第一章 01.懐かしい夢

(全編流血・後半嘔吐表現注意)






身体の感覚はない。

浮いてみたいとは思ったけれどこれって浮いているのかな。

不思議な浮遊感を感じる、けれども目は開かない、周囲がみれないから途中で諦めた。

暖かい、ただただ心地のいい空間に身をゆだねながら僕は…



「決めたぞ。」



夢を見ていた。

懐かしい昔の夢、ランゲツが剣仙になったばかりの頃のだ。

もう完全に人の輪廻には戻れなくなってしまったランゲツが、やっとの思いで自分自身に折り合いをつけて前向きに生きようとしていた頃の夢。



僕がランゲツを見つけた時には全てが終わっていて、いつもの見慣れた場所には血まみれの彼が一人すすり泣きながら蹲っていた。

何度声をかけても返事すらなくて、やっと目が合ったと思えば「自分では死ねないから殺してほしい」と懇願された。

僕は必死に説得してランゲツを自分の城に連れて帰った。


身体はボロボロで、体中に巻いた包帯から血がにじんでて、傷が体内の「気」扱ってもなかなか癒えなくて。

精神力や脳の消耗も激しくて、水すら取れない程に身体が衰弱してしまっていて。


僕がずっと一人で看病していた。死なせたくなかったから…こんなのないって思っていたから。

どうしてずっとずっと必死に頑張って生きてきた親友が、こんな目に合わないといけないんだろうって腹が立って。

僕は居もしない神様を呪った。同時に神様に願った、彼が助かりますようにと。自分勝手だと言われてもいい、ランゲツが助かるのならばなんだっていい。


やっと起きれるようになるまで回復したけれどずっと彼は無言だった。

僕が側でいつものようにお話をして、それを黙って彼が聞いている。そんな日々がしばらく続いて。


久しぶりに聞いたのだ、彼の声を。

いつもの覇気のある力強い、でも優しい彼の声音が耳に届いた。

長い間無表情だった顔からは、いつもの少し意地悪な感じの屈託のない笑顔がとてもまぶしくて。

思わず込みあげてきた涙を抑えながら、平静を装って声をかけた。声が震えないように、動揺したのを決して悟られないように。



「随分長かったね、何を決めたの?」



彼の手元には好物の餡餅が握しめらていた。

確かこの頃からだ、ランゲツの頭の一部が壊れてしまって甘いもの以外の食事をとれなくなってしまったのは。


 

「俺はこれから更にこの道を極める、この先があるのならどこまでもだ。」


「うん、ランゲツならやれちゃうね。」


「でもって、俺はお前の事守ってやる。拾ってもらった恩は返さねぇとな。」


「別にそんな事しなくてもいいよ。拾ったっていうよりも家族なんだから当たり前だよ。ランゲツの好きに生きればいいんだよ。」


「だから好きに生きるっつってんだよ。お前守って、その先の子供も孫もずっとずっと全部俺が守ってやるよ。これからの俺の夢と目標はそれだな。」


「わぁ壮大だね。でも僕にお嫁さん来るのかな?全然想像つかないや。」


「…それは…ま、努力しろよ。努力してくれよ本当にさ…お前の一族の面倒を一生涯見てやんだからさ。どんなクソでも屑でも凶悪でも腹黒でも任せておけよ。」


「僕に対する認識おかしくないかな?」



何故そんな、ランゲツのよく使う言葉でいう「やべぇの」ばかり生まれると思っているんだろう。僕の遺伝子そんなに駄目なの?

そんな事を頭の片隅に置きながらも、今日の空よりも晴々と笑う彼を見ながら僕は温かい気持ちでいっぱいになった。

彼が笑って側にいてくれる為にも、僕も自分のやることを、国の事をしっかりやらないといけないと思った。


これから彼は長い『生』を歩み続けなければならない。

その為にもしっかりと国の基盤を固めて、煌陽をもっと住みやすい豊かな場所にしていかないといけない。今のままでは全然駄目だ。

嫌いだけれど、本当に大っ嫌いだけれどもっと勉強をして、他国とのやり取りも対等にできるようにならないと。

ずっと一人で残る彼が、少しでも過ごしやすい場所を作らないとと思いながら。



ふと頭をかすめる、別に一人にする必要はないのではないかと。



僕になら出来る。否、僕にしか出来ない。

身体の『基盤』はもう出来ている、『条件』に到達さえ出来れば僕も剣仙になれるのだ。

それがどれだけ難しい事かは身をもって知っている。僕はそれが辛すぎて諦めてしまったのだから。異能を使い育てる事がどれだけ大変か…相当な覚悟をしなければならないけれど、不可能なことではない。なによりランゲツさえいてくれれば僕はに剣仙になれる。

