第30話 貴石の奇跡
ことが終わって、呆然としているクレスに、ルファは
「わたくしの私室へ一緒に来てくれないかしら。そこで手紙の返事を書くわ」
クレスを後ろへ従えて、ルファは歩き出す。その道中でルファは自戒の念にかられた。
それは、自分の姿のこと。
ルファは十歳ほどの子供のような姿だ。季主は自分の年齢を自由に変えられるからだ。
どうして子供の姿でいたのか。
それは、ルファがどうしようもない『甘えたがり』だったから。
ルファは季主であるので、子供の頃というものがなかった。
子供という人間の
大抵の人間は我が子を慈しむ。
そして大抵の大人は子供に、あらゆる意味で優しい。
ルファは我が子を慈しむ母親を、遠いある日に、ある場所で、垣間見たことがあった。
そして、その姿を美しいと感じた。
子供の姿なら、甘えても許されたから。
ルファは自身を子供の姿に変えたのだった。
(わたくしが愚かだった……)
ルファの私室についたクレスは、彼女に少しのあいだ部屋の外で待っているように言われた。そのあいだ、彼は
涙を止めるために大きく息を吸ったところで、ルファの声が聞こえた。
「入っていいわよ」
顔を引き締めて部屋に入ると、そこにいたのは赤毛が派手な妙齢の女性だった。先ほどのルファのあどけない可愛さを少し残した大人の美女。やはり赤い細身の礼服を着てルファの席に座っていた。前に置いてあった子供用のお菓子の籠がちぐはぐに見える。
「ル…ルファ様?」
「そうよ。季主は姿を変えられるから。大人の姿にしたの」
その姿は、秋島のガラルド美術館で見た、春主の肖像画そのものだった。
大人の姿になった理由は、ルファが何も言わなくてもクレスにも想像できた。
赤毛の女性は机の引き出しから赤い
「これよ」
「ありがとうございます」
クレスはルファに礼を言う。
退席しようと思ったところで、クレスはふと夏島のことを考えた。
季主のいない夏島は、これからどうなるのか。
「ルファさま。レイがいない今、夏島はどうなるんですか」
ルファは首を傾げて疲れた顔で、思い出したように「ああ」と言った。
「それも言おうと思っていたのよ。クレス、レイファルナスの耳飾りを持っているでしょう?」
「え?」
誰にも見られていないと思ったが、ルファは知っていたようだ。
「あれはレイファルナスの大事なものなの。あれがあればリアス様の所にいけば身体くらい、いくらでも再生してくれるわよ」
クレスは息を飲んでルファに確認した。
「レイは……やっぱり死んではいないんですか……?」
「少し、昔語りをしましょうか。季主とはどういう存在か。どういう意図をもってこの世界を護っているのか」
そうしてルファの昔語りは始まった。
そこは、緑の葉をたたえ、海は青く澄み渡り、生物たちが自然を謳歌する、生き物たちにとって最良の世界だった。
動物は豊かに茂った草木を食べ、また狩りをして肉を食べていた。寒い土地ではそれ相応の適した生物が、暑い土地ではまたそれに適した生物が、この土地、いや『星』で生命を育んでいたのだ。
そしてそれは突然の事だった。
空に大きな天体が現れた。夜でも煌々と大地を照らし出す、太陽のような星がこの星を襲った。本能的に生きている生物は不安に騒ぎ、星全体がざわめいた。
そして、生物たちの不安は的中した。その天体は海に落下した。
隕石の落下だった。
落下の衝撃で大地は大きく揺れ、海洋生物に膨大な数の犠牲が出た。
海は隕石の熱で蒸発し、上空を厚い雲で覆った。
大きな津波が押し寄せ、大地を襲う。
落下した衝撃で隕石の一部は火の玉となって大地を襲い、山火事がおきた。
そして隕石の破片、膨大な塵は上空に巻き上げられていった。生命の大地は死の大地へと、一瞬にうちに変貌してしまったのだ。
そこに現れたのが、ウェルファーの創造主だった。
