第三章 秋島

第16話 秋主の趣味

「さあ、行こうか」


 レイはいま出てきた扉を閉めて、秋神殿へと向かう。

 扉は一瞬だけ青く光ったと思うと茶色になり、静かに秋神殿の木々の間の祠で佇んでいる。


 クレスは初めて来た秋神殿で、後ろの物入れから季主のところへ行くための通行手形を出した。自分の身元の証明を一応出しておいた方がいいと思ったからだ。


 秋神殿は他の神殿のように、三区画に分かれている。例によって、三階の第三区画が聖殿であり、秋主アレイゼスのいるところだ。そこまで行くには、第一区画と第二区画を通らなくてはいけない。第一区画は民が使う場で第二区画が神官や巫女の仕事場だ。


 秋神殿は茶色の砂壁の一階部分と正面に八本の円柱で支えられた二階部分、そして、正面が色とりどりのガラスブロックで出来た、三階部分からなる。大きな緑色の三角屋根を持った神殿だった。やはり夏島の夏神殿のような、物語の中の城のような造りだ。

 レイは祠の周りに植えてある木々を抜け、まっすぐに秋神殿に入ると、一階を通り越し、二階の第二区画まで進んだ。


 神官や巫女たちの仕事の場である第二区画で、しかし、クレスたちは警備の者に誰何すいかされた。

 何者かを聞かれたクレスたちは、大神殿の封筒の通行手形を見せる。レイの顔は知られていないので、夏主だということは秋神殿の者でも組織の下の方では分からないようだった。


 秋主アレイゼス様に用がある、と言うと、警備の者は不審な目をした。一般市民が秋主になんの用だと思われたのだろう。その警備の者に第二区画の受付へ行くように言われ、クレスとレイはそちらへと向かった。


 秋神殿内は、からっとした乾いた空気が気持ちのいい気温だった。

 ここでは冷房も暖房も必要ないのだ。春島も同じである。


 広い廊下にある二階の受付へ行くと、クレスは通行手形をその受付嬢に見せた。

 受付嬢はそれを見て、大慌てでどこかへと飛んで行く。


 そして、帰ってきたときには、額に金鎖で吊るされた緑色の石を頂く金冠をかむる、この秋神殿の筆頭神官、クラウス翠神官すいしんかんを連れてきたのだった。

 夏島の象徴色は青だが、秋島の象徴色は黄緑色だ。その色をふんだんに使った神官服を着たクラウス翠神官は目の前のレイを見て、息を飲んだ。

 レイが片手をあげて気軽に挨拶をする。


「やあ、クラウス翠神官、久しぶり」


 年のころは三十代半ば程のクラウス翠神官は瞳をいっぱいに広げて驚いた。


「レイファルナス様! また、旅をしているのですか? そのような一般市民の恰好でいらっしゃるなんて」


 レイの姿は、紺色の短衣ベスト脚衣ズボン長靴ブーツという、一般市民の旅装束だった。髪も無造作に三つ編みで一つに結わえられている。クレスの服も色は違うが、同じようなものだ。

