閑話【天山】





神仙獣の世界「テンシャン(天山)」(ランクSS)


【神のいない消滅に向かう世界】










この世界に存在する大陸は五つ。

その一つに人の住む場所がある、残りの大陸は瘴気が強すぎて人はその大陸にしか生存出来ない。

人ならざる者が多く住む世界は案外ひっそりとしている。

騒がしいのは人の住む場所だけ、それが天山という世界。








ある時一つの国の帝が死に、その後暫くして一つ国が一夜で滅んだ。



国のあった場所には今も瓦礫の山と片付けられることがない躯が多く転がされている。


国のあった場所には生物の気配がない。周りの獣たちですら近寄らない。


国のあった場所には草木も生えない、腐敗した躯に虫一匹すらつかない。


国のあった場所には瘴気が満ちている、大地は腐り異臭で蔓延している。


国のあった場所には多くの宝がある、一生でも使いきれない程の富がむき出しのまま放置されている。



しかしそれに決して触れてはならない、剣仙の怒りを買うからだ

宝の一つ、銭一枚でも持ち出した近隣の村々はすでにいくつか滅んで同じ状態になっている。



 あの国は剣仙の怒りに触れた、起こしてはならない獅子を目覚めさせた。



人々の口を通して畏怖として大陸中に広まっていく。あの国『煌陽』には『剣仙』がいるのだと。





亡くなった帝は若く美しくとても聡明な方だったと聞く。

珍しい色を持って生まれ、誰もが平伏さずにはいられない程素晴らしいお方だった。

帝が亡くなった時には、一時国中の者達は太陽が無くなってしまったかのように沈んでしまったそうだ。


その後は唯一の正妃候補であった少女が次の帝になった。


直系の血筋は既に絶えているからだそうだ。

一説には全ての血筋を前の帝が根絶やしにしたとも聞くが、聡明な方がそんなことはなさらないだろう。


少女は人ならざる者の血を引く方らしい。

それでも武力・知力・統轄力共に前の帝とも遜色がない為、国のものから文句は出ないそうだ。


前の帝には寵愛していた男の側妃がいたらしい。

新しく帝になった少女はその男を正妃に迎えたそうだ。

普通に聞けば二人が結託をして前の帝を亡き者にしたとも見えなくもない。

しかし煌陽に住む者達に聞けば「それはあり得ない」と笑い飛ばされる始末だ。

三人はとても仲が良く、首都に降りては何かと事を起こしていたらしい。

詳しい話はと聞けば決まって皆口を濁す。だが余り悪い事ではなさそうだ。皆が笑顔で話すのだから。


周りの国々に比べ煌陽は小さな国だがとても住みやすい場所だと聞く。わざわざ移り住むものも少なくはないという。

良く言えばあまり主張しない、悪く言えば目立たない国というのが煌陽の印象の一つだった。


しかし先日のあの一件で煌陽の印象がガラリと変わってしまった。

煌陽の数倍もある隣接の国「華河」は今は『死河』と呼ばれどの国の領地にもなっていない。

本来ならば煌陽の領地になるはずだが煌陽側がそれを拒否したからだ。

そして領地には含めないが華河の「権利」は煌陽側にあると主張するという何とも不思議な状況になっている。


要するに「華河の権利は煌陽にあるから一切手を出すな、だが煌陽はこの領地を放置したままにする。」と言う事らしい。


華河の領地はとても豊かで広大、誰もが喉から手が出るほど欲しい場所である。

あの実りの多い土地を放置したままにする、煌陽の行動は周りの国々からみれば正気の沙汰ではないだろう。

だが周りの国々は何も言わない、何も言えない。従わざるを得ない。

この一見穏やかで小さな国の、圧倒的な程の蹂躙や狂暴性を強烈なまでに垣間見てしまったのだから。

なにより元華河の首都の入口の大きな門の前にある『アレ』を見れば誰も何も言えはしない。『アレ』を見て誰が手出しをしようと思うだろう。





「はいよ、待たせたね。兄さん美人だから少しおまけしといたよ。」

「あんがと。お代置いとくよ。」


少し低めの美声を持つ、黒い軽装をした長身の男が人好きする笑顔で答える。

手にした大きな袋の中を見て更ににんまりと笑う。その様子に店の女も思わず笑ってしまった。

こんなに良い男がこんなにも可愛く笑えるのかと、良いものを見せてもらったと嬉しそうに店の中に入っていった。

男は飲んでいた茶を置き店を後にする。煌陽につながる国境門を目指し歩き出した。


腰まで届く少し猫毛の入った黒髪は高い位置に結ばれており、歩くたびにゆらゆらと揺れる。

