第15話 季主の道を通って

 今は昼時で、その時刻の市は活気がある。人々の喧騒にクレスは眩暈めまいがするような気がする。 

 魚の市場からしばらく歩いたところに、果物と野菜のいちがたっていた。


 果物も、魚同様、クレスが見たこともない果実だった。

 星型をしていたり、とげがあったり。


「星型の果物はそのまま食べられるけど、とげのあるやつは実を割って、中を匙ですくって食べるんだ」


 レイはそれらを指さしながらクレスに説明していく。

 野菜も橙色の葉野菜があったり、真っ赤な熟れた夏野菜などがあったり、色とりどりで綺麗だ。

 市を見ていると、氷菓の売店があった。

 クレスはそれを見つけて、レイが氷菓好きなことを思い出し、聞いてみる。


「レイ、氷菓、食べるか?」

「ああ、あそこの店ね。美味しいよ」

「また常連なのか……」


 軽く笑ってクレスはレイのために香草入りの氷菓を買った。

 器に入っていて、さじで食べる形式だ。

 それをレイに渡すと、レイはクレスにお礼を言って嬉しそうに氷菓を食べだす。


「ほんっとうに冷たくて甘いの好きだよな、レイは」

「ああ、この夏島は暑いからね」


 それはみんな同じだと思うんだが……。という言葉をクレスは飲み込んだ。

 二人で夏島海辺のレンガ敷きの広場で、備え付けの長椅子に座る。正面に海が見えた。

 多くの人々がひっきりなしに行き来している。


 海鳥が鳴いている。

 夏島の最果て行きの帆船が、カンカンカンと鐘を鳴らして出航の合図をする。

 海の色は空の紺碧を映して、深く青い。

 海辺の喧騒が、なぜか心地いい。


 レイは氷菓を、クレスは小魚の揚げ物を食べ、そんな喧騒を聞きながらのんびりとすごした。

 行きかう人々は、黒い肌の人や、茶色の肌の人、そしてクレスたちのような肌の人が雑多に紛れていた。

 広場では、ちょろちょろっと黒い蜥蜴トカゲがレンガの壁を這っているのが見える。

 空には黄色や青、緑の鳥が鳴きながら飛びかっている。広場の隅では芸人に連れられた大きな原色の赤い羽を持った鳥が、人の言葉をマネして観客をにぎわせていた。


「レイ、あれ、人の言葉をしゃべる鳥っているんだな」


 それを見たクレスが驚いてレイに言う。


「感激しているところに水を差すようだけど、あの鳥は言葉の意味は分かってないよ。ただ、口真似をしているんだ。鳥がね。同じことを何度も聞くと、同じ言葉をマネする。真似鳥なんだ」

「へえ!」


 色々なものを見て、聞いて、クレスはこの夏島という浮島がどんなところなのか、少しだけ分かったような気がした。




 陽は傾き、赤い光が差す時刻になった。歩きながら夏神殿への道を帰る。

 この、夏島のあらゆるものをレイは護っているのだ。

 クレスは、ゆくゆくはこの世界の人間の長になる、自分に課せられた次期大神官という役職に、戸惑いしか感じられなかった。人間達を護って行く仕事に。

 しかし、レイは息をするように自然と夏島のすべてのものを護っている。


 クレスは純粋にレイを尊敬した。


 自分にはできない。

 いや、できなくて当たりまえなのだろうけれど。

 そもそも、レイは人間では無いのだから。

 しかし、どこをとっても人間とそう変わりないように見えるレイが、この広大な夏島を護っているのだと思うと、クレスは自分も泣き言ばかり言ってはいられないと思った。  

 クレスは何気なくレイに今日、不思議に思ったことを聞いてみた。


「なあ、レイ。夏主っていうのは、夏島のあらゆる生命を守っているんだよな」

「まあ、そうだね」

「人間のせいで大量の魚とか家畜とか殺されてるけど、それは夏主としてどう思ってるんだ?」


 それを聞いてレイはふっと笑った。


「生き物が食べるために狩りや漁をするのは当たり前のことだ。それにそこは採り過ぎないように蒼神官が目を光らせているしね。一番たちが悪いのは、領土や資源、力のためにお互いに殺し合うこと。戦争をすることだ」


