第12話王都【ベルナート】へ~堕ちたヒトならざる者(名前負けだよ…)~







 町を散策し始めて大体2時間。



 この町特有の屋台やレストラン、それにブルスの街には無かった魔道具や魔石(魔石は魔物から取れ、魔道具はその魔石を使った便利グッズ)を取り扱う“魔法屋”と言う名のお店などもあって、年甲斐も無くはしゃいでしまった。



 ブルスの街ではいつも、大体が魚介系の食事ばかりだったから、山の幸である山菜やイノシシの肉のパナタ(ケバブみたいなの)はすごい新鮮でおいしかったし、魔法屋では衝撃を与えるとじわじわと熱が籠る【アチアチの石】とかいう見た目が赤い石の魔道具を見た時は『何に使うんだこれ?』と不思議に思ったりと有意義な観光が出来た。



 ちなみに、この町の冒険者ギルドも見ておこうかなと思って行っては見たのだが、やはり魔物の群れの件で忙しいのか慌ただしい雰囲気だったので入り口から覗くだけにしておいた。







「んー……やっぱり馬より安いは安いけど……中々いい値段するなぁ……



「当店は比較的お安いお値段で提供できる旅商人向けの小さい馬車をご用意出来ますが……やはり最低でも金貨5枚は必要ですよ」




 そして現在、町の観光をしていた俺とペペットは町で比較的安価で馬の引く馬車を作ってくれる工房を教えてもらい、将来俺が馬を貰った時に使う馬車を見繕いに来たのだが、これが結構高い。



 元々、馬を買おうと以前色々値段を調べる際に馬車の値段も調べていたのだが、馬の金貨100枚というバカ高い値段に目が行き、馬車の金貨数枚など安く感じていた。



「うぅ~ん……馬が手に入るって浮かれてたけど、他にも色々とお金が掛かる事はあるんだし、もっとしっかり考えておくべきだったな…」



 商人を始めるにあたり、必要になるのは馬や馬車以外にもまず、売る商品を買い付けて仕入れなければそもそも話にならない。



 

 仮にブルスの街で魚介類を安く仕入れる事が出来たとしても、【時間停止】の機能が無い俺のスキルだと腐らせるのがオチ。



 となれば必然的に仕入れる商品は腐りずらい保存食か工芸品などの加工品などに絞られる。



 だが、保存食などは塩辛い物が多くそれほど需要は少ないし、工芸品などは世間一般に裕福層が買う趣向品に分類される為……仕入れ値もかなり高い。



 という事はやはり、どうやっても最初の資金は必要になるのだ。



「………あれ…?俺って安全に旅は出来るけど、行商は心底向いていないのでは?」


 

 馬の購入問題が目を曇らせていた所為か、所詮【時間停止】の無い【アイテムボックス】は需要が無いという事実を突きつけられ、がっくりと肩を落とす俺。



「?コナー様は行商をなさるつもりなのですか?」



「え、いや…元々そのつもりでしたけど、ちょっと資金の無さと適正の無さに打ちひしがれていたというか…」



 俺の後ろで俺の独り言を聞いたであろうペペットが不思議そうな顔で訪ねて来たので、俺の【アイテムボックス】に【時間停止】などが付いていないので行商は難しいという話を説明する。



「なるほど……私はてっきり、コナー様は商品を運ぶのではなく、仕事をされるのかと思っておりました」



「人を運ぶ仕事?そんなのがあるんですか?」



「はい。王都では近くの街々を巡り、人を運ぶ辻馬車なる仕事がございますし、コナー様であれば今回の件の様にお貴族様を安全にお運びするという名目で商売も出来るかと思いますが」




 …なるほど…言われてみれば、確かに、俺のスキルの長所は“安全に旅が出来る”事と“揺れる馬車での移動をしなくていい”と言う、『人を運ぶのにうってつけ』の長所だ。



 商人=商品を売り買いするというイメージが先行しすぎてて、そんな自分の長所を見落としてしまっていた。



「たしかに、人を運ぶ仕事は俺にピッタリかもしれないです……けど、それでもやっぱり移動には馬車が必要ですし、俺に貴族相手のマナーは……」



 自分のスキルの長所は『人を運ぶのに適している』と言っても結局、人を運ぶ際に移動は必須な訳で、馬車の購入は必要だし、メルメスの様な小さい子供で接しやすい貴族でもない限り、俺にお偉いさんの相手はかなり厳しい。



