3話 魔女への頼み事
「やなこった」
即座に切り捨てて、魔女は調理台の上の草を数束つかむ。オレは慌てて続けた。
「も、もう魔女しか……魔法しか頼れないんだよ! お願い! お願いします! 話だけでも」
「聞いて何になる。それで言いつけを破ったことを正当化でもするのか。あの言いつけは森に人が入って倒れる事故を防ぐために、私が遥か昔に言い渡したものだ。それを破って森で誰かが死んだとしても、それはそいつの責任として私は関与してこなかった。今お前が生きているのは、偶然にもウェナがお前と出会い、偶然にもウェナの前でお前が倒れ、偶然にもウェナが優しさで私に助けを頼んだからにすぎない」
その幸運をして、まだ傲慢にも望みを告げる気か?
オレは何も言い返せなくなった。だって、その通りだったから。
オレは自分の願いのために言いつけを破って、藁にもすがるような想いで森に入った。そして倒れた。本当は、オレはあそこで死んでるはずだったんだ。
幸運だった。無事に森から帰れる手段も与えられた。本当はこの充分な幸運を抱えて、オレは帰るべきなんだ。
だけど、
「お願いします」
だけど、諦められないんだ。
「森に入ったことは謝ります。どんな罰でも受けます。だからせめて……」
ソファから転がるように落ち、額を床につける。
「せめて……話を」
しばらく応えはなかった。ゴツ、と魔女の靴が床を鳴らす音だけが聞こえた。
「やめろウェナ。そんな目で見るな。わかった、わかったから。クソガキ、顔上げろ」
オレは顔を上げた。魔女が正面からオレ見下ろしている。
「聞くだけだぞ」
強くうなずいて返した。
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「病?」
細い木の枝のようなものを囓りながら魔女は繰り返した。「はい」とオレはうなずく。
「母さんが病気になって……治る見込みがなくて」
「そりゃお前」
砕いた枝の破片を歯で挟む。
「宿命ってやつだろ」
魔女はふーと息を吐いた。ぷしっと破片から白い煙が吹き出して、甘い香りが室内に漂う。
「生物には避けられないものがある。それは死だ。残酷なことを言うが、お前の母親はもう寿命なんだよ。病気になるってのは、そういうことだ」
「それは……そうかも、しれません」膝の上で拳を握る。「けど! 母さんは……母さんの病気はただの病気じゃないんです! ……母さんは呪われたんだ」
「呪い……?」ウェナが呟く。
「母さんは半年前に体調を崩した。それと一緒に、身体中に赤いアザみたいなものが浮き上がってきたんだ」
ぴくりと、魔女のまぶたが動いたような気がした。
「アザは日に日に広がって……母さんの体を蝕むみたいに大きくなってる。母さんはどんどん弱っていって……今はもう、立ち上がることすらできない。息をするのも毎日苦しそうで……」
恐怖を押しこめるようにウェナは組んだ両手を握った。魔女はこっちをじっと見つめている。オレも手に込める力を強めた。
「村の医者も……遠い町から呼んだ医者さえも原因がわからないって言う。だから、これは呪いなんだ。呪いを解けるのは……もう、魔女しか」
「呪いなんてものはない」
魔女は静かに言った。
「けれど魔法はある」
急に立ち上がると、ケープを一度払った。
「ウェナ、支度しろ。クソガキ、お前の母親のところに行く。案内しろ」
「……! あ、ありがとうございます!」
「助けるとは言ってない。ただ、お前の母親の症状に気になる部分がある」
声は依然として冷たい。だけどオレには、今のオレにとっては、それが何よりも眩しい希望だった。オレは立ち上がり、いの一番に外へ飛び出して二人の準備を待った。
やがて肩に荷袋を提げたウェナが出てきて、少し経って着の身着のままの魔女がゆるゆると出てきた。地面につきそうな長い髪だけ結んでいる。「案内します」と踏み出しかけて、オレはふと、気になったことを聞いた。
「あの、魔女様はなんて名前なんですか」
「んー?」と彼女は面倒くさそうにうなじを掻き、ニヒルに笑った。
「命の魔女──『デス』」
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