第32話 その後のはなし

 神官学校の授業が終わり、クレスは帰り支度をした。学校の外に出て、もうすぐ校門をくぐって家へ帰れる。叔父の経営している食堂の仕事は辞めた。今は神官としての勉強に精を出す気だ。


 クレスはつい最近までの旅のことを考えていた。なんだか色々あった。

 あのあと、冬島ではセヴィリヤ白神官が言ったように、五日で配管工事はおわった。そして、冬島の首都を覆う中央暖房装置は再稼働した。

 五日のあいだ止まっていたため、色々と生活に支障が出たが、隣り合う浮島からの援助で冬島は持ち直してきている。


 春島の春主ルファは大人の姿で季主としての務めを果たしているという。

 この事件はみんな自分が招いたことだった、と深く反省していると。


 ダリウスの一派である民衆をルファが説得するのは、さほど時間はかからなかった。

 ルファは大人の姿になり、民の不安の一つは無くなった。

 そして、春島を護る貴石は永遠には持たない。

 それならば、やはり春島の結界は季主に頼るしかない。

 ダリウスは春島の牢で終身刑となり、一生を牢で暮らすことになった。


 ダリウスが牢に入ったことで、季主の存在に疑問を持った民衆たちの思想は崩れて行った。たしかに絶対的な存在は恐ろしい。だけど、戦争さえしなければいいのだ。それは人間達の問題であり、課題であった。

 ダリウスは敵に回してはいけない存在を敵に回していた。

 朱神官の後任は、次席だった五十代の女性である。


 色々とあった分、成長できた気がするとクレスは思う。

 レイという大事な人とはいつも一緒にはいられないけれど、この耳飾りがあるかぎりいつでも逢える。 

 クレスの片方の耳にはレイと同じように耳飾りの穴が開けられ、レイのサファイアの耳飾りが頬の横で揺れていた。それは耳に引っ掛けた先に留め金がついていて、簡単には落ちないようになっていた。考えれば当たり前だ。これはレイの本体の一部なのだから、簡単に落ちるようでは問題がある。


 自分はそのうち大神官になる。

 あやふやだったクレスの心は、今はっきりと大神官になることを自覚している。

 この国の最重要職、創造主に仕え、この国の人々のまとめ役であり、権力を行使するもの。

 それになることを。


 そしてレイと一緒にこの世界、ウェルファーを守っていくのだ。

 クレスはこの世界の民を、レイは夏島の生きとし生けるものを。

 満足感がクレスの胸に満ちた。目線をあげると、夕日が木々の間に落ちるところだった。


 レイが夏島に帰ってから一か月と少したった。

 それだけでもクレスは寂しかった。

 季節は主島でも初春を迎えている。

 もうすぐに夏もくるだろう。レイの季節も近い。


「レイは今頃、何してるんだろう」


 ふいに声に出していた。


「私? 私は今、氷菓を食べながらクレスを待っていたところだよ」


 レイの声がした。


「え!」


 クレスが声のする方へ顔を向けると。

 整備された首都の神官学校の校門で、氷菓を食べている見慣れた顔があった。

 サファイアの瞳が、クレスを見て優しく笑った。




※次の終章の二話分で、本編は終わりです。

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