第21話
再び荷台に死体を載せると、ボクは助手席に、百合さんは運転席に腰を掛ける。
一キロほどバンを走らせると、待避所として設けられたスペースがあったので、そこに停車させた。自動販売機も置いてあったので、百合さんは缶コーヒーを買って戻ってきた。
「話を整理させよう」
コーヒーを一口啜ってから始める。
「昨日の午後十時頃、私はバンを運転している途中、横から飛び出してくる葵を撥ねた」
『昨日の午後十字頃、ボクは交差点にて、バンを運転している百合さんに撥ねられました』
「錯乱した私は、血塗れの葵を毛布に包んで、車の荷台に乗せた」
『ボクの死体は、百合さんによって毛布に包まれて、荷台に乗せられた』
「そしてその二時間後」
『ボクは目を覚ました』
「ただし、幽霊として」
『…………』
「…………」
また外で風が吹いたようで、辺りの木々が激しく揺れた。木の葉が舞い散り、フロントガラスにパラパラ…と落ちてくる。
ボクと百合さんは、再び睨めっこを始めた。狐に化かされたかのようなこの奇妙な出来事を必死に理解しようとしているような顔だった。
見つめ合って、見つめ合って、見つめ合って…、そして、堪えきれず、声を揃える。
「ありえない…よな」
『ありえない…ですよね』
そうだ。ありえない。死体が入れ替わる隙なんて、何処にも無いのではないか?
とは言え、希望が潰えたわけではない。まだ、ボクや百合さんの「記憶違い」という可能性も無くはなかった。
ボクは青ざめている百合さんに縋りつく。
『百合さん、もっと思い出してみてくださいよ。その時って、錯乱していたんでしょう? もしかしたら、憶えていないだけで、死体の入れ替わりに関する行動をしていたんじゃないんですか?』
百合さんは顔を顰めた。
「そんなことを言われたって…、私、酔った時の事憶えているタイプだし…」
『錯乱していた時のことを憶えているってことですか?』
「まあ強いて言うなら、さっきの証言で、省いた部分はあるよ?」
『省いた部分?』
ボクは眉間に皺を寄せる。
『省いたって…、他に何か行動をしていたんですか?』
「とはいっても、多分関係ないことだぞ?」
そう前置きしてから言った。
「葵を轢いた後、私は一度その場を立ち去っているんだよ…」
『え…』
百合さんの証言に、ボクの胸がかあっと熱くなる。瞬間、ボクは声を荒げていた。
『明らかにそれでしょうが! その隙に死体が入れ替わったんだ! なんでそれを早く言わない! なんで省略した! そういう横着があるからいつまで経ってもダメなんだ!』
「い、いや、待てよ…」
百合さんは勢いを失くした様子で、ボクを手で制した。
「とはいえ、たかが数分の出来事だぞ? 多分、三分も経っていない。一度は轢き逃げしようとしたんだが、本能的に『ダメだ』と思って引き返したんだ。そこで葵の死体を回収した」
ため息をついた百合さんは、自分を落ち着かせるように、ゆっくりと語った。
「仮に、その数分の間に死体が入れ替わったとして、どうしてそんなことが起こった? どうして死体を入れ替える必要があった? そもそも、死体が周辺に二体存在するなんて出来事、あり得るのか?」
『ぐっ…』
まあ、確かにそうだ。死体を入れ替える必要が分からないし、なぜボク以外に死体があったのかも謎だ。
「それに、葵、思い出してみろ。お前は、『轢かれてから二時間後に目を覚ました』と言ったな」
『ええ、まあ、それと同じニュアンスのことは…』
「冷静に考えれば、こうも考えられないか? 『二時間後に幽霊になった』。つまり、『二時間後に死んだ』って」
『二時間後に、死んだ』
ボクが百合さんの言葉を反復すると、彼女はこほん…と、気まずそうに咳払いをした。
「何度も言うが、あの時のことは錯乱していて憶えていない。だから、私が轢いたやつの息があったかどうかも確認していないんだ…」
『ああ、なるほど』
百合さんの言わんとしていることを理解して、ボクは頷いた。
『百合さんがボクを轢いて二時間後、ボクは幽霊として覚醒した。つまり、そのタイミングが、ボクが死んだ瞬間だったんじゃないか? ってことですね』
百合さんも頷く。
「そして葵、お前は私の車の中に出現した。ってことは…」
ボクは指を鳴らす。と言っても、実体がないのですかした。
『その時点で、荷台にいた死体はボクのものだった』
「ああ、死体が入れ替わったのはその後かも…」
『でも、ボクらはその後二人きりで行動して、今の今まで、第三者に入れ替わりの隙は与えっていない…』
「………」
百合さんは「ああくそ」と悪態をついて、シートにもたれかかった。
「こんなことになるなら、あの時に死体の顔を確認しておくべきだった」
『そうですね。ボクも見ておくべきでした…』
舌打ちをした百合さんは、サイドブレーキを解除した。
「引き返そう。この免許証に書いてある女の住所に向かうぞ。何かわかるかもしれない」
『そうですね』
そうするしかない。
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