逆に言えばランゲツがいなければ最終条件の達成が相当難しい、恐らくは他の者では無理だろうと思っている。


僕の異能『記録』はとても使い勝手が悪い、けれどランゲツの異能『吸収』だってけして扱いやすいものではない。

無償ではない、代償ばかり払いながら考えて足掻いて色んな実験紛いのことをして、僕も時には手伝って(邪魔をして)ランゲツは剣仙まで到達したのだ。

こんなにも人は目標に向かって事を成し遂げられるんだって凄く感動したんだ、同時に自分は何故諦めてしまったんだろうとずっと後悔していた。


今更だけれどまた剣仙を目指しても遅くはないのではないだろうか、それこそ国の事が全て終わった後に。年齢は関係ないはずだ。

例え『剣仙の実態』を目の当たりにしても、むしろ目の当たりにしたからこそだと思う。ランゲツと同じ場所を目指したいと思ってしまった。

ランゲツならばきっと待っていてくれるし、僕がいるなら彼も寂しくはないし、僕もランゲツがいるならずっと楽しい。

世継ぎの為に無理に誰かを娶る必要もない、そもそも僕に嫁ぎたいなんていう奇特な女性はいないと思うから。


横目でちらりとランゲツを見れば嬉しそうに餡餅をほおばっている、彼はもうきっと大丈夫だ。

僕は浮かんでしまった考えが頭から消えない、でも口にすることは出来ない。今はまだ何も始めていない状態だから、もっと自分の周りを片付けてから彼に言えたらと…




そんな事を思っていたころの夢。


結局は国の事も全部途中で僕は彼等を置いてきてしまった。

なんでこんな頃の夢を見ちゃうかな。若かったよな、幼い頃の僕は。


だってこの頃は思いもしなかったんだよ、まさか僕とランゲツが同じ女性を好きになるなんて。

しかもあれ程拗れたことになるとは思ってもいなかったんだよ。

僕が悪いんだけれど、僕が本当に悪かったんだけれどさ。引くに引けなくなっちゃったんだよね。

…それぐらい好きだったんだよ、仕方がないじゃないか。


今二人はうまくやっているのかな、生前に出来る限りの『罪滅ぼし』だけはしてきたけれど。

ランゲツにばれないように用意するのには骨が折れた。なんせ彼は僕なんかよりもずっと勘が良くて頭の良い人だったら。

彼女なら「王命」を上手く使ってくれているはずだ。

後は全て彼女に任せておけば大丈夫だ、なんせランゲツの「狂気」ごと受け入れられる女性だったから。


異能の代償で僕は深く眠ることが出来ない。

気絶したり、浅く寝る事はあるけれどそれは一瞬で、異変を感じれば体はすぐに反応できる。

代償というよりは便利だなと思っている。夢なんて子供の時以来だ。どんなものかをもう忘れてしまっていった。

いつもと違う感じの眠り、ぐっすりと眠るのはこんな感じだったかなとぼんやりと考えていれば、少しずつ目の前が明るくなっていく。

瞼を閉じていても感じる強くなっていく光。ああ眩しいな、と思った瞬間にパチリと目が開く。













神聖魔の世界『アルトイオ』(ランクA)


【神が眠りについた異常状態の世界】







見たこともない天井。閑散としたこじんまりとした木造の部屋。

やたら天井が高い。え、高い?



「え?」



もれた声は高い、今の自分の声?

下を見れば目に入るのは広く感じる木目に二つの手のひら。すごくちっちゃくて、おもちゃみたいな子供の手で…


次の瞬間に床には大量の赤い斑点が飛び散り、目の前がぐらりと歪む。強烈な嘔吐感に襲われて僕はその場で胃にあるものを全てぶちまけた。

この症状には覚えがある、これは能力使い過ぎた時に出る一番最悪な症状だった。


なんでこんな状況になっているの?


僕は『異世界転生』と言うものを詳しくは知らないし聞いていない。

ただ何となく体が別の場所(世界)に運ばれて?その国の住人になるのかなと思っていた。

どこかしらの「ただの村人」になって、生活が始まるのかなとのんきなこと考えていた。

もちろんそれは全て大人の姿のままでだ。こんな子供の姿で始まるなんて聞いていないから。いやむしろ殆ど碌に説明受けてないから。説明よりも多い愚痴と語りばかり聞いていたから。


僕は姿勢が保てなくなって、小さな体を床に転がして少しでも身体を休めようとする。

頭が割れるように痛いし、目からは涙があふれて止まらない。身体は重くて寒くてずっと震えが止まらないし、鼻や口からは絶えず出しちゃいけない汁や液体が垂れ流されていて。

転がる床の冷たい感触がなければあっという間に闇に意識を持っていかれている、でもこれ長く持たないよ。



まずいよ、この状況で今意識失ったら死んじゃうよ。『転生?』早々死にかけてるんだけれどなにかなこの緊急事態。









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