最終話 アレキサンドライト

「クレス、五十歳の誕生日、おめでとう」


 レイは大神官の屋敷の食卓で、そう言って椅子から立ち上がった。そして、自分の持ってきたケーキをクレスに取り分ける。

 広い居間の食卓には、クレスの屋敷の使用人がつくった料理が所せましと並べられている。


 クレスは五十歳になった。しかし、精悍な面差しは未だくたびれたところはない。

 髭は生やしておらず、体つきは頑健で、直毛の髪は十代のころからはずっと短くした。

 今のクレスはレイと同じくらい身長もある。十八歳になったあたりからめきめきと伸びたのだ。

 そして、今は普段着のシャツとズボン姿でくつろいだ格好でいる。

 大神殿では深緑色の長衣を着て仕事をしていた。大神官の制服だ。

 五十歳にして現役の働き盛りのクレスだった。


 屋敷にはクレスの養子になっている、クレスの弟であるカイスの長男ディルが、次期大神官として一緒に住んでいた。ディルは今年神官学校を卒業する18歳の青年だ。クレスとは違い、品行方正な穏やかな青年だった。

 ディルはレイがケーキを取り分けてくれていることを、にこやかに見守っていた。そして、養父であるクレスの方を見た。クレスも上機嫌でレイをみている。


「レイファルナス様がケーキを取り分けてくださるなんて、うちの養父は贅沢ですね」

「本当だよ。ありがたいと思ってほしいな」


 レイもディルの言葉を受けて、くすりと笑った。


 昔、クレスが十八歳の誕生日のときから、レイは毎年クレスの誕生日を祝っていた。

 しかし、クレスは思う。ここにきてレイは少し元気がないように見えると。

 ふとした瞬間に、物思いにふける顔を見せる。その理由はクレスにも大体見当はついていた。


「なんか元気ないな、レイ?」


 昔から変わらない口調でクレスはレイを気遣った。

 しかし、レイは曖昧に微笑むだけだ。


 レイにとっては、もう、クレスの残りの時間が無いも同然だったから。

 

「なんでもない」


 そう言ってやり過ごすことしかできない。


「俺は五十歳になったけど、レイは昔のままだな。まだ二十代半ばに見える」

「私はこれでも二千歳を超えてるよ。クレスよりもずっと年上だ」

「そうだったな。忘れてたよ、いつもレイは綺麗だから」

「人間は歳を取ると、恥ずかしいことでも平気で言うようになる」


 クレスとレイが話していると、ディルが苦笑して間に入った。


「もう、のろけはいいですか? お祝いのケーキを食べましょうよ」


 そんな会話を交わしつつ、その日はクレスの誕生祝いのケーキを三人で食べ、笑いあったのだった。




 クレスが大神官になって、八年が過ぎていた。父であるバレルが逝去したから、クレスはその跡を継いだのだ。

 八年のうちにも、この国は色々なことが起こり、クレスは息をつく暇もない。

 そんなある日、クレスは創造主リアスに聖殿へと呼ばれた。


 創造主に呼び出されるのは割とあることだったので、クレスはさして重要なことでもないだろうと見当をつけて聖殿へと赴く。


 聖殿の椅子に座っている創造主リアスの前で頭を下げた。


「お呼びだと聞いて伺いました。私に何か御用でしょうか?」 


 重々しい声で創造主へと伺いをたてる。

 するとリアスはクレスに見えるように、赤く光る大ぶりな石を手のひらにのせて、言った。


「クレス、お前は最近五十歳になったと聞いた」

「はい。月日が経つのは早いものです」

「本当に早いな」


 創造主は手の中の赤い石を撫でた。


「……この石はアレキサンドライトという。今は赤いが、太陽の下では青緑色になる」

「そうですか。随分珍しい石ですね。それがなにか?」


 クレスは心底不思議に思って聞いた。創造主は自分に何を言いたいのだろうか。


「前々からここにも季主が一人欲しいと思っていた。主島の季節を司る季主がな」

「は、あ……そうですか」


「このアレキサンドライト、この主島の季主に相応しい石だと思わないか? 季節が変わるように、光で色が変わる石だ。主島の季主の本体にしたいと思っている」

「そうですか」


 なぜ、今になって主島に季主が必要なのだろうか。クレスにはリアスの意図が掴めなかった。


「そして、今、一番その座にふさわしいのは、クレス、お前だ」

「はあ?! 俺?!」


 クレスは地が出るほど驚いた。


「考えてみてはくれぬか。無理にとは言わん。季主は孤独で長いせいを生きるものだ。よく考えて欲しいと思う。だが、もしも、季主になる意思があるのなら、このアレキサンドライトを死ぬまで肌身離さず、持っていて欲しいのだ」


「死ぬまで……? 俺が季主?」


「もしも季主になるのなら、これはクレス、お前が死んだあとの魂を入れる核になる。レイファルナスの本体のサファイアと同じ働きをするものになるのだ。だから魂になじんだ石にするために、肌身離さず持っていて欲しいのだ」


「ならば、季主になるのは、俺が死んだあと、ってことなんですね。そしてそのあとに、俺はこの主島の季主として、そのアレキサンドライトを核にしてよみがえる……ってことですか?」


