04.もう遅い



「はぁあ~…あなたもですか。」



暫しの間停止状態だった男が、心底ウンザリとした様子で片手で額を覆いながら天を仰ぐ。

雰囲気が先程と違い少しだけ砕けた感じになり、恐らくこちらがこの男本来のものなのだろう。『クソ野郎』に振り分けられたおかげでだいぶ話やすい感じだ。

本物の屑をまねたおかげですんなりといってよかった。



「来る方皆さん『アルトイオ』がいいと。口を開けば『聖悪女様』×2とまぁ本当にね。嫌になりますよもう。確かに私も『アルトイオ』は急いで『シナリオ』化しないとまずいと思いかなり多くの世界に配信しましたが。よもやここまで多くなるとは予想外ですよ。一体どれだけの数の異世界でこんなにも人気になってしまったのでしょうかね。しかも、全然……ああ鬱ですよもう…どうしたら…」



ああ嫌だ嫌だと大げさに首を振りながら、男はぶつくさと文句を言いながら遠い目をする。

今僕の存在を完全に無視している、目にも入れない見たくもないといった感じだ。しかもかなり悩んでいる。

それだけ酷かったのかあの発言は。まだまだ酷いのがあったし一番ましな方だったんだけれどな。他のはちょっと僕でも口にしたくない。


やがて覚悟を決めたのか大きなため息を一つついてからこちらを一瞥した。

今までとはまた様子が違い目つきがかなり険しい、さてどういう事だろう。



「はいはい良いですよ。ですが本当によろしいのですか?『アルトイオ』はお勧めしませんよ。」


「理由は?」


「……どうあっても崩壊する世界だからですよ。いくら私でも魂そのものが消滅するかもしれない世界においそれと送るのは気が引けますので。」



へぇ、消滅かいいね。俄然興味がわいてしまった。

元居た場所が形だけで成り立っていた末期な世界だったから、今更崩壊するぐらいでは驚いたりはしない。


むしろ魂が擦り減るぐらいのやり取りが出来る場所が良い。息をすることも眠ることすらも困難なほど常に精神が張りつめる場所がとても理想だ。


胸には一つの希望が湧きあがってきた。もしかすると願いが叶うかもしれない。

この不穏な状況に冷静に対処しなければならないのに、口元は自然と歪まずにはいられない。



「『アルトイオ』への時空の道は閉鎖してしまう予定だったんです。そもそも『アルトイオ』に関与ができる条件や世界の存在日数が少ないんですよ、時を巻き戻しすぎましたのでね。もうあなたには会わないと思いますし、本日最後の一人と言う事で特別に『ネタバラシ』をしてさしあげましょう。私はここで『世界の歪み』を正すために人間を送っているのです。『世界の歪み』を正常になおさずに放置したままでいると、必ずその世界が滅びてしまうのです。なのでその原因となった出来事を調べて修正しなければならないのです。」


「しかし修正するには直接私どもでは関与が出来ないようになっているのです。神にも規定があるのですよ。『世界の歪み』の殆どの原因が人間、人の歪みは人でなければ正すことができない、そう昔から決まっていましてね。誰が決めたかなんていうのは若輩な私には全くわかりませんが、ともかくそういう事なのです。」


「そのために一度は必ず世界の時を戻します。そして停止させた状態で適性のある人間が来るまで『休眠』させておくのです。その期間は世界の寿命を使うのです。世界の寿命はその世界にいる神によって違いますが、神とてけして生命が無限ではなく有限なのですよ。意外と不便なんですよ神というのは。全知全能万能とか思うじゃないですか、全然違いますからね。規定を守り規則に縛られ規約に悩まされ、組織ぐるみのただの『ブラック企業』と同じなんですよ分かりますか?ああ、また話が脱線してしまいましたね、でもいい加減にこの状況に愚痴だって言いたくなりますからね。」


「異世界に送れる人間の条件がここに来られる者のみなのです。要するに『普通でない手段で死んだ者』で、かつ強く『未練』が残る者に。魂の『救済措置』のようなものですね。あまりに未練が強いと『輪廻』に組み込まれた場合に拒絶反応を起こしたり、変におかしくなったりして次の『生』で問題を起こしたりもするのでね。魂の『質』を正常に戻すためにもこの場所が必要なのです。なのでここに来た者には『ボーナス』を与え、条件に合う休眠中の異世界を選んでいただき、そのついでに『世界の歪み』を修正していただくお手伝いをしてもらうんです。それが出来るだけの力は必ず渡してから異世界に渡っていただくので、簡単なお使いみたいなものですよ。」