 ……いや、多分メルメスに対して『近所の小さい女の子』みたいに接している今ですら多分アウトなのだとは思うが、これはもうなんか……最初の出会いやら行動やらでそう接するのが正解の気がしているので変えれる気はないけど。




「貴族へのマナーでしたら僭越ながら私や他の使用人達がお教え出来ますし、メルメス様もご指導してくださるとおっしゃっています」



「え?ほんとですか?……ん?メルメスも“おっしゃっています”?」



 思わぬ提案に喜びの感情が表に出そうになるが、ふと後半のセリフがまるで『すでにメルメスが承諾している』ように言っているような違和感を覚えつい聞き返してしまう。


 ペペットは今までずっと俺について観光の案内をしてくれていたし、たった今俺が人を運ぶ仕事が出来るんじゃないかと今さっき話題が出たのに、事前にメルメスが『手伝いますわよ』と言えるはずが無い……言い間違いか?



「ごほん……それに馬車の件ですが、そちらも特に考えなくてよろしいのではないのでしょうか?」



「え…?」




「馬車などに乗らずとも、馬に直接御乗りすればいいだけでは無いのですか?」

















「あぁ!?本当だッ!!」




 ペペットの発言に思わず思考が追い付かず、数秒の沈黙が訪れていたが、理解が及べば至極全うな指摘に驚愕の表情を浮かべる。



 商人は荷物を運ぶ為に積載量のある馬車を用意する。または【アイテムボックス】持ちの人を雇い、護衛とそのスキル持ちが乗れるだけの小さい馬車で旅に出るのがごく自然な商人のやり方。



 だが、俺の場合は積載量は【アイテムボックス】で賄えるし、人を運ぶ仕事をするのであれば、それこそ『人を運ぶのに適した』【アイテムボックス】が大活躍。



 つまり、俺の【アイテムボックス】の場合、馬車など無くても問題は全くないし、寧ろ馬車での移動より馬に跨り一騎駆で移動する方が何倍も早いので、むしろ馬車は足枷と言えるかもしれない。




「え、え…えぇぇ………なんか目から鱗を通り過ぎてなんでこんな簡単な事を思い付けなかったのかって自分のアホさ加減に落胆します……」



「基本的に商人は馬車のイメージが普通ですし、すぐに思いつかないのは当たり前です。今は思いついた事を出来るかの確認とそれを成す為の準備が必要なのではないですか?」




「……はい、そうですね!ありがとうございますペペットさん!なんか色々と自分のやりたい事がはっきりしてきた気がします!!」



 ただ漠然と【アイテムボックス】を使って商人になり、安全に商売で生計を立てるという夢が、どんどん具体性が出て来て、俺の出来る事、俺にしか出来ない事への熱情が胸に湧いてきて、つい大声を出してしまう。



「ふふ……いえ、コナー様のお役に立てて良かったです(……これで来年からもメルメス様が王都遠征に向かわれる際は依頼をしやすくなりますね……)」




 ――この時の俺は知る由も無かったが、元々ペペットには俺に『来年からも私の依頼を受けてくださるように運送業の様な物へ興味を持ってもらうように話をしてください』と密命を受けていたらしく、俺はまんまとメルメス様の掌の上だったらしいが、この時の俺はこの選択が間違いだとは思えなかったし、いずれは同じ答えに行き着いていた可能性を考えれば時間の問題だったのだろうとは思う。






「……あの、馬車はお買い求めに……」




 馬車の購入をしない方向で話を進める2人に『買わないならさっさと帰れよ…』と心の中で愚痴を漏らす店員なのだった。











◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 夜、すでにミント達ホワイトタイガーが魔物討伐に出発したという知らせを受けた俺は、最初に案内された宿屋に戻り、夕食をメルメスと一緒に取るべく近くのレストラン(町一番の高級店)に来ていた。




「――では、依頼を終えた後も運送業を継続しますのね!それは良いお考えですわ!」



「アハハ……元々ペペットさんの考えだし、まだ何をすればいいかもわかってないけど、ひとまず何が必要なのかを調べて、王都で準備を始めるつもりです」



 高級店らしく、ナイフとフォークがきれいに揃えられたテーブルに場違い感を感じつつ、何とかメイド(ペペットとは別の人)にテーブルマナーを聞きながら食事を済ませると、恐らく今日の事をペペットから話を聞いたようで、俺の運送業(仮)の事が話題に上がる。



