第一章 出発

第4話 出逢い

 きのう家で確認した地図の通りに、クレスは高速長距離馬車の待合所へと向かっていた。

 父、母、弟とはもう別れをすませ、意気揚々と出発だ。

 服装は動きやすい旅装束だ。深緑色の短衣ベスト脚衣ズボン、それに歩きやすい長靴ブーツを履いて、外套コートを着ている。


 昨日、初めにどの浮島へ行くか、考えた。

 けれど、さほど悩まずにクレスは夏島に行こう、と思った。

 いま、主島は真冬だ。そんな中、さらに寒い冬島に行くのは嫌だ。

 秋島と春島もすてがたいけれど。

 行くのなら、暑いところがいい。

 常夏の夏島。それが良い、と即決だった。 

 ウェルファーの季節の浮島は、主島を中心に四季の順番で浮いている。そして、季主の守護する飛行船で主島と各となりの浮島をつないでいる。夏島なら、主島と、春島と、秋島に、三本の連絡飛行船が出ているのだ。


ウェルファー全景図

https://kakuyomu.jp/users/urutoramarin/news/16818093075343838415

が近状ノートのリンクからみられます。


 なので、夏島に行くには、馬車で二日ほどかけて主島の端にある飛行船乗り場までいく。そして飛行船に乗り、夏島まで一日半の空の旅になる。

 さらに夏島について夏神殿まで行くには、主島から行くと、広大な海を渡らなければならない。海をわたって港につくと、そこが夏神殿のある首都、キリブという街なのだ。




 首都のはずれまで馬車に短時間揺られ、その降車口あたりで高速長距離馬車の待合所についた。

 木製の黒塗りの小屋で、中ではストーブがたかれている。

 上に薬缶ヤカンがのっていて、それがしゅんしゅんと白い湯気をたてていた。

 ここでは首都の中央冷暖房装置の範囲外なのだ。

 暖房が使えないのでストーブが使われ、窓には結露した水分がだいぶ溜まっている。


 クレスはそこの扉を引き開けると、中に入った。

 むあっとした水蒸気を感じる。室内は暖かい。


「こんにちは」


一応、大きな声で挨拶をしてかるく頭をさげる。

 中には三人の親子だろう人々と、もう一人、飛びぬけて綺麗な人が座っていた。

 親子の方は十歳くらいの女の子とその母親、それに体格のいい父親だった。


 そして、もう一人は、青い瞳と長い飴色の髪の人。三つ編みにしてさえ腰まであり、それを前に垂らして、旅装束を着ていた。やはりクレスのように紺色の短衣ベスト脚衣ズボン長靴ブーツを履いていて、組んでいる足が長そうに見えた。耳には瞳の色と同じ、サファイアの石のついた、耳にひっかける形式の耳飾りをしている。


 肌はクレスと同じ色だが、とてもきめ細かい。

 背は高そうだ。

 そして、女性のように綺麗だけれど、化粧をしている訳でもないし、胸は平らだ。

 そんな観察をしていると、待合所にいた親子の父親がクレスに握手を求めてきた。


「俺はシーナ。こっちは妻のマリーと娘のサリだ。よろしく」


 クレスは咄嗟に握手に応じ、よろしくと返した。

 の人もクレスに手を伸ばして握手を求めた。


「私はレイ。これから夏島までよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします。俺はクレスだ。……レイさんも夏島に行くのか」

「ああ。というか、ここにいる人が全員夏島に行くのだと思うけどね」


くすりとレイと名乗った青年は微笑ほほえんだ。

 きゅっとクレスと握手をすると、レイは背を黒塗りの壁につけて、両手を組んだ。


「全員が夏島へ?」


 不思議に思ったクレスはレイにおうむ返しに聞いた。


「そうだよ。だってここから出る馬車は、夏島への飛行船乗り場まで直行の、高速長距離馬車だから」

「あ、そうだよな」


 考えれば当たりまえのことで、クレスは納得した。

 それにしてもこのレイという人物は、声も中性的だとクレスは思った。

 何にもまして、仕種が優美である。

 神殿関係者かな、とクレスは思った。


 ウェルファーの上流階級というのは、主に高位の神官と巫女のことを言う。

 豪商などもいるが、主だった者は神官と巫女だ。

 だから、それ相応の教育を受けた上流階級の者ならば、神殿関係者が多い。

 クレスもその一人だった。

 クレスはレイの隣に座って、高速長距離馬車が来るのを待った。

 馬車は六人乗りで、予約が必要だった。クレスは事前に自分で予約券を買っておいたので、その乗車券を握りしめて馬車を待つ。


「ねえ、君」


 しばらく馬車を待っていると、隣から声を掛けられた。


「なんですか、レイさん」


 顔をレイの方へ向ける。

 見惚れてしまうような美しい人に声を掛けられて、クレスは少し戸惑ってしまう。


「レイでいいよ」

「じゃあ、俺のこともクレスって呼んでくれ。俺、君って呼ばれるの、慣れてないから」

「クレスの荷物はそれだけなの?」


 純粋な疑問だというように、レイは不思議そうにクレスの荷物を見た。

 クレスの荷物は、背に背負う物入れ一つだった。

 お金とハンカチと紙と水筒、あと地図くらいしか入ってない。


「ああ。現地で必要なものは送ってあるから。だからあんまり必要ないと思って」

「そう……。でも今は真冬だよ。馬車で寝るときの毛布とか、入ってるの?」

「も、毛布? 馬車の中で寝るのか?」


 初めて知った事実に、クレスは少し慌てる。


「そうだよ。馬車に乗ると一度宿場町で食事休憩になるけど、その後は夜通しに馬車は走り続ける。宿場町で馬を取り替えるからね。そうやって走り通して、二日でこの主島のはし、飛行船乗り場に着くんだよ」

「……そうか……」

「夜の馬車は冷えるよ?」


 少しクレスの顔は蒼くなった。馬車の中で寝る。考えれば当たり前のような気がしてきた。

 何のための高速長距離馬車なのだ。馬を取り替えながら、最速で主島のはしまで行くのだ。

 しばらくの沈黙のあと、レイは心得た、というように微笑んだ。


「ああ、毛布がなくても宿場町で買えるよ」

「そ、そうか! 良かった! 凍え死ぬかと思った……」


 安心した表情のクレスにレイは苦笑する。

 そのとき、待合所の扉が開かれた。

 黒い制服と帽子の、壮年の男性御者が、待合所の中に入ってきたのだ。

 そして間延びした胴間声を張り上げた。


「これより夏島飛行船乗り場行き、高速長距離馬車が出ます~。お客さんたち、馬車に乗ってください~」


 レイがクレスを見て席をたった。


「出発だそうだよ」

「ああ」


 レイに促され、クレスも席をたつと、やはりレイの背は高かった。

 クレスの顔がレイの首あたりなのだ。

 扉を開けると、茶色の馬が四頭、白い息を吐いていた。

 黒塗りの六人乗り馬車が、光りを反射してそこにあった。




レイのイメージイラストです・近状ノートへ飛びます

https://kakuyomu.jp/users/urutoramarin/news/16818093075372553334

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