「でもそういう者がすぐに現れるかと言ったら違うんですよね。中々現れないのですよ、100~200年に一人なんていうのもザラでしてね。しかも達成までに時間がかかったり失敗したりと、結局また時を戻して一からなんていう事が多々ありましてね。世界の負担も考えてもこの如何ともし難い状況を改善しようとして出た策が『神のシナリオ計画』なのです。新しく『異世界に強く興味を持ってもらう事』を条件に加えたのですよ。いわば『代用品』ですねええ。そして先程もお話しした手順で休眠中の世界の話を別の異世界に『シナリオ』としてを送り、人の力で変換された物で異世界に強い憧れや欲望を持ってもらいこちらに来ていただくという手段を取ったのですね。そうしたらもう凄い勢いで皆さんいらっしゃいましてね。なので一回に人を送れる量がとても増えたのです。」


「これが意外にも効率が良くてね、皆さん瞬く間に修正してくださるんですよ頼んでもいないのに。元々原因の部分は『シナリオ』化して送っていますし、問題の解決点を熟知した方が多くいらっしゃるので説明をする手間も省けるのですよ。『代用品』の彼らでも『本物』と同じ働きを、いえそれ以上の仕事をしてくださいましてね。生や欲にこだわる人間だからですかね、こちらでも考えつかない方法で解決していくのですよね。他の神々は人間を軽視しますが、本当に人間は『芸術』でありその手腕は素晴らしいとしか言えませんよ。私はだから人が好きなのですよね。清き者も愚かな者も、どんな者でもその世界の中で意味を持ち輝き世界そのものを動かしていくのですから。ゴリゴリに凝り固まった神の思考では到底…また話が脱線してしまいましたね。今日は変ですね、何故こんなにも口が軽くなっているのでしょうね?疲れすぎですね…あははは『ブラック企業』万歳ですね。」


「こうして多くの異世界の『世界の歪み』を正常化してきたわけなのですが『アルトイオ』だけは違いました。原因自体は『とても小さな歪み』なんですよ。でもこの歪みが起こってしまうとどんなことをしても修正がきかないのです。元々この『アルトイオ』自体の寿命がそこまで長くなくてですね、急いで原因を修正しないといけないと思い『代用品』を多く送り込んだのですが…駄目なんですよ、誰も修正が出来ないのです。それどころか本来『巻き戻す』ごとに状況が『リセット』されるはずなのに、うまく『リセット』されずに『残滓』がそのまま残るのです。それがまた次の時に悪さを起こしてですね『巻き戻す』事に事態が悪化していくのです。それでも修正は行わないといけませんし、『アルトイオ』を希望する者も自分ならできると皆口をそろえて豪語するしで。信じて送り続けてみればとうとうアルトイオを管理していた神が負荷に耐え切れずに『深い眠り』についてしまい、中でも大変大きな歪み、一番避けたかった事態『バグ』と呼ばれるものが発生してしまったのです。」


「しかもこの『バグ』がとても厄介で、『巻き戻し』どころか休眠中にも拘らずに大量に『増殖』し続けてしまっていましてね。この世界の時間を動かしたらどうなるか予想もつかないのです。『アルトイオ』は『ランク』の割には『高位の神』が管理している場所でして、歪みの前から扱い辛くはあったのですがね。こんなにも融通が利かない世界は今迄に例がなくて、この私ですらもう手に負えないのです。なので一度全てを壊して『完全にリセット』してしまい、世界の寿命を戻そうと思っていたのです。そこに存在する生物の生命をすべて使えば可能なんですよ。」




ですからね、と一度一区切りして今までになく真摯な目をした男は僕を見つめる。




「これから『アルトイオ』に向かうと言う事はなんですよ?」


「つまり『完全にリセット』する予定だからそこは諦めろってことだよね。」


「『アルトイオ』の寿命が300年きっているのです。もう戻せません。それにこれ以上の負荷にも耐えられません。折角転生できたのにわざわざ死にに行く必要はないでしょう。それに中も未知数で私が用意できる『ボーナス』全てお渡ししても無事でいられるかどうかの保証すらありません。自殺行為です。あの世界を修正することはもはや不可能です。それでも『アルトイオ』を選びますか?」


「『完全にリセット』の他に世界の寿命を延ばす方法はないの?」


「ありますよ。『愛し子』を見つけ出して『世界樹』等各地に眠る『精霊』を復活させ、『神』に出会い直接祝福を受ければいいのです。あの世界は『魔法』に『依存』し過ぎているのですよね。それなのに『精霊』や『神』を崇めない事がそもそもの寿命減少の原因の一つでしたので。信仰心が低い場所では『神』は力を得られず、精霊にも負担がかかるのです。それともう一つは『神』が別の『神』から力を分けても貰う事です。私のような神ではなく、『アルトイオ』の場合はもっと上位、いえ『最上位』の『境』の神々でないとまず無理ですね。しかし人の身で行くことはおろか、私たち神ですら近づけるのは一握り。別名は『神檻』、神を逃がさないための場所とも呼ばれる最も尊い世界です。方法があるとするならばこの二つだけですね。一番現実的なのは『愛し子』を見つけることですかね。でも精霊を復活させる前に『愛し子』は必ず死んでしまうのです。修正する箇所はそこなのですが、それが皆さん出来ないのですよ。だから困っているのです。」