「そうだ。ついでに言うと、季主の身体は年齢を変えられる。若い身体でいられるということだ。記憶も持ったままだ」


 そう創造主は言った。


 クレスは考えをめぐらした。今すぐ答えが出せるたぐいの問題ではないだろう。

 しかし、彼は思い切って言った。


「ええ、分かりました、リアス様。俺、この主島の季主になります」


 クレスはレイが最近見せる憂いを含んだ笑顔を思い出した。

 自分にはどうしてやることも出来なかった、レイのこころの翳り。

 その原因はクレスにも見当がついていたが、何も出来なかった。

 そのこころを守ることが出来るのなら、クレスはレイと同じせいを生きてもいいと思った。


「……答えが早いな。そんなに早く答えを出して、後悔するんじゃないのか?」


 創造主は意外だという顔でクレスを見た。


「いいえ。俺、放っておけない大事な人がいるんです。リアス様もお分かりでしょう?」


「……ああ。そうか」


 創造主は深く、一つ息を吐いた。


「そうか、思った通りだった、クレスよ。やってくれると思っていた。お前たちの絆を見ていると、この先が不憫に思えてな。わたしもレイファルナスが泣くのを、もう見たくなかったのだよ。クレス、お前がそう言ってくれるのなら、それに越したことはない」


 創造主はほっとした様子で椅子に深くもたれる。


「本当に後悔はしないか?」

「ええ。しません。レイとずっと、この世界を護って行きます。終焉おわりがくるそのときまで」

「……そうか」


 リアスはそれを聞くと、クレスの手にアレキサンドライトを握らせた。

 クレスはぎゅっとそれを握りしめた。




 その日、クレスはアレキサンドライトを小袋に入れ、それに紐をつけて首から提げた。

 そしてサファイアの耳飾りに囁きかける。


「レイ、ちょっと話したいことがあるんだ。今からこっちに来れるか?」


 返事はすぐにきた。


「ああ、いいよ。今いく」


 クレスは自室で像を結び出すレイの姿を見つめた。

 夏島の季主の姿をした、青色を基調にした衣装を着た彼を。

 レイを見つめながら、アレキサンドライトのことをどう切り出そうかとクレスは色々と考えた。

 レイはきっと戸惑うだろう。自分と同じものになろうとしているクレスを止めるかもしれない。


 しかし、クレスにも固い信念があった。

 レイと昔、約束したことを思い出す。 


 二人で一緒に、この世界を護って行くと。


 死んだあとにも季主になって、いままでとは違う形で、またこの世界を護るのだ。


 はっきりと像を結んだレイの姿をみて、クレスは大きく深呼吸をした。


「クレス、どうしたの?」


 突然の呼び出しを不思議に思ってレイが聞く。


「レイ、大事な話があるんだ。あのな」


 これから先の大事なことと、自分の意思を最愛の人に伝えるために、クレスは話を始めた――


 ~FINALE~







【後書き】


 設定集


 作中ではあまり書いていない設定を書いてみたいと思います。ネタバレ満載なので、本編を読んでから読むことをお勧めします。


【季主の仕事】 

 これは後書きに書いてありますが、季主は自分の浮島にすごく関心があります(当たり前ですが)。なので、そこにいる生物を研究しています。もともと各浮島にいる生物は、季主がつれてきました。それがどんな風に進化しているのか、確かめたいのかもしれません。


【季主の身体】

 男性体 (アレイゼス・レイ)か女性体 (ネイスクレファ・ルファ)を創造主から貰っています。外見は人間の身体のままですが、生殖能力はありません。食べることも寝ることも必要としないですが、食べることも寝ることもできます。身体に致命的な損傷を受けると、身体は消滅してしまいますが、それには創造主がすぐに気が付きます。


【大神官の地位とクレス】

 大神官とは、人間たちの要になる最重要職であり、世襲制です。なので、簡単に言うと、王様みたいなものです。しかし、主島であがめる創造主には頭が上がりません。各浮島の筆頭神官のまとめ役でもあります。

 そんな大神官の息子であるクレスは、この国の一番のお坊ちゃんです。王子様みたいなものです。そんな彼が食堂でバイトして酒飲んでるというところが、破天荒なのです。


【飛行船の加護と、中央冷暖房装置】

 動力はレイの力を籠めたサファイアと、ネイスクレファの力を籠めたダイアモンド。

 そこから季主の力を感知して動きます。電池みたいなもの・笑


【大神殿と季主の道】

 二回建ての白い建物。すべての神殿前には広場と小さな林のようなものがあり、林の中の祠に季主の道があります。聖殿は中庭を挟んだ対になっている場所。そこに創造主がいます。

 広場は、お祭りのときや民が集まるときに、大々的に開放されます。(例:夏主祭(外伝「心の花」より)ほかにも春主祭や秋主祭、冬主祭が各浮島であります)


【冬島と夏島の海】

 夏島は四分の一くらいが海。冬島はごく小さな海があります。湖もあります。主島、秋島、春島にはとても大きな湖がいくつかあります。


【季主の聖殿と執務室と私室】

 各神殿の三階に、三部屋あります。聖殿は謁見などに使い、普段は執務室で仕事をしています。その隣の部屋は、扉を挟んで私室です。風呂もトイレも台所もすべてそろってます。 

 季主は常に神殿にいるので、当直の神官がいます。その他の神官は自宅へと帰ります。        

 

【レイの執務室の夏島の全景図】

 レイがむかし自分で描いた、夏島の絵。レイは夏島の地形や村などを熟知しています。それを絵におこしたもの。長く生きているので絵に凝ったこともあるようです。

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