 クレスはレイがどんな顔をしてそれを言っているのか、気になった。

 仰ぎ見たレイの横顔は、夕日の色に赤く染まって厳しく引き締まっていた。


「この夏島の生態系が壊れるほど同じ種で殺し合ったのは、人間だけだった」

「……戦争…か」

「ああ」


 クレスもそれは神官学校で勉強した。昔々のことだ。

 そのときに季主たちは、戦場になっている場所の結界を制限したのだという。

 人間が季主を敵に回した唯一無二の出来事だった。

 それ以来、人間は戦争を起こしたことは無い。

 レイは言いにくそうに、しかし、はっきりとクレスに言った。


「クレス、大神官になるのなら覚えておいて。人間が戦争を始めたら、私たち季主は人間の大きな敵になる。戦争なんてしたら、私たちは人間に鉄槌を下すよ」


 いつにない厳しい口調だった。

 しかし、今のクレスにはレイにかけてやる言葉がない。


『絶対に戦争なんて起こさない。約束する』


 と、言えたらどんなにいいか。

 いま、この世界は戦争なんて起こる気配はない。平和だ。

 しかし、何が原因になるかなんて分からない。

 次期大神官としての自覚も知恵も経験も、まだクレスには足りなくて、いま、彼は自分自身の未熟さを痛感した。

 次期大神官という肩書があるにも関わらず、レイに約束を出来ない自分を恥じた。




 夏神殿でまた一夜泊まり、次の日にはレイと秋島へと出発することになった。

 秋島に行くには、また馬車で夏島の果てまで行き、飛行船に乗らなくてはいけない。

 しかし、レイは夏神殿の敷地内にある小さな祠のような場所へと向かった。

 そこには、木々の間に大きな扉が置いてあり、周りに人気ひとけはなかった。

 クレスもレイも着替えて、また短衣ベスト脚衣ズボン長靴ブーツという、旅装束になっている。

 コハクも準備万端だ。ルミレラ蒼神官も見送りに来ている。


「ここはね、季主の道というんだ」

「季主の道?」

「そう。ここから私の力で、秋島までの道を開く。この先の洞窟を抜ければ、着いた先は秋島だ」


 そういうが、レイはさっと扉を撫でた。

 ノブを回してその扉を開くと、周りが青い宝石のような石でできた洞窟になっている。


「行こう」

「……ああ」


 クレスも半信半疑でレイのあとをついていく。

 見送りに来ていたルミレラ蒼神官が、心配そうにレイのあとを見ていた。


「いってらっしゃいませ、レイファルナス様」

「今回はちょっと長くなるかもしれないけど、それまで夏島をよろしくね、蒼神官」

うけたまわりました」


 ルミレラ蒼神官が両手を組んで頷くと、レイは彼女に手を振り、季主の道の奥へと進む。

 そのあとをクレスも進んでいった。クレスのあとをコハクもテトテトと歩いていく。


「そういえば、レイはこんなに夏島を空けてていいのか? 夏主なのに」

「前回も仕事で主島に行ったのだし、今回もある意味仕事だから」

「前回って、この前? 主島に何しに行ってたんだ?」

「中央冷暖房装置の力の補充に。ちなみに冬島にも行ってきたばかりだ。冬島、主島と回って夏島に帰ってきたんだ。季主の道を使わなかったのは旅が趣味だから」


 旅が趣味……そういえばレイは楽師まがいのことをしていた、とも言っていたとクレスは思い出した。

 それにしても旅が趣味なわりに、お金を盗まれてもいたが。


「旅は面白いよ。笛を吹いてお金を稼いでいたこともあったし」

「……夏主が……?」


 そう不思議そうに問うと、レイは笑った。


「叔父さんの食堂で仕事をしていた、将来の大神官には言われたくないな」


 そう言いながら進んでいくと、まわりの青い透明な石は、いつの間にか緑の透明な宝石のような石に変わっていて、緑柱石が立ち並ぶ洞窟に様変わりしていた。

 光源は、その石から発せられている。さっきまでサファイアのような青い光だった洞窟内は、エメラルドのような緑の光で覆われていた。


「もうすぐ着くよ」

「え、もう?」


 時間にして一刻あたりか。

 しばらく歩いていると、緑色の扉が見えた。

 それをレイが押すと。

 乾いた風が、クレスの頬を撫でた。

 目前には大きな茶色の壁の神殿が視える。太陽の光に照らされて、正面玄関を飾る列柱の陰影がはっきりと見えた。

 秋神殿だ。

 クレスたちはあっという間に、秋島、秋神殿へと到着した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る