第26話 春島の季主 春主ルファ
冬島の筆頭神官、セヴィリヤ白神官は、ネイスクレファに支援の内容を細かく説明した手紙を渡した。ネイスクレファはその手紙をもって、クレスの父である主島の大神官バレルのもとと、春島のダリウス
レイは秋島に向かって、秋主のアレイゼスとクラウス翠神官と話をつけてくる。
季主の道を使ってネイスクレファは主島へ先に行き、大神官バレルと話をつけて、春島へと向かった。
春島は冬島とは全く別の気候を保った浮島だ。
連日氷点下の冬島から見ると、春島は楽園だった。
生きものたちが生命を謳歌している。虫、蝶、鳥、動物、木々や草花、そして人間。すべてが活き活きとしている。
そんな春島の春神殿の前の一角、木々の植わっている中にある目立たない祠の扉、季主の道からネイスクレファは出てきた。春島のあまりの温かさに、彼女は大きく息を吸った。
ネイスクレファ自身、寒さをあまり感じない体質だが、冬島が寒いのは分かる。だから春島の温かさも分かり、まるでぬるま湯につかっているような心地よさだった。
「ここは空気の色まで違うような気がするの」
あたりを見渡して、思ったことを口にした。
周りが緑であふれている。
花の香りがかぐわしい。
ネイスクレファは春神殿の正面の広場を抜けて、春神殿内部へと向かった。
季主の道から数十メートルしか離れていない春神殿は、前部に人々が集うための大きな広場がある。それはどこの浮島の神殿でも同じ作りだ。そして、春神殿は中央に時計塔を持った三階建ての白い建物だ。
特徴的なのは、時計塔とその外壁に這う青々とした
そういう種類の蔦なのだろう。春神殿の足元には春の樹木が植わっている。これは一年中花を咲かせているわけではないが、ピンクや白の小さな花が、時期をずらしてたくさん咲く。
その春神殿にネイスクレファは入って行った。
すると、巫女が突然入ってきた冬主に驚き、ここの筆頭神官である
「ネイスクレファ様、どうなさいましたか。突然の来訪、驚きました」
威厳のある声でそう言うので、ネイスクレファは突然きたことを詫び、冬島の惨事をダリウス朱神官に告げた。
「冬島の中央暖房装置が爆破された? なんと……! 犯人は捕まったのですか?」
「いや、まだだ。それはセヴィリヤ白神官がいま必死で探している」
「冬島の一大事ということですね。では、我が春主さまにも是非会って行ってください」
ダリウス朱神官はネイスクレファを先導して、三階にあるルファの聖殿へと案内していった。
三階の聖殿の一角、その一部屋の扉の前でダリウス朱神官は扉を拳で叩いた。
「ルファ様。冬島のネイスクレファ様がお越しですよ」
「ネイスクレファ? 突然どうしたのかしら。入っていいわよ」
春主の許しを得て中に入ると、ルファは執務机に座って籠に入ったお菓子を食べていた。
「ひさしぶりじゃの、ルファ」
「そうね、逢えて嬉しいわ、ネイスクレファ」
そう、尊大に返事をしたのは――十歳ほどの可愛い赤毛の子供だった。
髪を高い位置で左右に二つにしばり、小さくて赤い服を着た、子供。
「ルファ、お主はまだその恰好でいるのか」
「そうよ。黙って街に出るときとか、民はみんな優しくしてくれるし。身体の年齢を自由に変えられるって本当に便利よね」
「ほっ。甘えたがりは変わってないようだな」
仕方がない、という風にネイスクレファは苦く笑んだ。
「それで、春島に来るなんて、どうしたの?」
「実は――」
そこでネイスクレファはさっきダリウス朱神官に語ったことを、もう一度ルファに話した。
「理解できないわね。人間が自分たちで計画して作ったものを、人間自身が壊すなんて」
「ほっ。レイファルナスもそう言っていた。あたしも同じ気持ちだの」
「それでネイスクレファは私たちに何をしてほしいの?」
ルファはお菓子を食べる手を止めて、ネイスクレファに聞いた。
「当面の食料は冬島にあるが、その先が問題じゃ。氷点下では家畜はほとんど死んでしまう。野菜は短期間で育つものもあるからあまり問題ないが、それでも苗が欲しい。それと出来れば民たちが使うストーブの動力である
ネイスクレファはルファの前でダリウス朱神官にセヴィリヤ白神官からの手紙を渡した。
ルファはそれを見守る。
「ルファ様」
「なに?」
ダリウス朱神官はルファに伺いをたてた。
「手紙の内容を確認したいと思います。退席してもよろしいですか」
「いいわ。それとダリウス朱神官」
「はい」
ルファは結わえてある巻き毛をいじりながら考えた。
「わたくしは冬島で現場を見てくるわ。ちょっと気になる」
「……何が気になるのですか?」
「どこまで壊されてしまったのか。冬島の現状をこの目で視てくる」
ルファは席をたった。
席を立ったことにより、子供体形が際立って見えた。
一見では何千年も生きた季主だとは信じがたい。
「ネイスクレファ、行きましょう。いま外出の用意をしてから、
「分かった。迷惑をかけてすまぬ」
ルファはふわりと春の陽射しのように微笑んだ。
「それは気にすることは無いわ。みんなで助け合っていかなければ、この世界は成り立たない。そういう世界なのだから」
「……そうか。感謝する」
ネイスクレファは心の底から、この子供のような春島の季主、春主ルファに感謝した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます