷だ。

 そのクラウスの屋敷の子供部屋、と言っても大きな部屋で、寝台や寝椅子、壁を覆う本棚、箪笥、等、いろいろな物が揃っている。

 その寝台に腹這いになりながら、夜のひと時、本を読んですごす翠神官の息子、ベルント・ライメルスがいた。


 ベルントは六歳だ。そして大の本好きであった。

 本は面白い。

 美女を助けるために山の上の竜を倒したり、妖精と仲良くなったり、悪の親玉を倒したり。


 英雄―― そんな主人公にベルントはいつも憧れていた。


 いつか自分もそんな冒険をしてみたい、そんな気持ちを抱えて、目をキラキラさせて本のページをめくる。


(いつか、ぼくも英雄になるんだ)


 そんな事を考えている内にベルントは眠ってしまっていた。




 朝起きたベルントは父であるクラウス翠神官に昨日の本の面白さを語った。

 父はうんうん、と笑顔で聞いていてくれ、ベルントは気持ちが良くなった。

 そして、ふと父に聞いてみたい事ができた。


「父上のあこがれた英雄っていますか?」


 ベルントは別の本の中に出てくる、カッコいい英雄を父が教えてくれると思った。そうしたら、今度はその本を読もうと思った。

 しかし、父が言ったのは全くベルントの予想を超えた。


「秋主のアレイゼス様かな」


 秋主しゅうしゅ、それは、この秋島あきとうの季節を護る力の源、存在自体が神のような、この秋島の季節の主、季主きしゅである。

 秋という季節を一定に保つ為に、アレイゼスはいる。そこにいるだけで、秋という季節が秋島では守られる存在だった。


 だから、当然、翠神官の息子のベルントも、六歳だが名前は知っている。翠神官の息子でなくても、秋島の者なら、いや、この世界のものなら誰でも知っている。


「秋主アレイゼス様は、筋骨隆々としていらして、力強い、頼りになる方だよ。どっしりと構えていて、それでいて朗らかで屈託ない方だ。父の憧れはアレイゼス様かな」

「そうなのですか。今度会ってみたいです。ダメですか?」


 その言葉にクラウスは少し考えた。ベルントは来年の四月に主島の神官学校へ入学する。

 自分の後を継がせようとは思っていないが、秋神殿筆頭神官の息子なので神官学校へ入学させるのだ。 


 翠神官は世襲制ではないが、息子にはある程度神官としての知識を持っていて欲しかったからだ。主島にはクラウスの妻と末の娘も秋島と行ったり来たりで、ベルントと共に行ってしまう。寂しくなるが仕方がない。


 来年からはもう、ベルントは秋島にはいない。

 そうなると当然、秋主アレイゼスに会う機会もなくなるだろう。


 そう思うとクラウスは、アレイゼスに一度、息子を会わせたくなった。


「アレイゼス様に頼んでみよう。間近でお会いするなんて、誰にも出来ないよ」


 クラウスは息子を見てにっこり笑った。

 ベルントは目をキラキラさせて喜んだ。




 その日、ベルントはクラウスに連れられて午前中の間だけ、という条件つきで秋主アレイゼスに会う事が許された。

 駱駝ラクダに二人で乗り、ゆっくりと砂漠を進む。秋島は砂漠も抱いた浮島だった。

 砂漠……なんで砂漠に来たのだろう、とベルントは不思議だった。だからまた父に聞いてみた。


「何故、砂漠に来たんですか?」

「それはね、アレイゼス様は鉱石を掘るのが趣味な方だからだよ。お前を秋神殿に入れるわけにはいかないし、ならアレイゼス様が余暇をすごす、ここに連れてこようと思ったんだ」


「鉱石を掘るのが趣味……なんですか?」

「そう。そして大抵、何も収穫がない事が多い」


 クラウスは面白そうに笑んだ。


 砂漠の一画に鉱山のような山があり、その山には横穴が沢山掘られていた。

 そこでクラウスは大声を出す。


「アレイゼスさまー」


 大気に声が吸い込まれそうな広い砂漠で、その声は大きく響いた。


「おう、来たか」


 ひょこりと。

 その人は砂漠の鉱山の穴から頭を出した。

 褐色の肌の色、そして金髪で緑の瞳をしていた。

 容姿は父が言ったように、筋肉質で、力強さを感じる。どっしりともしている。

 だが――


(なんだかちょっと偉い人には見えないなあ……顔も砂で真っ黒だし、汚いかっこしているし)


