第29話ササっと?お風呂








「ルイ、ここが俺の部屋だよ」



「お、お邪魔します」



 アーデリア達を別の部屋に案内した後、俺はルイを連れて【アイテムボックス】内にある【自室】に割り振っている部屋へとルイを連れてくる。



 【自室】は他の部屋とは違って、俺やベルフ達家族以外入れる事を考えていなかったので家具も一般家庭用の安い物ばかりで少し恥ずかしいが、ルイはそんな事気にも留めずに「わぁ!めっちゃいい部屋!」と目をキラキラさせながら興奮してくれる。



「よし、まずは皆の分の夕飯を作らなきゃだな……ルイは料理とか出来る?」



「えと……あんまり得意じゃないけど、親父が生きてた時はオレが家事当番だったから手伝いは出来るぞ!」



 ルイ曰く、家事が出来ない父親の代わりをしていたらしく、ある程度簡単な料理などは出来るとの事。



 だとするなら、包丁や火を使う時だけ気を付ける様に注意すれば問題は無さそうかな?というか俺もそこまで料理は得意ではないので、寧ろルイに頼る部分も大いにある可能性もあるのだが……まぁ一応年上としての矜持として子供を見守るスタンスで行こう。



「ならまずは食材を取りに……っと、それよりもまずは身だしなみかな?」



「?」



 御者のおっさんが食材を乗せている馬車のある部屋に向かおうと思ったが、ルイの格好を動こうとした身体を踏みとどめる。



 髪は泥と汗でボサボサ、服も同様に汚れており、とても衛生的に良いとは思えない。



 恐らくこのままルイに調理を手伝ってもらった場合、ほとんどの食材が泥まみれになる可能性があるのでまずルイの身体をキレイにする事から始めよう。



「食事には元々少し早かったし、まずは風呂だな」



「風呂……?風呂ってなんだ?」



「ん?もしかしてルイはお風呂って知らない?まぁ基本お金に余裕がある家にしか置いてないし、水を結構使うから基本タオルで済ませるのが主流だから知らなくても不思議じゃないのかな?」



 恐らく【エココ村】は立地的に水は貴重なのだろう。その貴重な水をドバドバと使用する風呂は敬遠される物だったはずだし、御者のおっさんが言うには王都でもそれほど入られる物ではないらしいので、ルイが知らないのも納得ではある。



「俺も月に1回風呂には居れればいい方だったしな……よし、お風呂未経験のルイに気持ちのいいお風呂の入り方をレクチャーしてあげよう!」



「お、おぉー?」




 そうと決まれば、まずはお風呂を沸かすべく【火魔法】の使い手であるフォルンのいる部屋に続くゲートをくぐるだった。







◆◇◆◇◆◇◆







「……ファイアぁ……ボー………ルぅぅ…!」



「頑張ってフォルン!もう少し!」



「くぅぅ……いつもと違って魔法を飛ばさない様に気を遣うの……結構めんどい…ッ!」



「頼んでおいてあれだけど、絶対に魔法は爆発させないでね…?」








 俺達がフォルンにお風呂の件を頼みに行った際、彼女はもちろんの事まだ眠ったままだったが、流石にビッググリズリーとの遭遇以前から寝ていたのもあってか、少し強めに『フォルン起きろー!』と身体を揺らしつつ声を掛けたら眠気眼のまま起きてくれた。



 よくもまぁこれだけ眠れるモノだと感心しつつ、お風呂の件をお願いしてみると意外な事にフォルンはあっさりと承諾したのは驚いた。



 てっきり、寝る事以外で面倒な事は引き受けてくれないとも思っていたので、最悪は依頼料を払ってでも頼もうと考えていたので正直助かる。



 ……まぁ、話を聞けば、フォルンもお風呂に入って気持ちよく寝たいという下心があった為、やる気があるのだとか……まぁ俺達だけで独占するつもりは無いし、俺とルイが入った後は全員自由に入ってくれても構わないけど。



 と、そんな訳で寝起きのフォルンを連れて≪水場≫の部屋の湯船の水を沸かしてもらっているという訳である。



 もちろん水は使いまわしじゃなく、旅の時にペペットに溜めておいてもらった樽の水を使わせてもらったので衛生的な問題も大丈夫である。




 ちなみに、フォルンを起こす際にアーデリアも一緒に居たのだが、何故かお風呂の話題が出た瞬間青ざめたような表情で「わ、わわ私は、ちょっとお花を摘みに~……ほほほー」とエセお嬢様の様なセリフを吐きながら部屋を出て行ったのは気にはなったが……腹痛が酷かったのかな?



