第17話 芸術の街 ガラルド 上
クレスとレイはアレイゼスと一緒に
ラクダを引く人に先導されて秋神殿まで戻る途中で、一つの街に入る。
そこは一様に赤い屋根と白壁の家が連なる街だった。
白壁のいたるところに絵が描いてある。花の絵、木の絵、人の顔。模様。
それは何だろうと思ってクレスはアレイゼスに聞いてみた。
「アレイゼス様、あの絵は何の為に描いてあるんですか?」
クレスの問いにアレイゼスはふむと唸った。
「あれは自分の家の壁に自分で絵を描いて、その腕を見せているのさ」
「腕を見せる?」
「そうだ。秋島の首都、ガラルドは芸術が盛んだ。絵画や彫刻をつくる芸術家の中心地なんだ。芸術院もあるし、美術館もある。雨で落ちる塗料で描いて、何度も何種類も絵を描いて見せているんだ」
そうアレイゼスが言ったところで、レイが言った。
「ガラルド美術館に行こうよ、アレイゼス」
「ガラルド美術館?」
クレスがオウム返しに聞くと、アレイゼスは顔をしかめる。
「あそこにはアレがあるんだぞ?」
「いいじゃないか。まあ、相当美化されているのは確かだけど。それよりもクレスに秋島の美術品を見せてあげたい」
「クレスか……確かさっき大神官の息子だと言っていたな」
アレイゼスは渋っていたが、クレスの立場を思い出した。
そして次期大神官であるクレスの見聞を広めるためだと言って、ガラルド美術館へ向かう事にした。
「いいか、坊主。ガラルド美術館に入ったら、俺のことはゼスさんと呼べ」
ぽくぽくと
「ゼスさん……ですか?」
「名前を呼ばれると秋主だということがバレる」
「……分かりました。それと俺は坊主じゃありません。クレスです」
ダメでもともとと、クレスはアレイゼスに抗議する。
しかし、アレイゼスは厚い胸板を動かして、笑っただけだった。
「ここは秋神殿をまねた造りになっている美術館なんだ」
アレイゼスが説明する。
「アレイゼ……」
「ゼスさん、な」
アレイゼスは褐色の顔でにこやかに笑うと、即刻訂正する。
「ゼスさん……。さっき言っていた、ここにあるアレっていうのはなんなんですか?」
「ああ、入れば分かる。ついてこい。レイ、お前もここではゼスって呼べよ。俺もレイって呼ぶから」
「ここではいつもそうだしね、了解……」
レイもその条件を飲んだ。
美術館の中は、白い壁と天井、そして大理石の床だった。
ちなみに美術館に入る際、クレスたちは学芸員の初老の男に頭から足の先まで舐めるようにじろじろと見られた。三人とも汚い恰好だったので、美術品が汚れると思われたというのと、入ってほしくないという意思表示だった。
しかし、アレイゼスが秋主だということをこっそりとその人だけに告げると、美術館に入れてくれたのだ。
ガラルド美術館は観光地になっていて、今日もちらほらと客が入っていた。
美術館は上の天窓から光が入っていて、それが光源になっていた。天窓には美術品に悪い光線を
中に入ると、彫刻と絵画と肖像画が、順番に飾られている。彫刻は力強い馬や、まろやかな曲線をもつ女性の像、雄々しい筋肉美の男性の像などが飾られていた。
美術のことなど何も分からないクレスでも、ここに飾られている像がとても素晴らしいものだということが分かる。
そして絵画。
『ウェルファー世界の絶景十選』、と銘打たれた十枚の絵画は、同じ作者による連作だそうだ。その中には見慣れた大神殿の絵もあった。
『青葉の上の乙女』という題の絵は、草花の上に座っている少女の絵で、大神官の家系であるクレスの家にも同じ構図の絵が飾ってある。とても有名な画家の描いた絵だった。
歩きながら黙って見ていると、最後の部屋で今までと雰囲気の違う空間になった。
「ここにアレがある」
「ああ、アレね」
アレイゼスとレイが少しげんなりしたように見えた。
クレスは不思議に思い、二人のあとについて部屋に入ってみる。
すると、そこは広い部屋で四方の壁に一枚ずつ、厳かに季主たちの肖像画がかけてあったのだ。
全員胸から上の肖像画だ。
春、夏、秋、冬、の風景の絵が四方の壁に一面ずつ描かれ、その中央に季主の絵が掛かっている。
アレイゼスは順番に小さな声でクレスに説明していった。
「春……これは春主ルファだ」
壁には春を象徴するピンク色の花をつける木々が描いてあった。
肖像画に描かれているのは、長く波打つ赤毛の、顔立ちが派手な美女だ。
唇も
こちらを強い視線で凝視しているように見える。
「そして夏……レイだ」
海を背景に描いてあるレイは、夏島で過ごした時と同じような服を着ている。青を基調とした模様の入った短衣と長衣を着ていて、澄ました顔で描かれていた。絵になっていても、にこやかな口元も、サファイアのような瞳も、相変らず美しい。青い耳飾りも鮮やかに描かれている。こうして黙っている絵を見ていると、大人しい清楚な美人という感じだ。
本物はもっと行動力にあふれて活発だけれど。
しかし、この絵はそれなりに特徴をよく
(ああ、これうちにあったらなあ……)
とクレスは思った。考えるだけならタダだ。
「そして、秋、……だ」
そこには今のアレイゼスからは想像できないような、勇猛果敢な戦士の姿をした秋主アレイゼスが描かれていた。金色の短髪はつややかに波うち、黄緑色の瞳は強いまなざし、たくましい腕に剣と盾を持った、魔を払う神のような姿。
ちなみに今のアレイゼスは砂にまみれた金髪が灰色にくもっていて、全体的に埃っぽい。
「これ、詐欺だろ」
思わずクレスは地で言葉に出していた。
「今なんか言ったか」
「いえ、ゼス……さん、なんにも言ってません」
レイがそれを取りなすように口を挟んだ。
「まあ、人間は強い英雄が好きだからね。ゼス……にはそうあってほしいんだよ。ここは秋島だし」
「気持ちは分かるが……別人だな」
「クレス!」
そしてアレイゼスは最後に
「これは
氷の城のような冬神殿が描かれた壁に冬主の絵は飾ってあった。
全体的に銀色の色素の薄い、薄幸の美人という感じだ。
銀の瞳、銀の髪、白い礼服に透明な宝石の首飾りを着けていた。
色素が薄いので、儚く見える。
「ちなみにこの絵の印象も信じない方がいいよ」
レイが言う。
「人間はみんな私たちに自分たちの願望を投影するからね。それが芸術になっているのかもしれないけど」
「へえ……」
そのレイの言葉にアレイゼスが付け足した。
「ちなみにこの絵が飾ってある方角は、各浮島のある方角と一致するようになっている」
「そうなんですか。なんか……神秘的です」
クレスは季主たち四人の肖像画を見て、素直にそう呟いた。
季主たちの肖像画自体は、神官学校の教科書にも載っていた。
しかし、色がついていない絵だったので、印象がだいぶ違う。
この肖像画は大神殿にもない。まさに芸術の街ならではの代物だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます