第18話 芸術の街 ガラルド 下

 美術館を出る間際、クレスは出口で売店を見つけた。

 美術館の売店というのは、中の絵の模写を売っていたりする。

 そこで、クレスはひらめいてしまったのだ。

 夏主レイファルナスの絵の模写がないか。

 小さくていい。レイにバレないように持って帰れるものを、買って帰りたい。

 そう思うと、クレスはいてもたってもいられなくなった。


「ちょっと、先いっててくれ」

「どうして?」


 不思議そうに聞くレイにクレスは咄嗟に答えていた。


「べ、便所行ってくる!」

「ああ、じゃあ、外で待っているから」


 もっとマシな言い訳ができなかったものか、とクレスは思った。美術館の外に向かうアレイゼスとレイを見送ってからクレスはすぐに売店に入る。

 即刻買って帰らないと不審に思われる。レイの絵を早く見つけなければ。

 売店にはたくさんの絵画や肖像画の模写が置いてあった。

 小さいものから大きなものまで。

 探してみたが、目当てのものは見つからない。


 この雑多な商品の中で、レイの絵を見つけるのは至難の業だ。

 探していたら、結構な時間がたってしまった。

 仕方がないので売店の店主である老婆に聞いてみることにした。


「ばあちゃん、夏主レイファルナス様の絵の模写ってないか? 小さいやつでいいんだけど」


 半分寝ていた老婆はクレスを見て「ああ」と相好を崩した。


「ああ、坊ちゃんはレイファルナス様のファンかね~。あたいも好きだよ。綺麗で優しい方らしいからね~」

「ばあちゃん、それ、どこにある?」


 のんびりと関係の無いことを話す老婆に少しイライラしながらも、クレスは粘った。


「レイファルナス様の絵は、『季主さま絵画集』に入ってるよ~」


 老婆は会計台の上に置いてある、四枚入った手のひら大の袋を取り出して、クレスに見せる。

『季主さま絵画集』って……とつっこみを入れたい気分になったが、いかにも観光土産らしい代物だ。中を見てみると、わりと綺麗に模写された季主たち四人の四枚の絵だった。あの肖像画には及ばないけれど、額に飾っておくにはいい。


「これ、いくらなの?」

「五千ビルクだよ」

「た、高い……」


 五千ビルクは五人家族が一回外食できる金額だった。


「四枚もいらないんだけど……レイの……レイファルナス様のだけってないの?」

「そうさね……。これなんかどうだい~? あんまりお奨めできないけど」


 老婆がそう言って出してきたものは、レイの顔が崩れた下手な絵だった。

 その下手な絵は何十枚もあって、老婆はそれを自分の前にある会計台に広げた。


「こ、これ……レイファルナス様なの? ばあちゃん」


 あまりのへたくそ加減にクレスは逆に感心した。


「あたいもあまりお奨めできんけどね~、一枚っていうんならこれだね。地元の子供の習作さ~。それならタダでやるよ~。最近季主さまを描くっていう課題があって、その課題で描いた四方よんかたの習作が美術館で配られてるのさ~。お土産さね~」

 クレスは必死でどれが一番レイに似ているか、絵を見回した。

 しかしどれもレイの片鱗へんりんさえ留めていない。

(でも、どれか一枚でいいから……似てるやつを……)


 真剣に選んでいると、うしろから声を掛けられた。


「クレス」


 心臓が胸を突き破るかと思った。この声は……よく知ってる声だ。

 クレスが恐る恐る振り向くと、そこにはレイが立っている。


「あ、わあああ……! レイ、これは……なんだ、弟の、カイスのお土産を買おうと……!」

「そうなの? あんまり遅いから様子を見に来たんだけど。売店で買い物してたんだ?」

「あ、ああ、そ、そう。弟にな!」


 絶対にレイだけには見つかりたくなかったクレスは、しどろもどろになって言い訳をした。そして、売店の老婆に『季主さま絵画集』の方をつかんで突き出す。


「ばあちゃん、これちょうだい!」

 

 すると老婆は不思議そうな顔をしてクレスを見た。


「夏主レイファルナス様の絵だけでいいんじゃないのかい~?」

「わああああ……! 言わないで、お願いだから……!」


 クレスの後ろでその会話を聞いたレイが、あっけにとられる。

 クレスは真っ赤になっていた。

 レイが会計台を見ると、そこには同じようなへたくそな自分だろう絵が並んでいる。


「『季主さま絵画集』でいいから……! はい、これお金ね!」


 クレスは老婆に五千ビルクを差し出して、目を泳がせて後ろのレイを見た。


「ぷっ。くくく」


 レイは口元を片手で覆い、こらえ切れないという風情で小さく笑った。


「わ、笑う事ないだろ! そうだよ、欲しかったんだよ!」


 そのとき、老婆が言わなくてもいいことを付け足した。


「ああ、坊ちゃんの良い人がレイファルナス様に似ているんだね~、そうかそうか~」


 老婆はレイを見てほくほくと笑む。


「おばあさん、色々ありがとう。じゃあ、私たちは行くね」

「仲良くおしよ~」


 レイは老婆をねぎらい、口元に笑みをのせながらクレスの手を取り、美術館の出口へと歩き出した。

 レイの歩幅が広いので、クレスは引っ張られるようにしてどんどんと出口へと向かう。

 初めてレイと手をつないだ――レイの手は自分の手よりも細くて、暖かい。

 さっきから胸がどきどきと音をたてていて、心臓に悪い。


「クレスって可愛いとこあるよね」

「う・る・さ・い。言うな……!」

「今度、私の絵を描かせてクレスに贈るよ」


 レイはまたくすりと笑ったが、クレスにはその申し出を断ることは出来なかった。

 やっぱり欲しかったから。

 美術館の外に出ると、アレイゼスが駱駝ラクダともの者と一緒に待っている。


「ずいぶん遅かったじゃないか」

「すみません、アレイゼス様」

「まあいい、行こうか。……なんでそんなに赤い顔をしている?」


 アレイゼスに問われ、クレスはさらに顔が赤くなった。


「放っておいてあげて」


 レイが愉快そうにアレイゼスに言ったので、彼は首を傾げてそれ以上追及してはこなかった。

 そして、クレス達はまた駱駝ラクダにのり、ガラルド美術館を出て秋神殿へと向かったのだった。



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