第5話足りぬ物、そして出会い








「――おぉい!こっちの5番と6番の箱も運んでもらっていいかー?」


「はーい!こっちの箱を“収納”したら行きますんで、置いておいてください!」



 ―――この世界に転生をしてから15年。


 この世界で成人とされる15歳になった俺は今、知り合いの商人が経営している店の手伝いで、商会が管理している大型倉庫で荷物を運ぶ仕事をしていた。



 …と言っても、俺はこの商会に正式に雇われている訳では無く、あくまでお手伝い兼、商人見習いとして勉強をさせてもらっている身分なのだ。



 何故、商人見習いをしているかと言えば、俺のスキルである【アイテムボックス】を有効活用する為…という理由が主である。


 細かい理由はその内話すが、俺の【アイテムボックス】はハッキリ言って、家業の漁師よりも商人になって、他の街に行商に行く方が合っている。


 なので、将来他の街に出かけた時に商人としての身分があれば何かと役に立つだろうと、父親のフィンの知り合いの商人にお願いして、見習い商人をさせてもらっているという訳だ。


 商人は成功すれば、実入りは良いし、基本的街の外に出るのは冒険者や商人だけなので、この世界を見て回りたいという好奇心を少しでも持つ人間ならば、商人をやって損はない。


 何を隠そう、俺もそんな好奇心を持った青春真っただ中な15歳の少年だ。行けるのなら他の街などに行って色々と旅行をしてみたい。(まぁ前世の記憶を含めたらいい歳したおっさんとも言える精神年齢だけども)



 商人には大当たりの【アイテムボックス】も持っているのだし、俺が商人を目指すのはある意味必然だったのかもしれない。



 ……だが、一つだけ無視できない問題があった。




「5番と6番持ってきましたー!どの“馬車”に積み込めばいいですか?」


「おぉコナーの坊主、相変わらず仕事が早えぇな!5番と6番だな?それならあの馬4頭引きのでっかい馬車だ。見てわかる通り馬を4頭馬車引きに使ってる大富豪なお客だから失礼のないようにな。ありゃ多分王都の貴族御用達の商会だろうからな」


「ですね……商会1つに馬1頭いればいい方なのに、4頭引きの馬車なんて……うらやましい限りですよ」



 街と街を行き来するのに必要な移動手段、馬。


 前世では競馬や乗馬クラブなどでも見かけ、品種などにこだわらず、馬小屋や馬の飼育に必要な施設などの施工費を抜けば、最低でも2、30万(高ければ数千万まで)ほどで買う事の出来た生き物なのだが、この世界の馬は、で数千万の買い物なのだ。



 実際にはこの世界の通貨は¥(円)でも$(ドル)でもなく、金貨や銀貨がお金として流通しているので、リアル数千万円という訳じゃないが、今までの生活の中で見知った価値観を総合すれば、それくらいの金額で間違いはないはずだ。



 …ちなみに、この世界の通貨は前世と同じく10進法ごとに1円=鉄貨、10円=銅貨、100円=大銅貨と繰り上がっていき、銀貨、大銀貨、金貨と種類があるので、前世でいう数千万円……ズバリ金貨100枚が馬を購入する最低条件という訳だ。(噂では金貨よりも上の貨幣があるらしいが、貴族や王族しか使わないので無視)



「……そういや、コナーの坊主は“馬”が用意出来ねぇってんで商人を諦めたんだったよな。まぁ馬なんて普通は各商会同士で馬を繁殖させて、子々孫々に受け継がせていくもんだからな…伝手も無くいきなり馬を買おうなんてしても金貨100枚は飛ぶだろうからな」



 そう、そしてこれが俺が商人として行商を諦めた最大の理由。



 ブルスの街と一番近い街までの距離が馬車でも1か月は掛かる道程故に、徒歩で向かえば半年以上も時間が掛かる。


 であるならば、街を出て行商に出るのなら馬の存在は必須。どうしても自分で用意出来ない場合は馬車持ちの商人に【アイテムボックス】持ちとして雇われる方法もあるにはあるのだが、そこで需要が高くなるのは食料を運ぶのに適している【時間停止】機能の付いた【アイテムボックス】持ちなので、どうしても俺が雇われる可能性は低くなる。


