9話 悪者

「な……」


 ビルムさんは数度まばたきした。


「何を言っているんだ」

「デス……?」


 ビルムさんと同じセリフが頭を流れる。何を、何を言ってるんだ。言い間違い? それともオレの聞き間違い?


 オレに病の魔法を……?


「そもそもおかしいのは、シウ少年の母親がシックと契約していた点だ。魔女と契約は強い因果関係で結ばれている。契約者が多ければ魔法の力は上がるし、契約者が大きなものを捧げてもまた同様。『魂』との契約は、魔女の格を底上げする強力な契約だ。──そして契約は、『双方の納得』をもって成立する。脅しや騙しでは成立しない。この意味がわかるか?」


 体が震える感じがした。


「……母さんは、自ら望んで魂を捧げた……?」

「そういうことになる」


 デスの手が木の壁を撫でる。


「彼女は納得ずくで魂を契約した。そうするに足る望みだと、自分で理解していた。自分を殺す病に罹ることが。果たして、それは何か」


 壁から指が離れ、オレを指す。


「愛する我が子を死の病から解放するためだ」


 母さんの、オレを抱き締める力が強くなった。言葉はなくとも、それが肯定か否定か、オレにはわかった。


「最初に病の魔法をかけられたのはお前だ、シウ」


 母さんの温かい熱がオレを包む。昨日までは氷のように冷たかった体。そういえば、オレが病気になったときも毎日凍えるように寒かったっけ。


「でも、オレのときは痣は……」

「母親の痣に気づいたのは、お前が最初か?」

「あ、うん。肩の後ろあたりに変な紋様があって……あ」

「そうだな。肩の後ろの痣は自分じゃほぼ気づけない。お前の痣にいち早く気づいたのは母親だ」


 母さんは気づいた。オレが普通の病気じゃないことに。そして、原因である病の魔女と契約した……

 オレの病気を、自分に移すために。


「病の魔女は病を解くことはできない。だから彼女は、シウ少年の病を自分が負うことにした。その魂をかけてまで。不相応と言いたいが……契約が成立してる以上、私に文句は言えない」

「待ってくれ」ジュドが前に出る。「つまりそれは、シウに魔法をかけたヤツがいるってことか」


 そして、それが……


「ビルムさんだと……?」


 ガンと強く床が鳴らされた。杖の先を叩きつけたビルムさんは怒りに肩を震わせ、デスを睨め上げた。


「ふざけたことを」


 オレたちに振り向き、叫ぶ。


「やはりこいつは嘘つきだ。詐欺師だ! みんな何をしてる。こいつを叩き出せ!」

「ビルムさん、子どもの前だぜ。それに俺たちは彼女を疑うことはできない。彼女がジオラさんの病気を治したのは疑いようもない事実だ」

「そんなもの……そんなもの何かのイカサマに決まっとるだろう! 騙されるな馬鹿者共! いや、あるいは……こいつが犯人なんじゃあないのか!? こいつが病の魔女なんだろう! 自分で魔法をかけて自分で解いたんだ!」

「へぇ、魔女の存在を疑ってた割にそれを理由にすんのか。都合い~な~」

「ええい、黙れ黙れ!」

「ビルムさん、彼女は病の魔女ではないわ。見た目がまるで違う。あと人間性も」

「最後の付け足しいる?」


 母さんが毅然として告げると、ビルムさんは明確にうろたえたようだった。体重を預けた杖がミシリと軋む。

 が、表情を引き締めると、カンと杖で床を鳴らした。


「証拠はどこにある」眼光鋭く、睨み返す。「そこまで言うのなら証拠があるはずだ。私が犯人だという証拠がな」

「足だろ」


 デスは面倒くさそうに答えた。


「お前、自分で言ったじゃん、ここ一年で悪くしたって。シウが病気んなったときとタイミングがバッチシじゃねーか」

「ただの偶然をこじつけおって」

「あーそ。その足、医者に見せた? 原因わかんねーでしょ。契約で捧げたものってそうなるんだよ」


 少しずつ、少しずつ詰め寄っていく。肉薄していく。硬く硬く固めた殻を削り取るように。


「何よりさぁ」鼻先をついと撫でる。「魔力の残滓を感じる」


 ビルムさんはパッと右足に手を当てた。


「これは魔女でなければわからんと思うがね、その右足に残った魔力が、お前が犯人だという証拠を突きつけてくるのさ。最初っからわかってた。お前みたいな悪者がどう動くのか観察したくて、泳がせてただけだ」


 ビルムさんの額に汗が浮く。口が小刻みに震える。杖を握る手に力がこもっていく。


「先ほどあんたのいないとこで実演したんだが、私は他人の寿命をあれこれする力を持っていてね。余計なことはしない方が身のためだ。自白の魔法を使ってもいいが、お前ごときに寿命は使いたかないし」

「お前を……」

「あん?」


 ビルムさんは突然、杖を振り上げた。


「お前を殺せばァ!」

 杖の先が抜け、槍のように鋭く尖った先端が現れる。それを……デスに向けて振り下ろす。


「魔女様!」


 ウェナが前に躍り出る。


「ウェナ!」


 オレは思わず叫んでいた。手を伸ばす。助けるんだと手を伸ばす。それでも遠い……間に合わない!


「魔女をナメるな」


 ふぅと冷たい吐息が流れた。パリンと、杖はウェナに触れる前に、ガラスみたいに粉々に砕けた。ビルムさんの手が空を切り、そのまま床に倒れる。

 指で輪っかを作り、その中に息を吹きかけたデスは、冷めた目でビルムさんを見下ろし、


「お前が犯人だ」


 決着の言葉を告げた。


「う……」


 異変は、直後に起こった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る