第8話王都【ベルナート】へ~順調な旅路~
「いい加減貴様はシャキッとせんか。いつまでもウジウジとされれば私としても少しうっとうしいぞ?」
「…はい……すみません」
人が乗る程度の小さい1頭引きの馬車に揺られながら【ブルス】の街を出発した俺。
出発前に明かされた衝撃の事実に半分程意識を失っていた俺は、御者をしているバルトファルトの苦言によろよろとぐったりしていた身体をおこす。
……あまりの衝撃に、生まれて初めてブルスの街の外に出たというのに、期待や感動と言った感情が浮かんでこず『あぁ…あの山、街からも見えたなぁ…』と乾いた感想しか浮かんでこない。
「この先長いんだ、貴様も馬車の旅が初めてならば最初位は景色などを見て楽しんでおけ」
「……ありがとうございます」
―――さて、確かにいつまでもウジウジしていてもしょうがないし、今回の旅に関しての詳細や決まり事についてを復習しておこう。
まず、移動に関しては精々4人くらいが乗れる小さい馬車での移動。御者はバルトファルトがこの旅の間の殆どを受け持ってくれるとの事。
“殆ど”というのは、実はこの旅の間に俺が馬車の乗り方をバルトファルトからご教授してもらう予定なので、旅の後半には俺も時々御者をやらせてもらう事になっている。(馬を貰ったら自分で行商に出るのだし、御者としての技能は商人として必須技能だろう)
バルトファルトは一応メルメスの騎士という立場のはずなので御者をするのは色々と違う気もするが、バルトファルト曰く『騎士たる者、お仕えする主の為に出来る事は全てやるべきだろう』と言って、ご満悦のオーラを出していたので問題は無さそうだった。
次に休憩に関してだが、これは単純に俺か、バルトファルトが疲れたら休憩を取るという方針になっている。
これの理由は単純で、俺とバルトファルト以外疲れる可能性が皆無な為である。
メルメス他使用人達やホワイトタイガーの面々もすでにアイテムボックスの中で思い思いの時間を過ごしているし、眠くなったら揺れも音もしない【アイテムボックス】の中の自分のベットで眠ればいいだけなのだし、そもそも現在進行形で休憩中と言っても過言ではない。
ただまぁ食事の時間には一旦馬車を止め、みんなで食事休憩を取るので、俺もバルトファルトもそれ以外の休憩は取らなくても大丈夫そうなのであまり意味の無い話かもしれないが…。
そして、肝心の【アイテムボックス】内に関して。これは色々と決まり事?と言うか問題点が存在する。
実は俺の【アイテムボックス】だが……中に入っている物の状態が
これは例えだが、仮に俺の【アイテムボックス】内でメルメスが『本の紙で指を切って血が出てしまった』となった時、俺は『ん?今メルメスが出血した?』と大まかな状況の変化を感じ取る事が出来る。
”何で”出血をしたのかはわからないので、最悪メルメスのお世話をしているメイドに腹を刺された場合であっても『ん?今メルメスが出血した?』と同じような反応になってしまうので、肝心な所を把握出来ないのは欠点なのかもしれない。
これは小さい頃から兄達とのいくつかの実験で分かっている事なので、すでに何となくしか把握出来ないという部分はメルメス他、全員に通達済みだ。(ちなみにステータス上は【メルメス♀:出血】と名前に追加で状態が記されるのも確認済み)
ではコレの何が問題なのか?と言われれば、答えは一つ……トイレだ。
『トイレ』…それは人にとって必要な物であり、長旅などではどう処理するかが重要になる生理現象の一つ。
男であればトイレ用の壺でも置いておき、休憩の時間などで自分で捨てればいいだけだが、“男の俺が”作り出した【アイテムボックス】の中で、そう安々と女性がトイレなど出来るものだろうか?