 現に今、お世話になっているこの商会もすでに【時間停止】付きの【アイテムボックス】持ちが雇われていて、『そっちは間に合ってるから』とすでに不採用の通達が成された後だったりする。



「あはは……色々考えて馬を用意するのは諦めましたけど、いつか王都へ買い付けに行く時は同行させてもらう約束はしてもらったんで、俺としては旅が出来るんでいいんですけどね」



 俺の事を目にかけてくれている現場指揮のおやっさんにあまり心配させるのも悪いので、『自分は旅が出来るだけでも嬉しいんで』と落ち込んでないとアピールすれば、おやっさんも『そうかい』と暖かな目で微笑んでくれた。












 商会での仕事もといお手伝い兼、商人としてのお勉強が終わった俺は、いつも通り街の様子を散策しながら晩飯に足りない食材の買い物へ出向く。



「おばちゃん、ネール(長ネギっぽいの)3本とニクメル(ピーマンぽいの)を6個お願い」



「あらコナーちゃん、いつも毎度ありがとね?お母さんは元気?」



「父さんがベタベタしてるせいで苦労してるみたいでしたけど、元気ですよ。今日だって商会帰りに寄るから買い物は俺に任せてって言っても、『たまには私が行こうかしら?コナーも荷物が多いと大変かもだし』って生まれたばかりの“孫”を抱えながら話してましたよ。俺は【アイテムボックス】持ちだから任せてって言ってるのに…」




 俺の言葉に「あらあら、アリアさんの天然な所は相変わらずね」と微笑みながら頼んだ野菜を持ってきてくれる。



「今度、お孫さんの顔を見に、ママ友達を集めて遊びに行くわねって伝えておいてちょうだい?ベルフ君にも挨拶したいからね」



「あはは、わかりました。帰ったら伝えておきます。…はいこれ、代金の大銅貨3枚です」



 野菜を受け取り、八百屋のおばさんの「まいどありー」という声を背に受けながら、また歩き出す。





(帰ったらベルフ兄さんに教えなきゃね)



 実は、この10年で俺が働き始めた事以外で、変わった事が2つ程ある。


 まず一つ目は先程からちらちらと話題に出ていた“孫”。話の内容で分かるように、一番上の兄であるベルフに実の子供が生まれた件。


 ……そう、長男のベルフは2年前にめでたく結婚をしている。


 兄弟の中では一番恋愛ごとに興味が無さそうだと思っていたベルフが彼女を連れて来た時は家族みんなが呆気にとられたものだが、ベルフ曰く『彼女は僕と結婚しても兄弟との時間を大事にしてほしいって言ってくれたからこの人と結婚したい』と兄弟思いのベルフらしい結婚理由に思わず苦笑いを浮かべてしまった。


 そんなわけでベルフは結婚、去年には子宝にも恵まれ、現在我が家ではベルフの娘…“リリン”とベルフの奥さんである“マーシャ”が同棲している。



(リリンちゃん…ベルフ兄さんに似て顔立ちが整ってるからめっちゃかわいいんだよなぁ…ママ友会なるご近所さん達の会合は最近ずっとウチで行われてるのもリリンちゃんの可愛さ故だろうね)




 そして、変わった事2つ目は俺も関係があるのだが……兄弟全員が自立した事である。


 自立と言っても、一人暮らしを始めたとかでは無く、みんな別々の仕事を持ち始めたという意味だ。



 ベルフは父フィンの漁師の仕事を継ぐべく漁師になり。


 モルトは自身のスキル【ポーショナー】を生かし、毒物の知識を高める為に冒険者ギルドの職員(研究員)へ就職。


 そして俺は先程も言ったように商人見習いをしつつ、家業の漁師の手伝いだ。



(いや、俺はまだ自立はしてないかもしれないし、完全に自立したのってモルト兄さんだけの様にも見えるけどね…)



 家族全員が漁師になるのも有りなのかもしれないが、父さんの『みんな無理してやるより、やりたい事をしろ』という家族方針があって、ならやりたい仕事をするかと話になり、兄弟全員が別々の仕事に就くことになったのだ。