大地の悲鳴の声を聞いて、いてもたってもいられなくなった、『この星の意思』。
このままでは、せっかくこの星で育った生命が死に絶えてしまう。焦りと憂いを感じた『この星の意思』は、光の塊となって具現した。
『この星の意思』はこの惨状を見て嘆いた。
星は壊滅状態だった。
青かった空には暗雲がたちこめ、植物は枯れていき、生物はすでに大多数が死に絶えていた。
これからこの星は、巻き上がった塵によって、太陽の光が遮断されてしまう。それは生物にとって死を意味するものだった。
これから更に、生物が死んでゆくのだ。
『この星の意思』は考えた。
なんとか、この星の生物を救いたい。
もっと別の環境をつくって、太陽の光を生物に届けたい。
そして、考えたあげくに思いついたのが、大きな大陸を厚い塵の雲の上に創る事だった。
比較的すごしやすい土地に生きるもののための、春島。
亜熱帯地方の動植物を守るための、夏島。
涼しい土地に生きるものの為の、秋島。
極寒の寒さの中でも生息する生き物たちの、冬島。
そして、作物の実りと四季の中で暮らすもののための、主島。
五つの大陸を切り取って、それを空高く、雲の上に上げた。
しかし、そこに生物すべてを移し、管理していくには『この星の意思』だけでは手に余った。
そこで『この星の意思』はこの星で永遠に変わらない石に命を吹き込み、体と不思議の力を与えた。
ルビーから生まれたルファ。
サファイアから生まれたレイファルナス。
エメラルドから生まれたアレイゼス。
ダイアモンドから生まれたネイスクレファ。
『この星の意思』はこの四つの者に、それぞれ空に浮かんだ浮島に生命を移す事を命じた。
それぞれが懸命になって、自分の任された島に生命を運んだ。
不思議の力を駆使し、また自らが手をさしのべ、自分の島に生命を。
海が必要なら、海を創り、そして山を創り、砂漠を創った。
全て、この星の
ルファは思い出にふけりながら自分の手のひらを見つめた。
「今でも覚えているわ。この手で春島に生命を移したときのことを。人間も、草も、木も、花も、みんなこの春島へ運んできた。そうしてこの春島で命をはぐくんできた。それがもう二千年ちょっと続いているわね」
「に、二千年……」
あまりの時間の長さにクレスは驚く。
「苦労してこの浮島の環境を護ってきた。この浮島、この世界の生物たちが平和に豊かに暮らせることが、わたくしたち季主の望みなの。世界はこの浮遊大陸で独特の生態系を持ち、命を繋いでいった。わたくしはこの世界の生物が、愛しいと思うわ。それはきっと他の季主も変わらないと思うの」
「ルファさま……」
自分の浮島の人々に裏切られてなお、『
「ここまで聞けば、もう分かるでしょう。季主は本体を砕かれなければ死ぬことは無いわ。それは本体を核にした、作り物の身体だから。それにレイファルナスの本体の貴石はいくつかに分かれていると聞いたことがあるわ。その一部を耳飾りにした、とも」
「……え?」
やはり、とクレスは思った。さっき自分が思ったことは当たっていた。
「その、貴方が持っているサファイアの耳飾りを主島にいるリアス様の元へ持っていけば、きっと身体くらい再生できるわよ」
「ほ、本当ですか?」
レイの本体である貴石はサファイアだと言っていた。
手にあるものは、サファイアの耳飾り。
「そうよ。だから一緒に主島へ行きましょう。季主の道を使って」
「か、感謝します、ルファ様!」
クレスの声は、歓喜で震えた。
レイにまた逢える。
それが奇跡に思えた。
春主ルファイラスト
https://kakuyomu.jp/users/urutoramarin/news/16818093075396541564
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