「どうー…?もう大丈夫ー?」



「んー……うん!ちょうどいい温度になってる!助かったよフォルン」



「いひぃーめんどかったー……でもお風呂とかすごい久しぶり。……風呂上がりのミルクとかある?」



「……ここでも風呂上がりの牛乳って文化あるんだ……まぁエココ村で少しだけ買ったからあるけど…」



「おーやりぃ」




 牛乳は比較的傷みやすいので、エココ村でも殆ど村人たちだけで消費しているらしく、それほどの量は仕入れられなかった。…まぁ俺も【時間停止】機能が付いてないからそんな大量に買い込めるわけじゃなかったから文句なんてないけど。




「んじゃまず俺とルイから入らせてもらうよ?って言ってもルイを綺麗にするだけだからそんなに時間は掛けるつもりはないけど」



「……うぇ?(…もしかしてお風呂ってこのお湯で身体を洗うって事?オレってこの大量のお湯使わないといけないぐらい汚いんだ)……うぅ…」



「ん?どうかしたかルイ?」



 何か悲し気な表情を浮かべるルイに声を掛けるが、ルイは「大丈夫…でもゴメン……なんかゴメン」と虚ろな瞳で返事を返すので、余計に心配になってしまった。



「ん?もっとゆっくり入ればいいじゃん?お風呂はゆっくり入った方が気持ちいーよ?」



「まぁそうなんだけど…この後夕食の用意とかしなきゃだし、他の皆にもこのお風呂を使ってもらうと思ってるから早めに出た方が温かいお湯で使えていいでしょ?」



「ふーん……まぁコナーがいいならいいけど…私はゆっくり入る!」



「湯船で寝なければ別にいいよ……ほらルイ、こっち来て」



 俺は、未だ悲し気な表情を浮かべるルイの手を取り、一旦≪自室≫の部屋へ移動し、そこを脱衣所代わりにする。



「服は自分で脱げる?脱いだ服は……そこの端に寄せといて、後で洗っておくから。それと着替え用の服がぁ~……お、あったあった。はいこれ、俺が小さい頃来てた服、風呂上がりはこっちを着てね」



「え?あ……うん?わかった…」



 服は基本的にこの世界ではお下がりとして使いまわすのが主流なので、破れたり余程汚れていない服は取っておくのが普通。



 俺も前世では古い服や小物を捨てられないタイプの人間だったので、特に気にせず小さい時の服や道具は今も【アイテムボックス】の肥やしとなっている。まぁそれが今は役にたっているので、良かった。



「出来ればここでルイの【水魔法】バブルが上手く使えたらシャンプーとか使えたんだろうけどなぁ…まぁそっちは一旦諦めよう」



「…?ご主人、むぐぐ……なにか…ッ…ふぅー!…言った?」



「いや、こっちの話しだ……よ?」



 ……あれ?ルイって歳の割に、微妙に胸の所に筋肉がついてる…?いやでも、お腹とか腕はめっちゃ細いし、どう見ても筋肉質じゃないけど…。



「そう?……よっと!」



――――すとんッ…




「………エッ」




 ……無い…?



 え、病気や怪我……っていやいや、そもそも俺ってルイに直接“男の子”って確認したか…?




 うん。してないな。















「……ルイ?ルイって……ルイちゃん?それともルイ君…?」



「ん?どういう事ご主人?呼び方?」




 混乱のし過ぎで自分でも何を言っているのかわからなくなってきた…。




「…ルイって、女の子?」



「え、うんそうだけど?………え!?ご主人オレの事男の子って勘違いしてたの!?ひでぇよ!」



 ――いや!確かに申し訳ないとは思うけど流石にその口調とか服とかはどう見ても男の子のそれだったし、一人称だってオレって……くッ!?ミントという前例が居たからそこはそこでツッコみにくい…。