仮に出来たとしても、休憩の際に俺に≪ゲート≫を開けてもらって、その目の前で己の糞尿が入れられた壺を持って茂みに捨てに行く?前世の日本女性の殆どは許容など出来ない程の恥ずかしめだろう。
だからと言って、外でトイレを済ませようとした所で、結局は≪ゲート≫を開く俺へ『トイレに行くので外に行かせてください』と言っているような物。
つまり、今回の旅でトイレ問題は女性陣にとってかなりの難題がある…はず…なのだが。
『いいのではないでしょうか?何となくと言っても致している所を直接見られる訳ではないのでしょう?確かに自分の排泄物を捨てに行くのを見られるのは恥ずかしいですけれど…そこはアイテムボックス内で共有のトイレを作れたりしないのかしら?そこに一旦放置しておき、後程うちの使用人1人に片付けさせれば特に問題はないのではないかしら』
と、メルメスの鶴の一声で、最大の問題であるトイレ事情は片付けられた。
いや、それでいいの?メルメスだけが良くても他の人は嫌なんじゃ?とあえて失礼になるかもと思ったが、メルメスの他に別の女性陣としてメイド達にも同じ質問を投げかければメルメスと同様『問題ない』との回答や、もしくは覗き込まれたりしないなら自分の糞尿くらい自分で捨てに行くと答えた強メンタルのメイドも結構いた。
故に、俺は大丈夫なのかなぁ?と不安に思いつつ、結局トイレはメルメスの案で『アイテムボックス内に共有のトイレを用意し、片付けは使用人に任せる』という事になった。
共有のトイレに関しては、全部屋から≪ゲート≫をトイレ用にさらに増やした≪シングル≫の部屋(5×5のシングル部屋を増設)に繋げ、
…と、この旅での決まり事や注意事項はこんな所か?後は旅の最中にでも問題が発生しなければ、順調に王都に着けるだろう。
―――ヒヒーン!
「わッと……え、バルトファルトさん?」
「…ふむ、どうやら魔物が来たな…コナー殿は念の為ホワイトタイガーの方々に声掛けだけして、自分の【アイテムボックス】の中に隠れておいてくれ」
「ま、魔物……は、はい!≪ゲート≫ッ!」
パカラ、パカラと馬車を走らせていたバルトファルトが馬の手綱を引いて馬車を止めると、どうやら人の気配を察知して近付いてきていた魔物(木の魔物?)がこちらを襲撃しようと茂みの奥から出て来たらしい。
俺はすぐにバルトファルトの指示通りホワイトタイガーの人達が過ごしている異空間に≪ゲート≫を繋ぎ、急ぎ異空間内に声を掛ける。
「ホワイトタイガーの皆さん!魔物が出ました!数は…6体で木の姿をした魔物です!」
『おぉ!今行く!』
ミントの返事を聞いた俺は、すぐさま避難すべく自分の真横の空間に≪自室≫へ通じる≪ゲート≫を開き、さっと身を隠す。
「えと…魔物は…………え!?」
≪自室≫に入り込んだ俺は、魔物の侵入を拒否しながら自分の開いた≪ゲート≫の向こう側を覗き込めば、バルトファルトが次々と魔物を剣でバラバラに切り裂いていくのが目に映り、あっという間に魔物達は壊滅状態になっていた。
『おぉ…こりゃオレ達の出番は無さそうだな』
『下手な冒険者よりも動けてますし、本当に私達はおまけの護衛って感じね』
『……ん、辺りに他の魔物の気配もないし、あの騎士さんの前の1匹で最後……ってもう終わったからもういないね』
俺の呼びかけで武器を手に持ったホワイトタイガー達が【アイテムボックス】の外へと出て来たが、バルトファルトの活躍を見て、やる事がないなと静観の構え。
『……ふぅ…特に問題はないな……コナー殿、もう戻って来て構わんぞ』
「あ、はい!」
戦闘がささっと終わり、息を整えたバルトファルトに名前を呼ばれて正気に戻った俺は、すぐさまさっきくぐったばかりの≪ゲート≫を通って馬車の上に出る。
「
「お、賛成だ。楽とは言え仕事中にベットの上でゴロゴロしているだけの時間は飽きるからな、何か別の事がしたい」
「ミントってばもう飽き性?私はこんな生活が後2か月…帰りの分も合わせて4か月も出来るって考えただけで大興奮なんだけど」
