第3話 出発の日

 大神殿から戻ったクレスは、翌日、街へ買い物に行った。

 必要な物を買いそろえるためだ。その中には、この主島と、四つの浮島の詳細な地図もあった。 


 そして翌日からクレスは、部屋にこもって荷造りを始めた。

 バレルがくろい髭を撫でながら、そっと様子を見に行くと、部屋中が物で覆われている。


 使用人に手伝わせようかと考えて、やめた。バレルはそっと自室へと引き返す。

 その代わりに、クレスの部屋には弟のカイスがきた。

 丸い眼鏡の中の瞳を、カイスはさらに丸くした。


「どうしたんですか、兄さま、この荷物は」

「あ、ああ。ちょっと旅に出るんでなあ」


 だから散らかっているんだと説明したところで、カイスは呆れたように溜息をついた。


「兄さまが主島を出て旅をするのは、父さまから聞いて知っています。ねえ、兄さま、各島で必要なものは現地へ送っちゃえばいいじゃないですか」


「季主さまの神殿にか? それは失礼だろう」


「神殿の近くに数日宿を取ってそこへ送ってしまえばいいんじゃないですか? 予備のお金とかも入れておいた方がいいですよ」


「なるほど。でも、どうやって宿を取る?」


「兄さま……」


 試されているように感じたカイスは少し困った。


「あはは、ごめん、カイス。カイスがあんまり頭いいから俺、たじたじだよ。そうだよな、宿に送ろう。そのときに大神殿の封筒で大体の滞在期間を書いた手紙も届けて、宿の部屋を取っておいてもらおう。お金は後払いで。大神殿の仕事だから、ある程度融通を効かせてもらえるだろう。そうだ、父さんの名前も借りよう」


「はいっ。やっぱり兄さま、頭いい!」


「カイスは大げさだなあ」


 クレスは苦笑した。


「じゃ、各島に送る荷物は、さっそく木箱に詰めていきましょう」

「ああ」


 二人は使用人に適当な木箱を用意させると、そこに着替えやある程度のお金を入れておいた。

 その外側に大神殿の深緑色の縁飾ふちかざりのついた手紙を張り付けて、そのためにクレスの荷物は大神殿の荷物と同等の貴重性をもった。


 この日、クレスの家からは四つの木箱が各島へ向かって配達されていった。

 あらかた荷物が片付くと、ふっと息を吐いて窓から空を見上げた。

 まだ外の家々の屋根や草木にはこの前に降った雪が残っている。

 それが銀色に太陽の光を反射していて綺麗だった。


 主島はいま、真冬。

 なので、クレスの屋敷は暖房が使われていた。

 この暖房施設は、主島の首都全体を覆う、『中央冷暖房装置』というものだ。冬には夏島の夏主かしゅが、夏には冬島の冬主とうしゅが、その力を使って冬には温水を夏には冷水を、街や建物内の管に通している。各建物内にある『熱変換装置』を使って、熱や冷気を空気中に放射するしくみだ。

 その水力機関のおかげで、主島では首都にかぎり、暖房と冷房を使うことができた。


「なあ、カイス」

「なんですか、兄さま」

「お前、何か用があったから、俺の部屋に来たんじゃないのか?」

「ああ、はい、そうです」

「なんだ?」


 するとカイスは何か恥ずかしそうに身をよじった。


「あの、その……、旅先で葡萄酒が出たら、そのコルクを取っておいて欲しいなと思って」

「ああ、そうか。それならお安い御用だ。もってきてやるよ」

カイスは手放しに喜び、またクレスにくっついて喜んだ。

「やった、兄さま大好き」


 腰元にかじりつかれたクレスはカイスの頭をくしゃっと撫でた。クレスはこの弟が、子供らしくてとても可愛いと思う。

 しばらくこの弟ともお別れなんだな、と少し寂しい気分になった。




 翌日、神官学校でクレスは休学の手続きをした。しばらくは帰ってこられそうもないからだ。

 神官学校は大神殿の裏手にある。

 クレスは休学手続きを終え、屋敷に帰るために長くて広い廊下を歩いていた。

 神官学校、ここは七歳から十八歳まで通うことが出来る、官吏教育機関だ。

 この世界『ウェルファー』では、官職につくものを神官と巫女と称するので、官吏を育てる学校も神官学校という。 

 ちなみに、各浮島にも神官学校はあるが、十五歳から十八歳までで、試験はとても難しい。


 官吏になるための勉強なので当然だと言える。

 なので、絶対に官吏になりたいものは、主島の神官学校で七歳から勉強を始める。

 成績によって配属先も変わり、優秀な者は大神殿で働ける。並みなら各地方に作られている地方神殿で働くことになる。それは各浮島でも同じだった。

 たとえば春島には春神殿がある。


 そこへ勤めるためには神官学校を優秀な成績で卒業しなければならない。並みの実力ならば、春島の各地に作られている多数の地方神殿へ配属される。

 地方ではなにかと不便になるが、そのぶん神官と巫女というのは給料がいい。信用の問題もあるので、辞める人はまずいない。


 各浮島には大神官のように季主に仕える筆頭神官がいて、春島の場合は朱神官しゅしんかんという。

 朱神官が春島では一番、くらいの高い神官だ。




 クレスは神官学校の廊下を、少しだけ暖かくなってきた主島の日差しをあびながら歩いた。

 明日にはもう出発できそうだ。

 そう思うと、何かドキドキしてくる。

 まだ行ったことのない、未知の世界へと飛び出すのだ。

 この旅で、自分は何を見つけるのだろう。

 クレスは息を大きく吸って、吐き出した。

 次期大神官の仕事だと、創造主リアスは言っていた。

 これをこなせば、自分は次期大神官としての自信や心構えができるのだろうか。

 こんな自分にも。


 次期大神官という肩書きに対して不安しかなかったクレスの心は、この旅で自分の何かが変わればいいと切望した。

 胸には大きな期待が溢れていた。



クレス・クレウリー イメージ画

https://kakuyomu.jp/users/urutoramarin/news/16818093075343365809


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