第17話

 その後一時間ほど、がむしゃらに走り続けた百合さんは、もういいだろう…と言って、路肩に停車した。

「何とか撒けたかな?」

 実際、パトカーのサイレンを聴かなくなって四十分以上が経っている。県境も越えたから、もう追ってくることはないだろう。油断はできないけれど。

「あー疲れた」

 百合さんはそう言って身を屈めると、足元に落ちていた缶コーヒーを拾い上げる。ただし、それは空き缶。

「要らねえ」

 すかさず窓を開けて、ガードレールの向こうにあった用水路にそれを放った。

 改めて、足元に落ちていた未開封の缶コーヒーを手に取ると、開けて飲む。

 香ばしいため息をついた百合さんは、窓に寄り掛かった。

「しっかし、なんでだ? なんで私らの居場所がバレたんだ?」

『さあ? でも、確かにあれは、ボクらを咎めんとする様子でしたね』

「意味が分からん。死体は私が回収しているんだぞ? そんなすぐにばれるものじゃないだろう…。だって、現場には血痕しか残っていないんだから」

『いや、血痕も…』

 そう言えば、ボクが銭湯に向かっている時に雨が降り始めていた。もしかしたら、洗い流されている可能性が高い。

『例えば、現場を目撃した人がいたとか?』

「そんなわけがない!」

 百合さんは声を荒げて否定する。

 と思えば、三秒後に弱弱しい声で首を横に振った。

「そう言い切れないかもしれない」

『どっちなんですか』

「あの通りに人の気配は無かったけど、見られていた可能性もあるかもしれないってことだ」

 まあ、あれだけ盛大に撥ねられていたら、否応でも人の注目を集めるものか。

「とはいえ、それでもこんなに早く見つかるのは納得いかん」

 まあそうだな。あの現場が誰かに見られて通報されたのが事実として、それが、一晩中移動し続けたボクらが、あっさりと警察に見つかった…ということへの説明にはなっていない。

 いや、警察って、ボクらが思うよりもずっと優秀なのだろうか…。

『実はもう指名手配されたりして』

 冗談のつもりでそう言ったのだが、百合さんは「まだ本気で探したわけではないけど家の鍵を失くしてしまった」かのような顔をして、ボクを見た。それから、スマホを覗き込み、弄り始める。どうやら、それに関する情報が無いか調べているようだった。

「いや、指名手配なんて話は特に…」

『…そう、ですか』

 ますます意味が分からない。

「まあ、さっさとお前を沈めるしかないみたいだな」

 結局、その結論に至った百合さんは、持っていた缶コーヒーを一気に飲み干し、これも窓の外に放り投げた。その後は、シートベルトを締め直し、荷台の死体を一瞥してからアクセルを踏む。

 バンは閑静な住宅地を、息を潜めるようにして走り始めた。

「安心しな。目的地は目と鼻の先だから」

『そうですか』

 そりゃあ一晩中走り続けていたらそうなるか。

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