瞳は黒曜石のように深くて黒い色をしており、長い睫毛で覆われた目元はとても艶やかだ。

健康的な色の肌に潔癖そうな唇、眉はすらりと細く、顔は中性的でとても綺麗な顔立ちをしている。

質素な服をまとっているが男のスタイルの良さがまるで隠せていない。逆に男の本来持つ色香を存分に引き出してしまっていた。

日常的に香を焚き染めているのか、歩く度にこれ見よがしに芳しい香りが周囲に漂い人々を酔わせる。どこかの役者かと女性や時折男性までも振り返る。

少しばかり愁いを帯びた顔をして歩く男の頭の中は、手に持つ餡餅の事で一杯だった。


煌陽につながる山道を歩きながら、男は手に持つ袋をチラチラと眺める。

そのたびに口元が緩み、無意識に袋に手を差し入れようとする。

いかんいかんとかぶりを振り、また前を向きつつもチラリと袋の方を見て、また口元を緩ませ…

そんなことを繰り返しているうちにとうとう足を止め、近くにある岩に腰を掛け袋の中の包みを解く。


おまけ分だけ、おまけ分だけと自分に言い聞かせながら餡餅を一つ掴み口に含んだ。

まずいここで食べなければ良かったと男は後悔する。

美味い、美味すぎる、おまけ分が後三つしかない、無理だとめられない。

全部食べれば流石に怒られてしまう、しかし止められないどうしたらと悩みながら一つ目を咀嚼し終える。

そのまま二個目に挑もうとした時、思わぬ横やりのおかげでこの悩みは解決することになる。



「にぃさん「煌陽」の人かい?」



止まった、良かったと男は胸をなでおろす。

声をかけてきたのは人の良さそうな初老の男だ。これ幸いと男は急いで包みをしまった。



「そうそう、今「噂」の煌陽の住人だ。いいだろ羨ましいか?」



え、そんな口調なのか?と大体の者が彼の第一声でそう言いたげな顔をする。

彼としては今更自分がどう見えようと余り関係はない。



「なぁ、華河につながる道がこの辺りにあるって聞いたんだが。」

「ああ、もう案内取り外されたからな。一本道戻って左に入れば華河にいけるぞおっさん。なんだよ観光か?あそこすげぇ臭いぞ。おっさんは臭いの好きなのか?物好きだな。」

「口調…いや、ありがとう。助かったよ。」

「いやこちらこそ助かった、この餅全部食いそうだったからな。だからおっさんに良いこと教えてやるよ。」



その場を離れようとした初老の男は足を止める、振り返れば男が薄笑いを浮かべていた。しかしその目は獲物を狙うかのように深く沈んだ色に輝いていた。

先程までと様子がまるで違う男に、思わず初老の男は「ひっ」と声をあげたのは仕方がない事だった。誰でも異質なモノに会えば萎縮せざるを得ない。



「『華河の物は何一つ持ち出すな、それが例えどんな高価なものでも。』だ。これは今煌陽で流行っている噂の一つだ。おっさん結構外の国の人間だろ?やめとけ『剣仙』に殺されるぞ。」


「な、なにを…」


「あー。後な、この事をちゃんと後ろにいる沢山の「お友達」にも伝えておいてくれよ。じゃあな。」



ヒラヒラと手を振りながら男は腰を上げ、袋を手にし煌陽への道を歩き出した。

初老の男はその場から動けなかった。


ただの噂だと思っていた、とるに足らない噂だと。


身体が震える、冷汗が止まらない。

今まで山のように場数を踏んでいる、だからこれは本能からの警告だった。



今動いたら殺される

今口を開けば殺される

今目を離したら殺される


今 自 分 は 何 に 会 っ た ?

 


結局初老の男は軽薄を装う男の姿が見えなくなるまでその場で立ちつくしていた。







つい最近まで『華河』呼ばれた美しく華やかな国があった。だが今はその姿はない。

腐敗臭漂う、草木一つも生えない『死河』と呼ばれる国だけが存在した。

この場所には不思議と風は吹かない、雨すらも避けてとおる。


かつて栄華を極めた華河の入り口、大型の開城門のあった場所には一本の剣がひっそりと佇んでいる。

かなり重ための剣が色あせた黒い鞘に付いたまま深く地面に突き刺さっており、おおよそ人の力で引き抜けるものではなかった。

剣の柄には「煌陽」の家紋の花が施されている。煌陽最後の直系の帝が愛用した剣がそこにはあった。



ここは帝への手向けの場所、何人たりとも立ち入ることは許されない

荒らすのならばそれ相応の覚悟をしろと、命を持って償えと



そう語り語りかけてくるかのようにその場に存在し続けている。









【終】





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