第六章 旅のおわり

第31話 あなたとともに

 クレスはルファに連れられて、季主の道を通り主島へと向かった。

 今までどこに行っていたのか、コハクがルファの部屋を出たときからクレスについて来ていて、季主の道も一緒に歩いた。コハクはまた少し大きくなった。それが純粋に嬉しく感じられる。


 今回、洞窟の中は初め赤い石が敷き詰められていた。周りも赤い透明な石で出来ていて、それが発光していた。そのうちに石の色は深緑色になり、その石の色で森の中を歩いているような錯覚におちいった。


 ここまで季主の道をつかってきて、クレスはこの季主の道が何を表しているのか、漠然と理解した。季主の本体の石に合わせて、色が変わっていくのだ。サファイア、エメラルド、ダイアモンド、ルビー、と。そして、主島は大地の深緑の色。


 ルファが深緑色の扉を開く。

 大神殿の前方、木々の中に隠れた祠にある扉から、クレスたちは出てきた。あっという間に主島についたのだ。




 クレスは手の中にあるサファイアの耳飾りを優しく握りしめ、ルファと共に大神殿の第三区画、聖殿のある場所まで通った。

 通行手形を見せなくてもルファがいたので、すんなり通してもらえた。


 そして、創造主リアスがいるという聖殿の扉の前で、クレスは門番に扉を開けてもらう。


 天窓からの光と、色ガラスを通した光が室内を荘厳な雰囲気にしていた。

 中には、この前会ったときと、寸分と違わぬ威厳のある老人が椅子に座っていた。

 創造主リアスは、席をたつとクレスに聞く。


「季主からの手紙の返事をもらってきたか?」


 その言葉にレイのことを言い出せなくて、クレスはじれた。

 しかし、はっきりと返事をする。


「はい。頂いてきました」


 クレスは後ろの物入れから季主からもらった四通の封筒を出した。


「よし。それをいまここで読みあげてみよ」

「……え?」


 中身はみてはいけない、と言われていたのに。

 ここに来て、中を読みあげろとは。

 不思議に思いながらもクレスは、創造主リアスが言ったとおりに順番に読み上げて行った。


 夏主、レイからの返事には、

「変わりありません」

 秋主、アレイゼスからの返事には、

「特に変わりなし」

 冬主、ネイスクレファからの返事は、

「冬島よりも過酷」

 そして春主、ルファからの返事は、

「まだ移住は無理」


「い、移住!」


 クレスは驚いて声をあげた。


「移住とはどういうことですか? リアス様」


 すると創造主リアスは一つ頷いた。


「この世界は浮いている。その理由はこの世界の下の大地には住めないからだ」


 ルファが頷きながらリアスに言った。


 子供のときとは違った、少し低いなめらかな声音こわねで話しだす。


「その件は多少クレスに話しました」

「そうか。この世界の最重要機密事項、それが、この世界の下の世界のことだ」

「……」

「下の世界が住みよくなるまで、ウェルファーはここに浮かび続ける。しかし、住めるようになれば生き物すべてを移住させる」


 クレスはあっけにとられた。


「しかし、もっとずっと何百年もあとの時代のことだけれど」


 創造主リアスの答えにクレスは言葉もない。

 きっとレイも、それまでずっと夏主でいるのだろう。

 ルファもそのほかの季主も。


 レイのことを考えて、クレスは耳飾りのことを創造主リアスに聞いた。


「そ、そうだ、リアス様、夏主レイファルナス様の身体が消滅してしまったんです。本体は俺が持っています。これがあればレイの身体がまた再生するとルファ様に聞きました。お願いします、レイを助けてあげて下さい!」


 クレスは手のひらにずっと持っていたサファイアの耳飾りを創造主リアスへと見せた。


「ふむ。それをここに持ってきてくれ」


 クレスは創造主に近づき、その手のひらへとレイの耳飾りを乗せる。


「ふむ……。確かにこれは、レイファルナスの本体の一部だな」

「はい、そうです」

「あやつの本体はいくつかに分かれている。でもその二つでも身体は作ることができる。明日またここに来るがいい。そのときにはレイファルナスも、元の姿に戻っているだろう」