「王都では半月ほど滞在する予定になっておりますし、コナー様の開業準備には打ってつけですわね。私にもお手伝い出来る事などがあれば何でもおっしゃってくださいませ」



「ありがとうございます。でも流石に甘えすぎも良くないんで、しばらくは自分の力で考えてみます」



「そうですか?」



 今でさえ馬と言う多額の報酬を貰う約束をし、御者の技術まで教えてもらっているというのにこれ以上8歳児の女の子に頼るのも罪悪感が湧いてくるというもの。



 …まぁ金貨100枚は下らない馬を報酬で貰っている時点で罪悪感も何もないかもしれないけど…。




「……それより、メルメスは用事を終わらせたんですか?確かこの町の町長に用事があったとかって聞きましたけど」



「あぁ、その件はもう大丈夫です。今年の“フォールエント祭”について聞き込みをしただけですので」



「フォールエント祭?何かのお祭りか何かですか?」



 ブルスの街では聞いた事のない祭りの名前だし、この町特有の祭りかな?とメルメスに質問すれば、予想とは全く違う答えが返ってきた。



フォール堕ちたエントヒトならざる者祭……1年に1度王都にて開催される奴隷市場の事ですわ」



「奴隷!?」



 なんと、この世界には奴隷制度が普通に存在するらしく、メルメスはあっけらかんとした表情で話す。



 メルメス曰く、この国の奴隷制度は数百年前の建国当初から存在していて、ほんの50年くらい前までは近隣諸国とよく戦争を仕掛けては敗戦国の人間を奴隷として扱ってきた元奴隷国家だったのだという。



 …まさかの奴隷国家が母国とは…流石に前世では平和主義の日本で生きてきた記憶がある者として嫌悪とまではいかないが、少しだけこの国に対して悪い印象を抱いてしまう。



「……コナー様は勘違いをしているかもしれませんが、先程も言ったように“元”奴隷国家なのです。今は国王も代替わりし、人権を無視した無理矢理奴隷を働かせるといった行為は罰せられる法律も出来ましたから」



「???でも先程、フォールエント祭は奴隷市場だとおっしゃったような…?」




 奴隷制度も残っているのに、どういう事だと首を傾げればメルメスは特に嫌な顔をせずに説明をしてくれた。



「無理矢理人を攫って奴隷に堕とすのは犯罪…ですが、この国には未だ貧困に喘ぐ村々もありますし、魔物被害で両親を失い、路頭に迷う子供も数多く存在しますので、奴隷制度自体を無くしてしまえば、余計に多くの人が死んでしまう事態になってしまうのです」



「…貧困でお金が無い村は人を奴隷として売って資金を作って、親を亡くした孤児たちは食い扶持を作る為に奴隷になる…って事ですか?」



「はい、奴隷になったからと言って人権を無視した労働などは禁止されていますし、最近は奴隷達の働き方を見直す法案も数多く生み出され、借金の形に数か月だけ奴隷をやる方も結構いらっしゃいますよ」



 数か月だけ奴隷をやる方とは…??



 え、そんなアグレッシブに奴隷になる人もいるの?もはや『お金ねぇ…よっし奴隷やるか』と働き口の一つとして数えられるような物なの?



「な、なんか……すごい奴隷っぽくない奴隷制度ですね?」



「ふふふ……ですが、法律はあってもそれでも犯罪を犯す者はいますので、“奴隷は良くない物”と認識する方も多いので、王都から離れた地方の方々はあまりいい印象を持っていない方が多いですわね」



「なるほど……ってメルメスは?町長に聞き込みに行ったって事は興味があったりするんですか?」



 メルメスの話を聞いて、奴隷へのイメージはある程度払拭されては来たけど、それでも拭いきれない印象と言うのはある物で、ついメルメスも奴隷に興味があるのかと質問をしてしまう。



「そうですわね。興味と言うよりスカウトに近いかしら?……コナー様の身近な者で言えば、案内に付けたペペット、あの子も私がメイドとして買い上げた元奴隷なのですわよ?」



「ペペットさんが!?」



 まさかの先程まで一緒にこの町を散策していたペペットが元奴隷と言う新事実。



 メルメス曰く、つい3年前程に前領主である父親と一緒の見に行った奴隷商にてペペットと出会い、奴隷として購入し、数か月の試用期間を経て正式に奴隷の地位を剝奪し、メイドとして再雇用したのだという。



「奴隷は人材派遣の一端を兼ねていますので、貴族の使用人になりたい平民の方もよく奴隷になったりしていますので、そういう方をスカウトするのは良く聞く話ですのよ」



「もう奴隷じゃなくて“派遣社員”で良くないです?」



 ……絶対、奴隷って名前だけで損している部分がある気がする…。









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