第27話 春島の貴石

 その日の陽のくれた夕方、季主の道を通ってネイスクレファと一緒に冬島にきたルファは、冬神殿のあまりの寒々しさに、溜息をついた。まるで氷の城のような冬神殿は、美しいけれど、ルファの目から見ると冷たく映る。

 しかし、冬神殿の敷地内を見回すと、一面に白い雪化粧をほどこされ、銀色に反射していてやはり綺麗だ。

 硬質で冷たい美しさ、見た印象がまるでネイスクレファのようだとルファは思う。


 ネイスクレファは銀色の目でルファを見ると、先に立って冬神殿裏手にある水力機関へと案内した。

 ざくざくと雪を踏み分けるのが面白い、とルファは思った。

 それは不謹慎だと思い、言葉には出さなかったけれど。


 水力機関に着くと、すでにレイと、レイが話をつけてきた秋主アレイゼスと、秋島筆頭神官であるクラウス翠神官、そして主島の大神官バレルがいた。


「ルファを連れて来たか」


 アレイゼスが言う。

 ネイスクレファはアレイゼスの顔をみて、少し泣きそうになった。


「来てくれたのか」

「ああ。これは冬島の大惨事だからな。俺も力になる」


 ルファは現場の様子をみて、言葉が出ない様子だった。

 配管がめちゃくちゃに折れ曲がって、砕けて、破壊されていて。

 水気を含んだ泥にまみれたそれらは、こおりつき凄惨せいさんとしか言いようがない。

 事故が起きてから数刻しかたっていない現場は、破片を片付ける人々が無言で作業をしていた。


「誰がこんなことを……?」


 大神官バレルが聞くが、ネイスクレファは首を振った。


「セヴィリヤ白神官が必死にさがしている。けれどなんの手がかりもないのじゃ」


 レイがそれを聞いて悔し気に眉を寄せた。

 クラウス翠神官が、ネイスクレファに声をかける。


「秋島でもできることをしたいと思います。援助の物資をすぐに用意いたします」

「それはあとでセヴィリヤ白神官と話し合ってくれるかの」

「はい。ところで春島のダリウス朱神官は来てないのですか」


 ルファが振り返ってクラウス翠神官に答えた。


「ダリウス朱神官は、すでにセヴィリヤ白神官からの手紙で大方の物資の用意をしているわ」

「あ、ああ、そうですか……」


 クラウス翠神官はそれでもダリウス朱神官がここに来ないことが、納得できなかった。

 クラウス翠神官の元にも、夏主レイファルナスが来てセヴィリヤ白神官の手紙を届けてくれた。

 しかし、クラウス翠神官は、セヴィリヤ白神官と会って、話がしたかった。

 同じ筆頭神官として力になりたいと思う。そして、直接会う方が話も通じる。

 幸い、季主に頼んで一緒に来させてもらえば簡単に来ることができるのだ。

 その労力をおしむ必要があるだろうか。


(人それぞれということか)


 クラウス翠神官は無表情でそう結論付けた。

 アレイゼスが大きな声をあげてみんなを見渡した。


「さあ、そろそろ冬神殿に戻ろう。これからのことを考えないと」


 その一言で水力機関の惨状を確認した者たちは、冬神殿の中に入って行った。




 次の日、冬神殿の自室にいたクレスは、あれからめきめきと元気になってきたコハクと一緒に昼飯を食べていた。

 クレスの食欲も旺盛だが、同じくらいコハクもクレスの用意した飯を食べた。


「お前、いっぱい食べるようになったなあ」

「みゃーお」


 クレスに返事をするように鳴いたコハクに、彼の頬がゆるむ。

 コハクは少し大きくなったような気がする。

 微笑ましく思っていると、扉をたたく音がした。


「クレス。いるかの」

「ネイスクレファ様?」


 その声と喋り方ですぐに分かった。

 急いで扉を開けると、そこにはネイスクレファが立っている。


「すみません、冬主様に足を運んでいただいて」

「いや、かまわない。クレス、手紙の返事じゃ」


 そう言って渡された手紙は、銀色の縁飾ふちかざりのついた冬神殿の封筒だった。


「ありがとうございます」

「いや……。ごたごたしていて悪かったの」

「そんなこと……! 冬島の人たちのことを思うと……。言葉がありません」

「いま、春島の春主ルファも来ている。リアス様からの手紙のことを話した方がいいのではないかの。あと御父上も来ているぞ」


 春島の春主ルファが来ている。

 それは都合がいい。

 父には主島に帰ればいつでも会える。

 いまクレスは大神官としての父の仕事の邪魔をしたくなかった。

 冬島の水力機関を爆破した犯人も気になるが、クレスにも仕事がある。

 今は、犯人のことはセヴィリヤ白神官に任せて、クレスはルファに手紙のことを伝えなければならなかった。


「分かりました。ルファ様の手が空いたときに、伺いたいと思います」

「そうするとよいよ」


 ネイスクレファは扉を閉めて去って行った。




 春島――

 春神殿の三階、季主の聖殿の奥の部屋。

 この小さな部屋は、隠し部屋のようになっていて、高位の神官と巫女しか存在を知らない。

 そこに、赤い神官服を着た、数人の男がやってきた。

 隠し部屋の前で扉を開けようとするが、扉が重くて開くことができない。


「お前たち三人の力を合わせて扉を開いてみよ」


 その声に、三人の神官たちは力を合わせてその扉を動かす。

 ぐっと少しだけ、開いた。

 その隙間に鉄の器具を入れて、てこの原理で強引に扉を開く。


 その部屋の中央の台座には、赤く輝く透明な石―― こぶし大のルビーが光を放って安置されていた。


「素晴らしい」


 扉を開けることを命じた神官が、顔に愉悦を浮かべてそのルビーを鷲掴わしづかむ。

 そして目線の位置にかかげ持った。


「それが例の春島の貴石ですか?」

「そうだ。ルファ様が春島を出るときに、力を込めていかれる。ルファ様がいなくなったらこの春島の結界は切れるからな。それを防ぐために季主は自分の浮島を出る際、自分の貴石に力を移すのだ。それがこれだ」


 男は手に持ったルビーを見て、歓喜に震える。


「しかし、他の浮島にある中央冷暖房装置の貴石も、半年で力がつきて夏主と冬主が補充に行っています。これも半年しかもたないのでは……?」


 弱腰になった神官に男は笑った。

「春島の貴石は中央冷暖房装置や、飛行船の貴石とは規模が違う。季主はこの貴石に『力を移す』のだ。この貴石は春主と同じ力を持っている」

「そうですか。失礼しました」


 神官は恐縮してそれ以降黙った。


「これがあれば季主など必要ない。人間が治める、人間の為の世界が創れるのだ」

「それが、一番いい春島の形ですね、ダリウス朱神官様」


 春島の護りの貴石ルビーを掲げ持った男―― ダリウス朱神官の瞳は、手に持った真っ赤なルビーに反射してぎらぎらと赤く野望に燃えていた。


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