 元に戻る……それを聞いてクレスの心は霧が晴れたように嬉しくなった。

 レイに逢える。それが純粋にとても嬉しくて、身体が悦びに打ち震える。

 クレスは自分にとってレイがどんな存在か、今初めてはっきりと自覚した。


 離れていたくない。

 一緒にいたい。


 今までは一緒にいるのが当たり前だった彼のことが、心から恋しくなった。

 いなくなって初めて分かるなんて。


「はいっ。ありがとうございます……!」


 震える声でそう創造主に告げると、クレスは片膝をつき、勢いよく最敬礼で頭をさげた。




 家に帰ったクレスは、久しぶりに弟のカイスに抱き着かれた。


「お帰りなさい、兄さま!」


 喜色満面で腰元にかじりついたカイスの頭を片手でぽんぽんと撫でてやる。


「元気にしてたか?」

「もちろんです! ねえ、兄さま、お土産はありますか?」


 開口一番でお土産のことを聞く幼い弟に、クレスは苦笑する。


「ああ、あるよ。俺の部屋へおいで」

「はい!」


 クレスはレイと一緒に食事をしたときにもらった葡萄酒のコルクや、秋島で宴会をしたときの酒のコルク、そのほかにも取っておいたコルクをカイスに見せた。

 カイスは手放しで喜んで、クレスに感謝した。


「兄さま、やっぱり大好き!」


 クレスもこの時ばかりは嬉しくなって、カイスと一緒に笑った。

 コハクはというと、クレスの家で飼われることになった。




 次の日に大神殿の聖殿へ向かうと、すんなりと創造主リアスのもとまで通された。

 聖殿の扉を開けると、創造主の両隣にレイとルファが立っている。

 三つ編みにしてさえ腰まである飴色の髪、青いサファイアのような瞳。

 長い四肢が優美な、クレスが好きな美しい夏主。


「レイ……!」


 クレスは感無量になってレイに近づいた。

 触れられる距離に来ると、レイはふわりと大事なものを包み込むようにクレスを抱きしめる。


「良かった、クレスが無事で」

「……なんで俺の前なんかに飛び出したんだ……! 俺はもう、二度とレイと会えないんじゃないかと思って……!」


 クレスもレイの背に腕を回してきつく抱きしめた。

 ここに確かにレイがいるということを確かめたくて。


【イラスト】

https://kakuyomu.jp/users/urutoramarin/news/16818093075396591826


「心配かけてごめんね。本当に悪かった」

「俺……」


 クレスは声を詰まらせながら呟いた。


「どんなにレイのことが好きか、いまさら気が付いた」

「そうなの? 私はもうとっくにクレスのことが好きになっていたけどね」


 大事そうに自分を抱きしめるレイの声を聞くと、クレスは目頭が熱くなる。奥歯を噛んでぐっと涙を堪えた。

 ルファがその光景をみて、創造主の方へ向く。


「今回の仕事の仕上げはレイファルナスにさせましょう、リアス様。レイファルナスはあの人間がとても気に入っているようですから」


 赤毛の美女は、苦笑ぎみにそう言う。

 目の前の光景を見ていた創造主もふむと唸った。


「ではレイファルナス。今回の仕事の仕上げを命ずる」


 創造主にそう言われ、レイはかしこまって「はい」と答えた。




 今回の仕事の仕上げ。

 それはどんなことだろうか。

 クレスには想像がつかなかった。


 レイは創造主に一礼すると、聖殿の奥へとクレスの手を引いて行く。

 その奥に扉があった。ちょうど季主の道のような。


「この扉は下の世界につながっている。ここを通って下の世界を見に行こう」

「下の世界へ……」


 あまりの予想外なことを言われ、クレスは戸惑った。


「こわい?」

「……いや。これは大神官になる者の務めなんだろう?」


 決然と答える。


「頼もしいね。じゃあ、行くよ」


 ぎいっと扉が開かれた。




 中は季主の道のような創りだった。

 長い洞窟の階段を下りていく。

 周りには深緑色の石が並んでいたのが、しだいに灰色の霧のみの無気味な風景へと変わって行った。

 レイとクレスの二人だけの足音が、こつこつと床石に無気味に響く。