「うぅ……ご主人……」



「ご、ごめんごめん……ほ、ほら?早くお風呂入って身体洗って来よう?髪とかボサボサだし、女の子なら綺麗な髪の方がいいでしょ?」



「むぅ……オレってそんなに汚いのか…」



 軽く涙目になっているルイにこれ以上考えさせない様にすぐにお風呂へ向かうように誘導するが、それも何故か心のダメージになっていたらしく、先程の悲しげな表情を浮かべながら俺の後をテトテトとついてくる。




 ……あれ?ルイが女の子なら俺が風呂にいれたらまずいのでは…?と言うか小さい女の子を自分の部屋で脱がせている時点で事案のような……。いや、これは子供の世話だ!ルイは風呂の入り方も知らない子供!女児!それを世話するのは大人として当たり前の事だ!



 俺は、自分の混乱した心を落ち着かせながら、お風呂場へと急ぐのだった。






◆◇◆◇◆◇◆





「ふぁあぁあぁああ~……んぺっ」



「ほら、髪を洗ってる時は口を閉じな?……しっかし、水が泥の様に茶色くなるな…」



「あったかいお湯で頭洗ったの初めて……これきもち~…んぺっ」



 お風呂場に着いた俺は、ある程度落ち着きを取り戻し、慌てる事なくルイのゴワゴワな髪を真っ先に洗い始める。



 最初はただのお湯をゆっくりと髪に回しかけ、手で揉みほぐすように髪を解いていけば、あれよあれよという間に流したお湯はまっ茶色状態。



 ある意味汚れているとかの次元じゃなく、頭から泥をかぶったのではないか?と思えるほどだ。




 そんな訳で、髪を濯ぐという行程を数回繰り返せば、ある程度汚れが無くなってきたのかお湯も茶色く変色しなくなってきて、ルイ本来の髪色が見えてくる。



「……ルイって金髪だったんだな…」



「んー?何か言ったご主人?」



「いや、なんでもない……次はこの石鹸で…」




 ルイの髪色はてっきり茶色だと思っていたけど、実は金髪なのだと判明し、ある程度汚れが落ちたタイミングで俺はこの世界特有の泡立ちの悪い石鹸を手に取り、ルイの髪へ石鹸を擦ろうと手を持っていき、一瞬だけ動きが止まる。



「……ご主人?」



「んー……なぁルイ、さっきの“バブル”の酸性を出来るだけ弱めた液体って出せないか?」



「酸性…?それってさっきご主人が馬車で言ってた?」



「うん、それ。出来そう?」



 酸性の概念とかは魔物の出る樹海が出る前に軽くだが伝えているので、もしできたらやって見せて欲しいぐらいの軽い気持ちでルイに頼んでみる。



 概念と言っても、お酢やレモン汁が酸っぱく感じたり、”バブル”の様に肌を溶かしてしまう力と簡単にしか説明していないので、何となくでしか理解は出来ていないはず。



 そんな状態で酸性を弱めた……もしくは完全に無くした液体を作れるのであれば、ルイの髪や身体を洗うのにとても役に立ちそうだし、出来れば俺も欲しい。



 本音を言うなら弱酸性よりアルカリ性の物が欲しいが……アルカリ性がどんなものなのかとかを上手く説明が出来る気がしないので、そっちは一旦諦めよう。前世でも酸性のシャンプーや弱酸性のボディソープは存在してたので、余程酸性が強くなければ大丈夫だとは思う。




「……酸っぱいのを弱める……手が溶けないように……”バブル”ッ」



 うむむと十数秒唸っていたルイが魔法を発動させ、近くに置いていた桶に粘性の液体がボトリと生成される。



「どれどれ…?……おぉぉ!!これは…………どうなんだろう…?」



 桶に入った液体を手で掬ってみるが、特に手が焼けるような感覚や痛みなどは感じない。



 両手で擦ってみれば泡立ちはするので、石鹸として使えるのは間違いないのだが、酸性は薄くなっているのだろうか?



