5話 村に着きまして
ちょうど農作業の時間だったみたいで、村の男衆は外の畑で鍬を振っていた。「よお、シウ!」などなどあちこちから声がかかる。それに声を返す。
「シウ、隣の綺麗なねーちゃん誰だ! 紹介してくれよ!」
「後でねー!」
「勝手に紹介すんな」
頭をわしゃわしゃ撫でられ、オレは首をすくめる。
「シウ君、人気者なんだね」ウェナが左右を見回す。
「仲良しなだけだよ。狭い村だからさ、みんな顔見知りなんだ」
「アンタたち、若い子に鼻の下伸ばしてんじゃないよ!」
監督役のおばちゃん隊が手を打ち鳴らす。厳しいようだけど、肉体労働以外のサポートは全てこなしているので絶妙な労働バランスが保たれている……らしい。母さんいわく。
「シウ!」
村に入るなり怒声がオレを呼んだ。白髪頭のおじいさんが杖を突いて向かってくる。
「お前どこ行ってた! 病気の母親放って消えるんじゃねぇ!」
「ご、ごめん、ビルムさん」首を竦める。「母さんを助けられる人を探してたんだ」
ビルムさんは口を閉ざした。握りしめていた手を広げ、オレの肩に置く。
「何かしてやりたい気持ちはわかる。でもな、たった一人の息子が急にいなくなったらお前の母さんも心配するだろう。治療方法は俺たちが何としてでも探しだすから、シウは母さんのそばにいてやってくれ」
「彼の母の病状はどうだ」
デスが言った。ビルムさんはデスを見上げ、「なんだい、あんたは」と立ち上がる。
「そこのルール破りのクソガキの親を診にきた。ちょっと気になることがある」
「信用できないな。あんたみたいな妙な呪術師風情の奴は何度か来たことがある。シウを騙して高額な施術費でもふっかける気だろう」
「金なんてここ数十年使ってねーよ」
「ビルムさん、この人は魔女なんだ! 西の森に住む、命の魔女! この人なら母さんを助けられるかもしれない!」
「西の……?」
途端にビルムさんの顔が険しくなった。しまった、と口を押さえるがもう遅い。
「シウ、お前、西の森に入ったのか!」
「そーそー、そうなんだよ。入るなっつってんのに入ってきてぶっ倒れやがってよ。おたくの教育どうなってんですか。口承途切れてないよな、まったく──」
ビルムさんが手を振り上げる。オレは目を閉じた。
ドンと体が押され、バチッと鋭い音が響く。目を開けた。ウェナがオレの前に立っていた。
「シウ君はお母さんを助けたかっただけです。怒らないであげてください」
声は穏やかに、しかし視線は鋭く、ビルムさんを見上げる。ビルムさんは気圧されるように一歩下がり、自分の手のひらを見つめ、下ろした。
じろりとデスを睨む。
「……こっちだ」
ビルムさんは杖をつき、オレの家に向けて歩きだした。
「あの」
オレはウェナの腕を掴んだ。「なにー?」と振り返った左頬は赤く腫れている。オレは喉元に込み上げる何かを飲み下して、目を伏せた。
「ごめん。オレの代わりに……」
「気にしないで。だってシウ君はお母さんのために頑張ったのに、怒られるなんておかしいもん!」
「けど半分くらいはそいつの自業自得じゃねー?」
「魔女様みたいな心の狭い虫野郎の鳴き声なんて無視していいからね!」
「ウェナ、一応私の弟子だよね……? 師匠に対するディスりが一定のラインを飛び越えてない……?」
「いい加減シウ君への対応がウザいです! 同じネタ擦るのも節度を弁えた方がいいですよ!」
「はうぅ……」
弟子に言い負かされる魔女なんて見たくなかった。え、この人三百年生きてんの?
肩をしゅんとさせながらデスはウェナの腫れた頬に手を当てた。「あ」とウェナが呟く間に手を離し、「じゃ、行こうか」ととぼとぼ歩きだす。萎れてる……。
「ウェナ、オレたちも行こう」
横を見て、あっと思った。赤く腫れていたウェナの頬は、綺麗な白い肌に戻っていた。ウェナは頬を指先で撫で、「ほらね」とオレに笑いかける。
オレは遠ざかるデスの銀にきらめく髪を眺めた。
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