第28話予定外の野営






「………………行ったか」



「…俺達を諦めたのか、それとも腹が減って別の狩場に向かったのか……どちらにしろこのまま膠着状況が続かなくてよかった」




 時刻はすでに、夕暮れ時を過ぎ、辺りは暗く月明りだけが頼りのなんとも心が不安になる景色が視界に映っている。



「…ビッググリズリーが一旦居なくなったのは良いが、王都に帰るのにこの暗さだと少し危険すぎるな……ビッググリズリーが戻ってこないとも限らないし、馬車を走らせるにも馬が怖がって前に進めないだろうからな」



「かぁー!ったく、どんだけ粘るんだよあのくそ熊!3時間も居座りやがって!」



「……こりゃぁここで野営をするしかねぇな……食料はエココ村で仕入れた分もあるから問題はねぇが」




 実は、あのゲートの前で居座っていたビッググリズリーは日が暮れ、辺りが真っ暗になるまでずぅぅぅぅっと、同じ場所を徘徊するように俺達がゲートから出てくるのを待ち構えていたのだ。



 リードディヒの言うように、時間に換算すれば大体3時間も居座り続け……流石に腹が減ったのかつい先ほどやっと樹海の奥地へと戻るようにドシドシと帰って行った。



 だが、やっと帰ったと言っても、外は月明りが仄かに差し込むだけの真っ暗な森。


 馬車での移動は無理だし、徒歩での移動だとしても暗がりから魔物に襲撃されれば一溜まりもないので、この場は御者のおっさんの言う通り、野営をする事に決まった。



「……しっかし、この【アイテムボックス】の中じゃ野営って言うより、ただの“宿泊”にしかならねぇ気がするな…」



 【アイテムボックス】の中はすでに家具が揃えられ、食料さえあれば十分に生活できるだけの空間になっており、おっさんだけでなくゲルト達やアーデリアも『うんうん』と肯定の意を示す。



 ビッググリズリーが居座っている間の3時間は、流石に暇だったので俺が軽くこの【アイテムボックス】内の施設?は紹介しておいたので、水を節約しないのであればフォルンの【火魔法】で風呂も入れるし、トイレだって完備していると全員周知済み。



 一応フォルンが一切起きて来なかったので、フォルンだけがこの状況を知らないという事にはなるが……まぁそれはどうでもいいか。




「部屋はシングル……ここより少し小さい部屋とここと同じくらいの部屋がいくつかありますので、自由に使ってください。あ、ゲルトさんは治療したとはいえ治ってはいないんで、このままこの部屋を使ってください。リードディヒさん達もこの部屋を使いますか?」



「あぁ、怪我人のリーダーを置いて別の部屋でダラダラしようとは思っちゃいねぇぜ?手取り足取り看病してやるさ」



「…俺もこの部屋を使わせてもらおう……寧ろ広い部屋を使ってしまって悪いな」



「おいおい、怪我と言ってもただの打ち身だぞ?そこまで心配しなくても……」



 念の為ゲルト達3人は今居るこのダブルの部屋を使ってもらい、ゲルトの容態が悪化したとしてもすぐに対応出来るようにしてもらい、他の人達も簡単に部屋を割り振る事にした。



「アーデリアさんは……フォルンとでお願いしますね」



「……まぁ、そうなるわね……わかったわ」




「おじさんは――」



「俺もこいつらと一緒にこの部屋でいいぞ?どう見ても家具の配置から見てこの部屋を客室として商売するつもりだったんだろ?なら緊急時とはいえ無駄に沢山の部屋を汚さない方がいいだろうからな」




「……あー……すいません、助かります」




 流石はおっさん、商人としての目でこの部屋が商売で使われる事を推察されて気を使われてしまった。



 確かにまだ布団の清掃方法とか部屋の掃除のやり方とか決めては無かったので、今多数の部屋を使用されると後々俺が大変になる未来が見えるので、素直におっさんの提案を受け入れ、男衆4人でダブルの部屋を使ってもらう事にした。



「なら……ルイは俺と一緒でいいか?俺が自室として使ってる部屋で申し訳ないけど」



「え、う、ううん!大丈夫だから気にしないで!頑張るから!」



「……お、おう?そうか?………何を…?」




 部屋割りはあっさり決まったが、何故かルイが照れたような表情を浮かべていたが……お泊りは初めてで緊張しているとかだろうか?