 クレスの心臓がドキドキと脈打った。


「この先は人の住めない土地だ。だけど、少しずつ回復しているんだよ」


 レイが突当つきあたりの灰色の扉を開ける。

 すると、薄い霧に包まれた、広大な大地が見えた。

 どこまでも続く、黒い大地。その奥には山々がつらなって見える。

 地平線の上には灰色の雲がかかり、稲妻が幾筋も光っていた。

 稲光が光り、ごろごろとした音が大地に響き、太陽の光もわずかしか差さない、死の大地。


「これが……あの豊かな『ウェルファー』という世界の、下の世界なのか……」

「ああ。でも大地をみてごらん」


 クレスは言われた通りに下の大地を見る。すると、そこには緑色のコケのようなものが生えていた。


「この大地はまだ生きている。きっとこの先に、この大地がウェルファーの生命の受け皿になるときが来るよ」

「……そのときまで、レイは夏主としてあの国に居続けるのか?」

「そうなるだろうね」


 クレスはなんとも言えない複雑な心境になった。

 レイはクレスに向き直ると、無言で耳からあのサファイアの耳飾りを一つ外す。


「クレス」

「なんだ?」

「クレスに頼みがある。これを預かってくれる?」


 そう言って、レイはサファイアの耳飾りの一つをクレスに渡した。


「これ……! どうして、だって預かれないよ……! これ、レイの本体の一部なんだろ!」

「でもこれをクレスが持っていれば、私はその場所にいつでも行くことができる。クレスが主島に、私が夏島にいても、すぐにね」


「これを持っていれば……逢える……?」

「ああ。それに、これを砕いても私が死ぬことは無い。私の本体の貴石はいくつかに分かれていて、これはほんのかけらだから。私がクレスに逢いに行く。だから大切にして」


 クレスは暫く考えた。

 そして決意する。


「……分かった。一生大切にする」

「……そういえば、クレスが残していってくれるモノっていうのはなんなの? 前に言ってたよね」

「それは……もっとずっとあとに教えてやるよ」


 クレスは大きく息を吸って、レイを見た。


「レイ。俺もレイに言っておきたいことがあるんだ」

「なに?」


 レイは優しい瞳でクレスを見た。


「夏島にいたとき、人間が戦争をしたら季主は人間の大きな敵になるって言ってただろ? 

 俺はそのうち大神官になるから。そうしたら、絶対に戦争なんて起こさないようにする。

 どうすればいいのかなんて、今の俺には分からないけど。

 でもそれをレイに約束するよ。まえ、言葉に出来なかった約束を、今ここでする」


 クレスは以前よりも一回り大きくなった、とレイは感じた。

 二人はお互いに、この先の大事な約束をして、微笑み合う。


「……レイは夏主として、俺は大神官として、一緒にこの世界を護ろう」

「……ああ。そうだね」


 レイはクレスの額に自分の額をつけた。

 クレスとレイは、お互いに目をつむって、お互いの熱を感じあう。


 空は黒い雲がうねり、幾筋もの稲光が光っていた。

 遠くで強烈な稲妻が、轟音と共に大地に落ちる。

 この大地に立つ、たった二人だけの影が、閃光の中で一つに重なりあった。


【イラスト】

https://kakuyomu.jp/users/urutoramarin/news/16818093075396726126


 


レイへ


 レイの存在はこの世界のみんなの拠り所だ。

 みんながレイを頼りにしている。

 それを忘れないで。


 俺がいなくなったら、俺のことは心の箱にしまって、たまにその箱を開けて思い出してくれればいい。


 俺がレイに残して行けるモノ―― 

 それは、俺のこの『こころ』。

 俺の『想い』。

 そして、『願い』を置いていく。


 本当はレイのこころを少しでも軽くする魔法の言葉を考えていた。

 でも、俺にはひたすらにレイの幸せを願うことしかできない。


 あなたはあなたの生きる未来で、幸せになってください。

 笑っていてください。


 それが、俺が残していく唯一の願いだ。

 

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