第7話 飛行船の中で

 主島のはての乗車券売り場で乗車券を買って、飛行船に乗り込む。

 シーナ親子とレイとクレス、それに、別の馬車で来た数十人が飛行船に乗りこんだ。


「飛行船の中の飯ってうまいか?」

「ああ、美味しいよ。実際に食べてみれば分かるけどね」

「そうか……。昼になったら一緒にめし食おうぜ」

「そうだね、一人は味気ないから」


 レイと何気ない会話を交わし、クレスはレイと飛行船の通路で別れた。

 クレスは食堂で少し水を飲みたかったので、食堂の方へと行く。

 背後の物入れの中にいるコハクも、喉が渇いているだろう。

 コハクを飛行船に乗せる件については、部屋から出さなければいい、ということで了解を得た。


 食堂でお金を払って水筒に水をいっぱいまで入れてもらった。そして、クレスは飛行船の乗車券に書かれた船室を探す。

 船室は二名から四名までの共同部屋で、クレスは運よく二名部屋が取れた。

 でも相手がいびきのうるさい人だったりすると、やっかいだなと思った。

 そう考えながら見つけた自室の扉を片手で打つ。

 もう、すでに相部屋の人がいるかもしれない。

 コンコンと扉を打つと、中から人の声がした。


「どうぞ」


 といったその声が、なんだか聴きなれた声であるような気がして。

 扉を開けて、クレスは破顔した。


「なんだ、レイじゃないか」


 レイは部屋のすみにある二段組の寝台の下の段に本を読みながらあぐらで座っていた。


「あれ、クレス? クレスもこの部屋なの?」

「ああ。相部屋の相手ってレイだったのか」


 お互いに驚いた。乗車券を見せあった訳ではなかったので、今お互いに知ったことだった。

 クレスはコハクを背後の物入れから出して、上の寝台へ荷物を投げ入れる。そして、飛行船の外が見える丸窓の下の椅子に座った。

 コハクがクレスの足元でじゃれた。


「偶然ってあるんだな」

「ああ、私も色々長く旅をしたりしたけれど、こんな偶然は初めてだよ」


 レイは二段組の寝台の下に座りながらクレスを見て、破顔する。


「これからもよろしく」

「ああ、レイ、よろしくな」

「みゃーお」


 コハクもレイを見てよろしく、というように鳴き声をあげた。




 カンカンカン、と鐘が鳴った。出航の合図だ。

 飛行船は、離岸したのを感じさせない穏やかな出発で、主島を出た。

 ふよふよと飛び出した飛行船に揺られて、昼を食べ、寝台の二階部分でうたた寝をしていたクレスは夜には退屈になってきた。


「なんか、平和すぎるな」

「食事も飲物もこの飛行船に乗っていれば心配いらないからね」


 レイが寝台に寝転びながら言う。


「暇?」


 レイがそういうので、クレスは正直に答える。


「暇だな。なんもすることが無い」


 そう言っていると、この飛行船の食堂兼広間から音楽が聞こえてきた。


「レイ、あの音楽なんだろう? 何か分かるか?」

「ああ、あれはね、この飛行船に旅の音楽隊かなんかが乗り合わせたんだと思う。飛行船の中でもひと稼ぎしたくて、何か演奏しているんだよ」

「ふーん」

「あれ、行かないの? 退屈なんでしょう?」

 クレスは面倒くさそうに寝返りをうった。

「う…ん…。なんかもう面倒くさい」

「怠惰だなあ。じゃあ、私が笛でもふいてあげようか?」


 そういうが、レイは荷物の中から小さな横笛を取り出した。

 今は夕食後の時間帯だ。

 音楽隊が演奏しているので、レイ一人が笛を吹いたとしても音楽隊の音に消されてしまうので、夜でもさして問題にはならなかった。


「笛? レイって笛も吹けんの!」

「ああ、旅の楽師まがいのこともしたことあるし」


「旅の楽師? だってレイって神殿関係者なんだろ? なんで楽師? 神殿の音楽隊にでも所属してるのか?」


 レイは苦笑して、笛を布で拭いた。


「クレスは質問ばかりだね」

「だって、謎だろ?」


 思わず出た本音にレイは声をたてて笑った。


「謎かな? まあいいじゃないか。じゃ、吹くけど、何かリクエストとかある?」


 そう聞くレイにクレスは少し考えて、明るくて、軽快な曲がいいといった。


「じゃ、円舞曲ワルツなんかがいいね」

「あ、いいな、それ」


 そう言うと、レイは円舞曲を吹き始める。

 かろやかな笛の音が船室に響き渡った。

 レイの笛の腕は自分から吹くといっただけあって、とても上手い。

 踊りだしそうな曲が船室に響き、クレスの心も踊った。

 コハクもクレスの足元で、小さく丸くなって気持ちよさそうに目を細めている。


 笛を聴きながら、レイという人物は不思議な魅力のある人だな、とクレスは思った。

 外見の美しさだけではない不思議な魅力。

 コハクを元気にしたことや、笛が得意だということや。

 レイのそういうところに、何かクレスの心が惹かれた。

 純粋に尊敬するし、凄いと思う。

 レイが笛を吹いている間、クレスは二階部分の寝台から降りて、窓際の椅子に座り、レイの顔を見ていた。

 相変わらず、綺麗な顔をしている。

 しかし、以前はそれ以外なにも感じなかったクレスの心は、今はドキドキと脈打っていた。


 二人だけの演奏会は、十数分続いた。

 終わったころにはクレスは旅の疲れもあって眠くなってきていた。

 食堂兼広間で演奏していた音楽隊たちも演奏をやめている。

 クレスはレイの笛の音に感心し、拍手を送った。

 クレス自身もわりと上流階級の出身なので、音楽の良しあしは分かるつもりだ。

 それを考えてもレイの笛は上手うまかった。


「レイって笛も上手いんだな」

「ありがとう」


 レイは照れることもなく、素直にクレスの賛辞を受け入れる。

 そしてまた笛を布で拭いて、袋に入れて荷物の中へとしまった。

 演奏会は終わり、クレスは、また二段組の寝台の上へと戻って寝る準備をする。

 久しぶりに寝台で寝ることが出来るので、嬉しかった。

 馬車の中では寝たのかよく分からないくらい、ひどい状態だった。

 そんなことを思い出しながら寝台の中で布団をかける。

 寝る前にいい音楽を聞けたことも手伝って、クレスは飛行船の中で心地よい眠りに誘われていった。

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