 何はともあれ今日はもう外には出れないので、各々を部屋に案内した後に食事を取るべく俺は自分の部屋である【自室】へと向かうのだった。







――――――――――

――――――――

――――――











「………なぁ…別に一緒が駄目とか、節度を持てとか言う気はねぇけど……あれって…」



「…まず間違いなく、気が付いてないんじゃないか?ルイがだとは」



 コナーがアーデリア達を別の部屋に案内しに行くのを見送ったゲルト達男衆は、コナーとルイについて密談が行われていた。



「……村では碌に身体も洗えなかったんだろうし、あの髪じゃ勘違いしてもしょうがないだろ?服もスカートじゃなくてズボンだったしな」



「あぁ、なんなら俺達もあの子の付けてるを見て“あいつの娘だ”ってわかったくらいだしな。初対面じゃわからなくても仕方がないか」



 ルイが唯一父親から受け継いだペンダント。それはザラードクが妻から結婚祝いに贈られた大事な物で、酒などが入り、泥酔した時ですら肌身離さず持っていたペンダントなので冒険者仲間のゲルト達はとても見覚えがあった。



 どれだけ借金をしようと売りに出さなかったペンダント故に、印象にが強く残っていたのだ。



「ホント、そういう所がある癖にパーティーの金に手を出したのは納得いかんけどな…」



「まぁもう終わった話はいいさ、文句を言う相手もすでに居ないのだしな」



 死人に口なし、いくら文句を言っても相手に言い返す口が無ければただの悪口だ。死人を必要に辱める事も無いだろう。



「って、そんな事を話したいんじゃ無くてな?あいつら、大丈夫かって事だよ」



「大丈夫って……何がだリード?」



「そりゃ男と女が同じ部屋で寝て色々あるから大丈夫かって事だよ」



「「ブフッ!!」」



「うおぉ!?きったねぇな…つば飛ばすなよ!」



 リードの全く考慮していなかった発言に思わず吹き出してしまうゲルトとポート。



「…おいおい…コナー君はまだ15歳を過ぎている成人だからまだわかるが、ルイはまだ8か9の子供だぞ?そんな心配いらないだろう…」



「……リードの女好きを基準に喋るな…コナーはお前とは違う」



「いやいや、お前らもあのルイの反応見ただろ?子供とはいえあの子はもう立派な女だぜ?コナーを見る目もそうだが、さっきの一緒の部屋で良いかコナーが聞いた後のルイの発言……『頑張るから!』…どう聞いてもそうとしか思えないだろ?」



 リードの発言に、思わずゲルトとポートは口を閉ざし、『あれ?そう言われればそれっぽいな』と思考に変化が生じる。


 世間一般には未だ奴隷を人権の無い物として扱う人間は多く、ルイももしかすればエココ村で『奴隷は主人に逆らえない“物”だ』と教えられていたり、最悪、女性の奴隷が一番嫌う性奴r…ごほんッごほんッ…。




「……それは……ルイも一応はコナーの奴隷の身分になるからマッサージ?とかを頑張ろうとしたんじゃ?」



「……然り…やはりリードの考え過ぎだ。第一、数時間ではあるがコナーと過ごして人となりはある程度分かった。コナーはきちんと節度を持って動ける子だ。お前とは違うぞリード」



「ならいいんだけどよ?……って、さっきからポート俺に対して当たり強くね?別に女を見たらすぐ飛びつく下半身やろうじゃねぇけど俺!?」




 結論、もし万が一間違いが起きようとしても、コナーであれば節度を持った行動が出来、ルイの間違った知識を正してくれるだろうと判断し、ゲルト達は3人リードの女性関係の話しで盛り上がるのだった。



 ………ちなみに、御者のおっさんは料理と馬車を引く馬の様子を見る為別室に移動していたので、この会話は知らない。








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