第五章『入れ替わりに関する一考』

第25話

『しかし、なんでだろう…』

 死体の正体を探る。ボクの死体を取り戻す。

 当初の想定から大きくかけ離れた目的を前に、ボクは改めて、先ほど起こった奇妙な出来事について思案していた。

『なんで百合さんは、偽札を持っていたのか…』

 偽札が無ければきっと、給油の際に詰まることも無かったし、店員に気づかれて通報されることも無かった。勘違いで、荷台に死体があると口を滑らせることも無かった。

 何かの拍子で流通した偽札を、運悪く百合さんが掴んでしまった…と考えるのが普通なのだろうが、これには違和感を覚えてしまう。

 まさかそこまで彼女を不運が襲うわけがない…という、神様への期待だった。

「理由はあるよ」

 百合さんが言いにくそうに言った。

「私が偽札を持っていた理由」

『え…、心当たりがあるんですか?』

「ある」

 百合さんは苦虫を噛み潰したような顔をして、頭をくしゃくしゃと掻いた。

「私よ。そもそも、なんで私が、あの通りを走っていたかはわかるか?」

『あの通り?』

 ああ、ボクを轢き殺した時のことか。

『さあ…?』

「あの時私はね、ちょっとした小遣い稼ぎをやっていたんだ…」

『小遣い稼ぎ? お皿洗いとか?』

「違う」

 ぴんと来ないボクの発言を一蹴してから、百合さんはハンドルをコツコツ…と叩いた。

「最初の頃に言った通り、今の私は絶賛やさくれ中なんだ。会社で商品券換金したのも、ここ一年はずっとフリーターやってるのもその理由だな」

 文脈的に、ボクは嫌な予感を覚える。

『まさか、偽札を作ったんですか?』

「そんなことするわけないだろう? 腐っても犯罪はしないって決めてるんだ」

『商品券の換金は横領じゃないんですか?』

「そして、『死体を沈める場所』を知っていた通り、私は、反社会的勢力との関わりがあるんだ」

 ボクのツッコミを無視して、百合さんはそう言った。

「もちろん、がっつり関わっていたわけじゃないぞ? 組の下っ端の地位に位置する、碌々圭介って男と付き合っている。ああ、もちろん、交際の意味じゃないぞ?」

『わかってますって』

 碌々圭介…か。明らかにろくでなしって感じの名前。

「昨日、碌々圭介から連絡があってな、用件は『小遣い稼ぎしないか?』って言うものだった」

『ああ、なるほど…』

 話が見えてきた。

『その小遣い稼ぎの中で手に入れた一万円が、偽札だった…というわけですか』

「ああ、その通り」

 百合さんはため息交じりに頷いた。

「その内容は単純で、待ち伏せだった。指定された場所に車を停めて、碌々圭介の指定した人間が道を通るのを待つっていう仕事。別に声を掛けたり、追いかけたりする必要はなくて、出てくるのを確認したらあいつに連絡する…、それだけで良かったんだ」

『はあ…。その場所は?』

「一刻荘B棟ってアパートの前」

『ん? 一刻荘 B棟?』

 聞き覚えのある名前に、ボクは眉に皺を寄せた。

『それって確か、ボクの大家さんが持っている建物ですね。最近買ったって』

「へえー…」

 百合さんは乾いた相槌を打つ。

『でも、そこ廃墟ですよ? 誰も住んでない。そんなところで人を待ち伏せしていたんですか?』

「うん? 廃墟だったかな? 人の気配がしてたんだけど…」

『怖いこと言わないでくださいよ』

 百合さんは首を傾げた上で、言った。

「だから、そのアパートから出てくる奴を待ち伏せする必要は無くて、その前の道を通る奴を待ち伏せしていたんだ」

『ええ…、なにそれ』

 意味が分からず、ボクは返す言葉を失った。

『普通、待ち伏せなら建物の目の前でするんじゃないですか?』

「多分、建物の前を張っていたのは碌々本人だろう。あいつが対象を取り逃がした時に、どっちに逃げたかを知るために、私を配置したんじゃないのか?」

『ああ、なるほど…』

 セーフティーネット的な。

『それで、引き受けたんですか?』

「当然私は引き受けた。そして、碌々圭介から、前金として一万円を受け取ったんだ。仕事が終わったら、さらに三万円貰う予定だった」

『金払い、良いんですね』

 いや、どうなんだろう。そういう反社会組織って、人から金を巻き上げているイメージがあるし、もっと高くても良いのかな?

「そうなんだよ。万年金欠で、送迎の手伝いをやっても千円ぽっちしかくれなかったやつが、急に一万円をくれるものだから、私もビックリしたね」

『それは流石にケチ過ぎませんかね…』

 引き受ける百合さんも百合さんだ。

『でもまあ、貰ったお金は、実際は偽札なわけですから、羽振りが良いわけじゃなく、無い袖繕って振っていたわけだ』

「怪しまれるのは使った側だもんな」

 実際、百合さんは偽札を使ってしまって、通報されたわけだ。なかなか精巧に作っていたようだが、釣銭機のセンサーは誤魔化せなかった…と。

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