「まぁ、家に帰れば兄さん達に会えるし、問題はないんだけど……っと?」



 独り言を口ずさみながら家へ帰ろうと足を進めていくと、何やら人だかりが出来ており、何事か?と足を止める。



『…ッ!………だッ!』


『………!…………』



「…なんだ?喧嘩か?」



 人だかりの中央らへんに、何やら大声を上げる2人組がちらりと見え、遠目から見て、怒気に染まった顔の男とフルフェイスの冒険者?らしき男が言い争いをしているように見え、喧嘩か?と足を止める。



「すいません、何があったんですか?」



「ん?あぁ、俺も良くは知らんが、あそこのフルフェイスの兄ちゃんがなんでも『揺れず、静かで、広い馬車を作ってくれ』って注文を馬車工房にしに来たらしいんだが、それを聞いた工房の親方が『そんなもん出来るなら俺が見てみてぇわ!』って怒鳴り返したのが始まりらしくてな?そっから『なら揺れない広い馬車でいい』とか『それくらいの注文も通らんのか?』とか色々と文句を言って、お互いヒートアップしてるって感じだな」


 なんだそれ?馬車の注文内容は大分無茶ぶりで、素人でも無理な物は無理だとすぐに理解出来そうな物なんだけど。



「世間知らずって感じ?それにあのフルフェイス……この街じゃ見かけた事ないね。他所の街から来た人かな?」



「―――えぇ、その通りですわ」



 注目の的であるフルフェイス男と馬車工房の親方について野次馬の男性と話していたら、すぐ後ろから場違いな程幼く、幼い割にしっかりと自分の意思が感じ取れる強い声に振り返ると、声の主らしきこの街ではまず見る事のないドレスに身を包んだ金髪ロングの美幼女がそこに立っていた。



「……えっと…君は?」



「あら、失礼いたしましたわ……私はこのブルスの街の領主であるフィッシュナート子爵家“メルメス・ア・フィッシュナート”と申します」





 …………………………。




「…当主?君が?」



「御年8歳になったばかりですわ」



 いやいや、8歳って……若過ぎだし、ドレスや喋り方だけ見れば本当にも聞こえるが、見た目的にはどう見ても嘘くさい。



「私、あそこの鹿騎士を追ってここまで来たましたの。ですが、私のか弱い体ではこの我が領民達の壁を抜ける事が出来そうにありません……なので、よろしければ私をあの鹿騎士の所まで連れてってくれませんでしょうか?」



「領民の壁……」



 確かに、目の前には野次馬らしき人だかりが壁を作り、8歳のいかにもか弱そうな幼女が突破するには些か厳しそうに見える。



 ……っていうか、自分でか弱いって言う女の子って本当に要るんだ…余計にうさん臭さが増したような気が…。



「えっと、ひとまずわかったけど……俺も流石に君を連れながらあの人だかりを抜けるのは至難かなぁ…」


「最悪、私を抱き上げる事も許してあげますわよ?本来なら将来の旦那様にしか許されない事ですが、中々のイケメンなので特別に許します」


「……遠慮しておきます…」



 「あら残念」と本当に残念そうに頬に手を当てる動作に、妙な色気があり、本当にこの女の子は8歳の子供か?とドン引きした表情で見つめる。



「えっと、抱き上げはしないですが、君を運ぶという意味で俺の【アイテムボックス】に入ってもらってもいいですか?」



「……求婚かしら?」



「違いますがッ!?」



 この女の子を放って置くのも忍びないし、あそこで喧嘩をしているフルフェイスの男の知り合いというなら喧嘩の仲裁くらいは出来るかもと、自分の【アイテムボックス】へ入るように伝えれば、頬を染めながら恥ずかしそうに身をくねらせるので、ついツッコミを入れてしまう。


 妙にペースをズラされる状況に、少しばかり疲れながら、メルメスと名乗る領主(仮)の目の前に≪ゲート≫を開く。



「熱烈ですわね」


「兄ちゃんも罪な男だねぇ」



「何が!?というか、俺にはこの方法でしか君を送り届けれないんですって……というかあんたも話聞いてたなら代わりにやればいいでしょ!?」



 てっきり、メルメスの登場にフェードアウトしていったと思った野次馬男だったが、どうやら少し離れた位置で聞き耳を立てていたらしく、意味も分からずはやし立ててくる。



「まぁひとまず、折角の【アイテムボックス】入りの申し込みですから、入らせてもらおうかしら……ちょっと楽しみですわね」



「目的の趣旨が変わってない…?」



 俺は少し疲れながらも、やっとアイテムボックスの中に入ったメルメスを確認した後、すぐさま野次馬の人だかりを越えて、騒ぎの渦中である騎士?の元へ行くべく走り出す。



「よっと!いでッ……ちょ、ちょっと通りますよぉ~……」



 野次馬に集まる人間は野蛮な人間が多いと思うのは俺だけだろうか?少し体がぶつかっただけで、思いっきり舌打ちをかまされ、苦笑いを浮かべながら、何とか人だかりを抜ける。