「メメもぐーたらしてお金貰えるのは大歓迎」
確かに言われてみれば、ブルスの街を出てすでに5時間程か?初めての街の外という事で案外楽しんでいたらしく、時間の経過がめちゃくちゃ早く感じる。
ホワイトタイガーの人達はリーダーのミント以外は楽な仕事に万々歳の様子だが、ミント本人は暇すぎて少し辛いらしく、少しでも暇を潰せる昼食は嬉しいらしい。
そんな訳で俺はバルトファルトの言う通り、昼食の食事休憩を取るべく使用人達とメルメスの部屋に≪ゲート≫を開き、昼食を取る旨を伝えるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
食事は基本的に持ち込んだ食材をメルメスの使用人達が調理し、全員同じ食事を取る。
調理に使う食材は出来るだけ日持ちのしない物から消費していき、干し肉や根菜類などの長期保存のきく物は旅の後半で消費する予定だ。
本当であれば俺以外の【時間停止】機能付きの【アイテムボックス】持ちを雇うなりして旅に同行してもらえば、毎日新鮮なお肉や魚介を味わえたのだが、元々数が少ない【アイテムボックス】持ちがいきなり捕まる訳も無く、今回は無しと言う事になった。
とはいえ、商売で食材を街に行商に行く商人でもなければ、基本的に長期の旅での食事はこんなものらしいし、最悪野生の生き物を狩るか、食べる事の出来る魔物を狩って調理するという行為をメルメス達一行は前年度まで行っていたらしい。(【アイテムボックス】持ちが捕まらなかった時は、だが)
「……それにしても、やはり揺れも騒音も無い旅と言うのは良いものですわね……私、つい興が乗ってしまって持参した本を3冊も読破してしまいましたわ」
「……速読スキルでも持ってます…?」
昼食を食べ終わったメルメスの手にはまるで辞書くらいはありそうな分厚い本が握られており、それと同様なのをたったの5時間で3冊も読んだのか?と驚愕の目を向けてしまう。
一応俺もちょくちょく【アイテムボックス】内は大丈夫かなと気にかけてはいたけど、メルメスの元気な様子から特に問題はなかったようだし、他の人達も疲れた様子もなく普通に食事をとっていたので、真っ白い部屋にずっと入れられて、精神を病んでしまった…みたいな人は居ないようだ。
「この様子なら王都までの旅路も問題なく過ごせそうですね」
「そうね、それに、外で馬車を動かしているのがバルトファルトとコナー様の2人だけですから、進みも順調のようですし、これなら予定の2か月程で王都に到着出来そうですわね」
元々、万が一を想定して、普通は2か月掛かる道程を、余裕をもって王都のパーティーが開催される3か月前に出発したが、このまま行ければ問題なく2か月……あるいはそれよりも少し早く王都に到着出来るかもしれない。
早く着ければ良いという訳でもないが、遅いよりは俄然良いし、何より俺は早く他の街を見てみたいので王都に早く着けそうなのは大歓迎だ。
「……さて、他の者達は食事をとり終わったかしら?なら早速出発いたしましょうか」
「かしこまりましたメルメス様……貴様らッ!休憩は終わりだ!さっさと部屋に戻れぃ!」
メルメスの言葉を聞いたバルトファルトは、周りの人達に聞こえる様に大声で指示を出し、その声量に思わずビクッとしてしまうが、こっそりと『馬鹿騎士、うるさい』とメルメスに怒られるのを見て、何とも不憫な人だろうと思ってしまった。
◆◇◆◇◆◇◆
昼食休憩を取り終わった我ら一行は、再びバルトファルトと俺以外を【アイテムボックス】に収納して、王都へ出発した。
……のだが、少しだけ状況が変わった部分がある。
「ふぅぅ……やはり何もしないより、こうやって外にいる方が私は楽だな」
「ミントさん、さっきも“退屈だ”って言ってましたもんね」
「貴様も御者の経験があったとはな。私一人でも問題はないが、暇だというのなら時々ぐらい御者を変わってもらいたいが」
昼食休憩の後、どうも【アイテムボックス】の中が暇でしょうがなかった様子のミントが『すまない、良かったら外に暫く出ててもいいか?何なら御者を変わるが』と出発のタイミングで申し出て来たのだ。