「……どう?ご主人」



「うーん……触った感じ問題は無さそうかな?ちょっと試してみよう」



 まだ安全かは不明なので、一旦俺の身体で試す事に決め、湯船のお湯を少し掬って髪を濡らし、ルイの生み出してくれた石鹸(仮)を揉み込んでみる。



―――シャカシャカシャカ……



「わぁ……ご主人の頭めっちゃ泡立ってる……若干黄色い?」



「多分、その色は汚れかな?一応毎日お湯と石鹸泡立ちの悪いで洗ってるけど、落ちてない汚れがあったって事だね……試した感じ、めちゃくちゃ気持ちいいし、問題は無さそうだけど………一旦流して髪の状態を確かめるか……うぶッ…」



 水で髪についた泡を流せば、頭にこびり付いていた微妙な汗や汚れがごっそりと消えて無くなったかのような爽快感が頭部に感じる。



 …これは、まさしく前世のシャンプー後の爽快感……やばい、この世界に生まれて忘れてたけど、すっきりした頭皮ってこんな気持ちいんだ…。



「はぁぁぁ……やっばぁ……」



「え?だ、大丈夫かご主人!?頭溶けたか!?」



「あー…うん、ある意味溶けたかも……これなら大丈夫かな?ルイにも今してあげるね」



「うぇ!?オレ溶かされるの!?わッちょご主人ーーー!!!」




 頭皮がすっきりし、特に髪が痛んだ様子もないし、頭皮に痛みも無いので問題は無いと判断した俺は、シャンプー後の気持ちよさで少しばかりふわふわとした思考の中、ルイにもこの気持ちよさを伝えて上げようという親切心でルイの頭を掴む。



 何かルイが声を上げていた気もするが……まぁ今は放って置こう…。







――――――――――

――――――――

――――――






「「あひゅぅぅぅ~……」」



 数分後、そこには髪が異様に艶やかな光沢を携えた俺とルイの2人がまるで魂を抜かれたかのような表情で座り込み、何とも気の抜ける声を発していた。




「うーん、ルイの魔法は革命だね……これを商売にしてもやっていける確信を得たね」




「はぁぁ~……これすごぉ……オレの魔法がこんな気持ちいいなんて…」




 出来る事ならこのまま湯船につかりながら軽く眠りたい欲求に襲われるが、湯船で寝るなとフォルンに言った手前自分でそんなマナー違反をするのもはばかれるし、何よりそろそろ夕食を作り始めないといけない時間だ。



 …それに、個人的にだが、先程まで髪もボサボサで体も所々煤こけていたルイが全身を綺麗にしたことによって、少しばかり……その、色気?というか女の子らしさが見えてしまい、このままでは邪な考えが浮かんでしまいそうなので、出来るだけ早めに退出した方がいい気がする。






「あ”あ”ぁ”ぁ”~……出来ればこのまま暫くお風呂に入っていたかったなぁ……」



「――ん?だから入っていればいいじゃん?ご飯なんて数時間食べなくても寝てれば問題ない」



「いやぁそれはフォルンだけでしょ……え、フォルン?」




 ……え?つい、声がしたから返事をしたが、何故ここでフォルンの声が…?



「?はいはいなんでございます?」



「え……―――――ッ!?」




 声の方向に目を向ければ、そこにはフォルンがのほほんとした表情で立っており、まるで『どうした?何か変な物でも見たか?』と言いたげな雰囲気。



 ……だが、そんな事よりも俺は違う所に




「は、はははは……裸ッ!?」



「ぬお?……そりゃお風呂に入る時は裸では…?」




「え……!?……そうなの!?」



 この世界では混浴って普通なの!?だとして、湯浴み着とかタオルを体に巻いたりしないの!?………ハッ!!そう言えばこの世界って前世より女性が積極的な印象があったし、もしかして男女で全裸の入浴は可笑しくはない…?




「え、あ?そ、そそそ、そう…なの……そうだね!そうだった!多分そうだった!……かな!」



「……?変なコナーだね」



「ご主人、大丈夫か?なんか顔赤いぞ?」



 前には子供とはいえ髪や身体を洗った事によって女の子感が増したルイ。


 後ろには一切身体を隠さずにこちらを不思議そうに見つめる全裸のフォルン。



 うッ……この状況…流石に色々と精神とか色々が耐えられない……。




「はははは!久しぶりのお風呂でのぼせたかな!!そろそろ夕食を作らなきゃだからもう出よう!うんそうしよう!!」




「え?あ、待ってご主人!オレも行くから!」




 色々と耐えきれなくなった俺は、必死にタオルを腰に巻き付けながらルイとフォルンから逃げる様に≪水場≫を後にするのだった。













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