 汚れたシャツとつなぎを着たアレイゼスに対するベルントの第一印象は、こうだった。

 父が「英雄」だというから、どんな格好の良い方かと思ったけど、がっかりだ。

 そう思った。


 クラウスがアレイゼスに頭を下げる。


「休日中に申し訳ありません、アレイゼス様。どうしても息子にアレイゼス様がどんな方か、見せたかったのです」

「俺を見ても大して得にはならんがな」


 アレイゼスは豪快に笑った。


「坊主、ちょうど良かった、これをやろう」


 アレイゼスはベルントの手に石のかけらを渡した。


「この石には金が含まれている。ちゃんと取り出して磨かないと輝かないが、原石とはそういうものだ」


 その石はきらきらと金の筋や粒が入っている、綺麗な石だった。


「有難うございます、大事にします」


 穴から出てきたものすごい大男に見えるアレイゼスは、腰をおろしてベルントと目線を合わせた。そしてベルントの髪をくしゃりとかき混ぜる。


「小さいな、いくつだ」

「六歳です」


 ベルントはしっかりと答えた。

 そんなベルントを見てクラウス翠神官は笑む。

 アレイゼスが言った。


「茶でも飲むか。休憩だ」




 砂漠に簡易テントが張られていて、そこに水筒が用意してある。ついでにお菓子もあった。アレイゼスはベルントに菓子と茶を渡し、自分とクラウス翠神官にはコーヒーを用意した。クラウス翠神官は自分が淹れると言っていたが、アレイゼスは手早く水筒からコーヒーを器に入れた。クラウス翠神官は恐縮していた。


「アレイゼス様」

「なんだ、坊主」

「ぼくは本が好きなんです。それでこの前、英雄について父上と話をしたんです」

「ほう」


 アレイゼスはこの六歳のベルントの話がどこに行くのか、じっくりと聞いた。


「それで、ぼくは美女を助ける為に竜を倒したり、悪の親玉を倒すのが『英雄』だと思っていたんです」

「ほう」

「で、父上にも聞いてみました。父上の英雄は誰って」

「ふむ」


 クラウス翠神官はここまで聞いて焦った。

 聞かれて困る事ではないが、恥ずかしい。


「ベルント、その話はもうやめなさい」


「えーどうして?」

「なぜだ? 俺は聞きたい」


 二人に振り向かれ、睨まれてクラウス翠神官は少しきまり悪げに眼を閉じた。


「父上の英雄はアレイゼス様なんですって」

「ぶっ」


 アレイゼスは飲んでいたコーヒーを少し吹いた。


「恥ずかしい奴だな、クラウス翠神官」

「だからさっき止めておけば良かったんです」


 ベルントは続けた。 


「アレイゼス様は竜とかを退治したり、美女を救ったりしたんですか?」


 ベルントの素朴な疑問にアレイゼスはにこりと彼に笑んだ。


「竜は退治してないが、この秋島の者を自分の力で護っているな。季主としての力を使う事はもちろんだが、それ以外でも。俺はこの秋島のものすべてが愛おしい」

「愛おしい?」

「大好きだ、という事だ」

「ぼくも、父上も、母上も、妹も?」

「そうだ。木も花も人間も動物も、大好きなんだ。だから守る。俺にしか出来ないやり方でな」


 そういえば、秋島から主島への飛行船と、秋島から冬島までの飛行船、それとこの秋島を結界で護っているのはアレイゼスだということをベルントは思い出した。


 目をいっぱいに広げてアレイゼスを見る。


「お前の父上のクラウス翠神官はそんな俺の片腕だ。お前の父上も凄い人間なんだぞ?」

「はい!」


 アレイゼスはベルントの頭を再びくしゃりとかき回すと、コーヒーを飲んだ。

 ベルントはさっき感じたアレイゼスの印象が、がらりと変わったのを感じた。




 父のいう『英雄』の意味が少し分かった気がする。ベルントはアレイゼスにすっかり魅了された。


 大好きだから―― 俺にしか出来ないやり方で護る


 そう言ったアレイゼスの言葉が、難しいなりにベルントには理解できた。

 そして堅く心に誓う。


(ぼくはいつかきっとアレイゼス様の役にたつんだ。そして父上のようになりたい)


 小さなベルントは、家に帰って昼間アレイゼスから貰った金の筋が通る石を、めつすがめついつまでも見つめていた。



 秋主アレイゼスは英雄? 終わり



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