元々、移動用の馬車は4人乗りとまだスペースは残っていたので問題は無く、バルトファルトも許可を出し、今はバルトファルト、俺、ミントの三人で喋りながら馬車を走らせていた。
「そういえば、コナー殿はブルスの街を出るのは初めてなんだよね?」
「はい、生まれてからはずっとブルスの街から出てないですね。……えっと、俺の事はコナーって呼び捨てにしてもらって構いませんよ?俺はまだ15歳になったばかりの年下ですし、呼び捨てにしてもらった方が気も楽です」
「そうか?ならコナーと呼ばせてもらうよ。オレもミントで構わない」
人が増えれば話す話題も増え、午前中のバルトファルトと2人きりだった時よりも馬車の上は賑やかで、午前中よりも時間が早く過ぎていく感覚がするほどだ。
ミントとの会話で話された内容は主に、冒険者業に関しての話が多く、普段街から出ない俺からすれば色んな街や国、それに
まぁダンジョンとやらに入るには冒険者ギルドに加入し、ある程度ランクとやらを上げなければ入れないらしいので、即時諦めたが…。
まぁともかくそんな会話を長々としていたのだが、実はその他にも時間の経過が早く感じる要因があって、意外な事に大体1時間に一回ぐらいのペースで魔物達の襲撃が起きるのだ。
木の魔物『ウッドマン』や狼の魔物の『マッドウルフ』、他にも小汚いおっさんとも称される最弱魔物の代表の『ゴブリン』。
ミントもいるし、基本的にバルトファルトが全部片づけてくれるので、途中からはホワイトタイガーの人達を呼ぶ事無く対処をしていたので、魔物の襲撃イベントもただの作業と化していたが、俺にとってはゲームのバトルを見ているようで楽しかったし、バルトファルトの剣技も圧巻で、只々『すごぉ』と観客をしていた。
個人的に、あんなふうに魔物を一掃出来る力があれば爽快感もあってカッコいいと思うので憧れる。
……いやまぁ戦闘能力皆無の俺は毎度の如く、≪ゲート≫を開いてそそくさと隠れているけどねッ!
昼食休憩が終わって、移動を再開し始めて大体6時間。すでに辺りは薄暗くなり始め、そろそろ野営の準備でもするかと3人で話し、馬車を停められそうで、魔物の襲撃にもすぐに対処が出来そうな開けた空き地を探す事にした俺達。
「森は魔物もかなり生息しているから出来れば森を抜けてからの野営にしたかったが、流石にここまで暗くなったらそうも言ってられんな。まぁ今回はコナー殿の【アイテムボックス】があるからそれほど心配はしていないが」
「ホント、コナーの【アイテムボックス】って冒険者や旅商人にとってズルいスキルだよね……」
「あはは、安全性はあっても【時間停止】は無いんで行商なんかには使えませんけどね。あ!あそこの小川の近くとかよくありません?」
人を運ぶのには適した力かもしれないが、生もの系の食料は運べない時点で商人としては痛手。最悪、【時間停止】付きの【アイテムボックス】持ちと契約して行商に連れて行くという方法も……いや、それなら他の商会に所属して馬車で移動するのと何ら変わらないし、寧ろ俺と組むメリットがそんなにない。
まぁ難しい事は後々解決していけばいいかと、やっと見つけた野営地に降り立ち、昼食時と同じく全部屋に俺の声が聞こえる様に≪ゲート≫を開き、アナウンスの様に今夜の野営地に着いた事を伝え、全員が出てくるのを待つ。
「――んぅー……もう夜なのね…気持ち的にはまだお昼が終わってすぐぐらいの感覚でしたけれど」
「メルメスは本を読み過ぎて時間の経過があやふやになってるんじゃないですか?また3冊くらい読んだりしたんじゃ?」
「4冊読んだわね」
予想のさらに上ッ!!
「……そうですか…」
メルメスの速読力は何かスキルに関係する物だろう……とそれ以上考える事をやめた俺は「本…沢山持ってきてよかったですね」と力なく返すのだった。
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