 レイはたまにこの世界の旅をすることが趣味なので、秋島にも良く来るのだろう。


「まあ、細かいことは気にしないで。それよりもアレイゼスはいるかな」

「今日はアレイゼス様の休日なので、趣味の鉱石堀りにいっていらしていて……ここにはおりません」


 がくりと肩を落としたクラウス翠神官にレイは軽く笑みを浮かべた。


「相変らずだね。じゃあ、私たちがそこまで行くよ。クレス、それでいい?」

「えっと……。どこに行くって?」


 話について行けないクレスが眉間に皺を寄せる。


「そちらのかたが通行手形に書いてあったクレス様ですか。次期大神官の方だと手紙に書いてありました。私は秋島筆頭神官、翠神官すいしんかんクラウス・ライメルスです」


 にこやかに差し出された手をクレスは握る。


「よろしくお願いします、クラウス翠神官。ところで秋主アレイゼス様は、どこに行っていらっしゃるのですか?」

「はあ、この秋神殿から少し離れた、さ、砂漠です。そこにある鉱脈で金を掘っています」


 クラウス翠神官は言いにくそうに少しどもった。

 クレスも少し驚く。


「秋主様が鉱石掘り?」

「……そうです。それがアレイゼス様の趣味なんです。行くのなら駱駝ラクダを用意させます。行きますか?」


 クレスは待っていようと思ったのだけれど。レイは同僚の気安さで尋ねていくという。


「クラウス翠神官、駱駝ラクダを用意してくれると助かる。アレイゼスに会いに行こう、クレス」


 レイは綺麗な笑顔でクレスに言った。

 クレスはその笑顔を見ると断れなくなって、一緒に砂漠へ行くことにした。




 ぽてぽてと駱駝ラクダが歩く。

 それを先導している人間もいて、クレスとレイは二頭の駱駝ラクダにそれぞれ乗せられて、秋主アレイゼスのいる砂漠へとついた。

 秋神殿からいくらも離れてはいない場所だった。

 砂漠は暑くはなく、乾いた風と少し肌寒いくらいの気候である。

 大地には乾いた土地でも生きる強い草や木が茂っていた。

 砂漠にある、小高い岩石が連なった山についた。

 ここが鉱脈なのだろう。

 そこまで来ると、レイは大声を上げてアレイゼスを呼ぶ。


「アレイゼス! 私だ、レイファルナスだ! いるんだろう。出てきてくれ」


 その声は砂漠の山にすいこまれ、大きく響き渡った。

 すると、山に沢山ある横穴の一つから、大きな身体がのっそりと出てくる。

 真っ黒に汚れて、作業着を着た、筋骨隆々としたたくましい大男。と言っても、季主に生物的な性別はない。


 その瞳は綺麗な黄緑色で、エメラルドのように輝いている。肌は薄い褐色で日焼けをしているよう。金色の短い髪も、砂でくすんでいた。炭鉱夫のような姿だ。

 それがアレイゼスを見たクレスの第一印象だった。


「おう、レイファルナス。そんな大声出さなくても聞こえてる。なんだ? こんなところまで。何か用があってきたのか?」

「そうだよ。と言っても、急な用じゃないんだけどね。アレイゼスが『仕事』をしているとこが見たくて、興味本位で来てみた」

「そっちのちっこいのは何だ?」

「ち、ちっこい……」


 ちっこい、呼ばわりされて軽くショックを受けるクレスだ。

 だが気を取り直して背筋を伸ばし、アレイゼスに向く。


「私は大神官バレルの息子、クレス・クレウリーと言います。季主さま宛てにリアス様から手紙を預かってきています。それを読んで、返事を書いてほしいのです」

「手紙? リアス様の? ああ、下の様子のことか」

「……え?」


 今、重要なことを聞いてしまった、とクレスは思った。


『下の様子のこと』


 とアレイゼスは言った。下、とは何のことだろう。様子とは? 

 そこでクレスはふと気が付いた。この世界の下のことなのだろうか。ウェルファーは空中に浮いている世界なのだから。

 この世界の下になにがあるかなんて、クレスは考えたことも無かった。


「アレイゼス、言っては駄目だ」


 レイが眉をひそめてアレイゼスに注意する。


「そのうち分かることだ」


 アレイゼスは悪びれる様子もなく、横穴から出てきた。

 砂で真っ黒な顔には汗が浮き、腰の水筒に入った中身を飲み干し、ぷはあと息をついた。


「何か収穫はあった?」


 レイが聞くと、アレイゼスは小さな金の筋の入った拳大の原石をレイに差し出した。


「今日はこれくらいだな。一人で掘ってるにしては感がいいだろ」

「こんな危険なことを趣味にしているなんて……いつもながらあきれるよ」

「まあ、好きなものは仕方がない」


 ははは、とアレイゼスは笑った。

 そして、クレスに向き直るとその大きな手で彼の頭をがしっとつかみ、わしゃわしゃと撫でた。クレスの頭がアレイゼスの胸あたりまでしかないので、大人と子供の身長差ほどある。


「そして、坊主、手紙の返事だったな。いま秋神殿に帰って書いてやろう。でも今日は秋神殿に泊ってけ。久しぶりにレイファルナスが来たから、宴を開いてやろう」

「坊主じゃありません! クレスです。クレス・クレウリー!」

「そうか、そうか。元気がいいな、クレス」


 秋主アレイゼス。彼は屈託のない、豪快な性格の季主だった。


 秋主アレイゼスイラスト

https://kakuyomu.jp/users/urutoramarin/news/16818093075396418033

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