「――てめぇはどこぞのボンボンだ!?そんなアホ見てぇなもん乗っけたら金貨500枚以上はするぞ!!なんでそんなそこらへんのガキでもわかる事がわかんねぇんだよ!?」



「見くびるなッ!私はこれでも幼少から人に仕える為に家庭教師に勉学を習っているのだッ!多少出来の悪い子と言われていたがそれでも市民の子供以下だと言われる筋合いはないわッ!!舐めるなよ!!」



 俺が人の壁を越えてから聞こえて来たのは、今にも殴りかかりそうな程ヒートアップした2人の怒声で、これ以上時間が経てば、取り返しのつかない事になると急ぎ2人の間に入り込む。



「ちょっとすいませーん!!少し割り込ませてもらいますね!」



「誰じゃこんガキ?」「む?なんだ小僧?今私は崇高な使命を全うする為に…」



 2人の意識がこちらに向いたタイミングで、すぐに用件を伝えるべく、2人の視界に映る少し離れた場所にメルメスの入っている【アイテムボックス】の≪ゲート≫を開きながら伝える。



「そっちの騎士?の人!貴方の知り合いの女の子が来てるんで相手をお願いします!後、喧嘩はほどほどに!」



「私の知り合い?すまぬが、私のファンであれば後ほどにしてもらえると」




「―――誰が誰のファンなのかしら?この馬鹿騎士?」



 瞬間、辺りに流れていた空気がキュウッと引き締まったかのような錯覚を感じ、先程までアホな事を話していたフルフェイスの男も背筋をピーンと伸ばし、俺の開いた≪ゲート≫の方に視線を動かしていた。



「メ、メルメス様!?い、いったいどこに!?」



「あら?もしかしてこのだと姿も見えていないのかしら?ますます便利ね」



 ≪ゲート≫の中から外に向かって声を発していたメルメスが≪ゲート≫の外側から中は見えない仕様に何故か関心しながらフルフェイスの男に姿を認識させる為に【アイテムボックス】の外へ出てくる。



「メルメス様が何もない宙からいきなり!?一体何が…??」



「それについてはいいのです。それよりも……?何故このような騒ぎを起こしているのかしら?」



「うぐッ……そ、それは……」



 メルメス……どうやら先程話していたこの男、馬鹿騎士と呼んでいた“バルトファルト”なる人物とは本当に知り合いらしく、2人で話…というか説教?をし始める。



 バルトファルトと呼ばれた大の大人が、こんな小さい8歳の幼女にこれほど気を使っているのを見ると、もしや本当に……この街の領主だったり……?



「おい嬢ちゃん?この馬鹿の知り合い見てぇだが、どこのもんだ?ちょいとこいつの馬鹿さ加減は異常だ。連れて帰んならさっさと連れてこの場から消えな」



「き、貴様!?このお方をどなただと思ってッ!!」



 メルメスに対し、イラつきながら口を開いた為、少々当りが強くなったのをバルトファルトが咎めようと体の向きを工房の親方へ向ける。



「黙れ馬鹿騎士……申し訳ありませんね、私の騎士が勝手に暴走したようで……元々は正式に領主の紋章を刻んだ馬車の制作を依頼しようと思って訪れたのですが、思わぬ掘り出し物を見つけたのでキャンセルしますわ」



「……あ?領主の紋章…?………てめぇ……いや、貴方はまさか」



 工房の親方が、何かに気が付いたのか、顔を驚愕の表情に変えながらメルメスに問いかける。



「今回は私の馬鹿騎士が先に馬鹿をしたみたいなので、謝罪します……ですが、誰彼構わずそんな口調では他の街から来られた貴族の不興を買いますわよ?お気を付けなさい」



「は、ははーーッ!!」





 ……どうやら、マジもんのご領主様って事らしい。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る