6話 母の容体
「あなたはク……シウ少年の父親なのかね」
デスは隣を歩くビルムさんに尋ねた。
「いや、私はこの村の村長をしている。シウは父を早くに亡くしていてね。一人で母親の看病をするのは大変だろうから、よく手伝っているんだ」
そして言いづらそうに肩を揺らす。
「先ほどは……お嬢さんに対して、たいへん失礼いたした」
デスはウェナをちらりと振り返り、「ああ」と呟く。
「…… お気になさらず。ウェナが勝手にしたことです」
ビルムさんがよたよたと杖をつく。右足を引きずってフラフラと危なっかしい歩き方をするので、さしものデスも時折となりを気にしていた。
「足が悪いんですねぇ」
「ああ、ここ一年で悪くしてね。まだまだ歳じゃないと思ってたんだが」
「おいくつで?」
「今年で五十三だ」
「五十三歳か……そうか、普通はそんなもんでガタがくるわな」
なぜだか感心した風に言う。そういえば、デスは三百年生きてるんだっけ。見た目は二十歳くらいだけど、実際は何歳なんだろう。
……体にガタもきているのだろうか。
カクンッと膝を何かに突かれて「わっ」と倒れそうになる。じろっとデスを睨む。目が合った。はい犯人みっけ。こんな下らないことに魔法を使わないでほしい。ありがたみが着々と薄れていくのだった。
建ち並ぶ家々を数軒抜けて、ビルムさんはオレの家の前で足を止めた。
「シウの母……ジオラは中にいる。病は感染するようなものではないみたいだが、日に日に衰弱して、一向に快復する様子がない。町の医者も原因不明と匙を投げたよ」
デスは何も言わず、ドアをじっと見つめて黙っている。その横顔が、オレの心を言い様もなく不安にさせる。
「ビルムさん、その人は」
足音が寄ってきた。
「おお、ジュド。彼女はな、シウが連れてきた……魔女、らしい」
ビルムさんはまだ疑わしいような言い方をする。
「魔女……」
向かいの家に住むジュドも疑わしげな目を向けた。農作業を終えたばかりなのか、首筋には汗が光っている。
ジュドは深く頭を下げた。
「お願いします。ジオラさんには昔から何度もお世話になってきたんです。食べ物がないとき俺の分まで作ってくれたり、壊れた農具の修繕をしてくれたり……感謝してもしきれない。魔女だってなんだっていい。あの人をどうか……助けてください」
「約束はできない」
デスはジュドの頭に冷たく声を降らせた。
「まず様子を見てからだ」
ギィ、とデスの手が扉を押し開ける。
母さんは朝見たときよりもまた痩せ細ったように見えた。枯れたように乾いた黒髪、血の気の失せた青白い肌。そしてそれを覆うように這い回る、赤黒い痣。最初は肩にしかなかったそれは、今はほとんど全身に広がっている。
横になっていた母さんはオレたちを見ると、体を起こした。
「おかえり、シウ。ビルムさんも。……そちらの方は?」
「どーも、魔女です」
デスは軽々しく手を上げると「ちょいと失礼」と母さんの肩に手を滑らせる。
「ま、魔女……?」
「そう。おたくの息子さんに引っ張り出され、こんな青空の下、西の森からわざわざ歩いてきた魔女ですよ」
「西の……え、まさか……?」
「まぁ、子どものしたことだし大目に見てあげるとも。私は心が広いんだ。それはもう海より深く山より高いほどにね」
弟子への当てつけみたいなことを言って、デスは母さんから手を離す。
「いつ契約した」
オレたちはその言葉の意味がわからなかった。母さんだけが息を飲んだ。
「『病の魔女』シック。この紋様はあいつの魔法だ。詳しい魔力構成まではわからんがね」
『病の魔女』──?
いつの間にか口が開いていた。魔女、デス以外の。そんな言葉を一日のうちに二度も聞くとは思わなかった。
「この魔法はアンタの魂と紐づいてる。つまり、アンタが望んでシックに魔法をかけられたんだ。死に至る病の魔法をな。──どういう意図だ?」
デスは鋭く母さんを睨んだ。母さんは答えなかった。黙ったまま、じっとデスを見つめ返す。
命の魔女は肩を竦めると、「ま、いいさ」と背中を伸ばした。さっと踵を返すと、なぜかドアに向かっていく。
「あの」
オレは意を決して声を出した。デスは立ち止まる。
「母さんは、治せるの?」
「無理だな」
時が止まったような感じがした。外は抜けるような青天で暖かいのに、肌寒い風に肌を撫でられたみたいだった。
「かけられた魔法を解くことはできる。十年魔法でな」
魔女は忘れていたように付け足した。
「じゃあ……っ」
「ただ、誰かの助けがいる。こいつだけじゃ、もう無理だ」
あっさりと告げられた言葉の意味を、みな少しずつ理解していく。デスはその意味を肯定するように、もう一度続けた。
「もう十年も残ってないんだ、お前の母親の寿命」
「もういい、よせ! 趣味の悪い女め! 入れたのが間違いだった……出ていけ、出ていくんだ!」
ビルムさんが痺れを切らしたのか叫ぶ。デスは母さんをちらりと一瞥して、それ以上は言わずに出ていった。「魔女様!」とウェナが追いかけていく。
オレも追いかけようとしたけど、「おいで」と母さんに言われるとなぜだか、足が動かなくなった。
その日は結局、デスたちがどこに行ったのかもわからないまま、母さんと夕飯を食べて寝た。西の森に行ったことは言わなかったし、母さんも何も言わなかった。
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