そうかなるほどね。僕は今までの話を情報として頭の中に書き込む。

書き込むこと自体は頭は痛くならないし、こうやって普通に話してもらえれば理解できる。

理解が出来れば能力を使う必要はない、というかもう今日は使えない。使ったら廃人になる。


『時を戻す』みたいなことを言っていたけれど、先人切った『ざんねん』さん達はどうなっているんだろう。

でももう戻すことはないって言っていたし『神』からもなにも干渉されないときたものだ。


これらを踏まえて僕の導き出す答えは一つだ。



「『アルトイオ』一択でお願いします!!」


「あなたは正気ですか?!」



あはは、ランゲツと同じこと言うのやめてよ。

だって僕どうしても『アルトイオ』がいいんだもの。だから変えない。

最高じゃないか末期とか未知数とか無事でいられる保証がないとか、絶対に飽きないし楽しいよそれは。



「人の話を聞いていましたか?もっと他にも好きな世界があるでしょう?!沢山あるじゃないですか『女の子だけの聖域』とか『美女ばかりにちやほやされる世界』とか色々と。正直に言えばあなたならば選び放題でしょう。『アルトイオ』にこだわる必要があるのですか?!」


「僕って女の子に関しては一途なんだよね。身体は一つしかないのに沢山の女の子なんて必要ないじゃないか。どうせなら一人の子に愛情は注ぎたいよ。」


「え、どの口が言います?先程のクソ発言は何ですか?」


「ああ、『聖悪女』ちゃんのお『やめてくださいそれ以上あなた口からその言葉は聞きたくありませんそんな顔をしていてその台詞は立派な犯罪行為です!!』



初めに会話した時と同じ熱量で語るのやめて欲しい。

顔にもあまり触れないでほしい。これでも気にしているんだよ。人から怖がられて嫌われる顔っていうのは僕が一番わかっているんだから。



「なら『アルトイオ』でお願いできる?」


「はい、わかりましたよ。もう何も言いません。『アルトイオ』ですねはいはい。もう転生先は『ただの村人』ですが良いですか?というかそれしか選べません。それしか残っておりませんので。ところで『転生ボーナス』はどうします?色々ありますがいっそ全部つけてしまいますか?『ただの村人』ですが『超絶チートなただの村人』になれますよ。」


「何もいらない。何もいじらないで、僕は僕のまま『転生』したい。」



全部つけても無事でいられる保証がないと言っていた。それってあっても仕方がないってことだよね。

自分の異能ですらまともに扱えないのにほかの能力貰っても邪魔なだけだ。

僕は今度こそこの自分の異能に向き合わないといけないのだから、余計なものは全て不要だ。



「…もしかして高難易度に挑戦することに快感を得る『ゲーマー』さんですか?それとも自分を極限に追い込むのが好きな『どマゾ』さんですか?」


「あははそうかもね。ああでもそれなら一つだけ。僕の見た目って変える事は出来ないの?性別変えられるって事は容姿も変えられるってことだよね?!そうだよね『吟遊詩人』さん。」


「は?」


「えっと、『黒』っていうか地味にっていうか…うん、『黒』がいいな、目も髪も全部『黒』。それと目元とかを垂れた感じにして目元をもっと大きく、か、可愛らしく柔和な感じにとか、駄目かな?」


「無理です。私にはできません。それ以上その顔に何を手を加えろというのですか。神への冒涜になりますよ。」



唯一の希望を断られてしまった。

真顔で拒絶された。そんなにも手の施しようがないんだね僕の顔…ちょっと泣きそう。



「ではこちらに来てください。『転生の儀式』を始めますので。」



男が奥に手招きをするので僕は急いでそちらに向かう。

奥ではさっきの場所よりも沢山の光が溢れている、漆黒に漂うそれはどれも息をのむほどとても綺麗。

指定された場所に行けば、男は沢山の光の中から一つの光を指先でするりと動かし僕の目の前によこした。

不思議な色をしている、色々な色が混じって小さくてふわふわしながら僕の目の前で浮いている。



「これが『アルトイオ』です。これを握れば『転生』準備は完了です。『転生』が始まればもうやり直しは出来ませんよ、本当に本当に『アルトイオ』になさるのですか?」


「え、もう握ったけれど。」


「あなたはどれだけ自由人なんです?」



話の途中から握っていた。もうここにいるのも十分かなと思ったし、早く『転生』とやらを体験してみたいしでついつい。

話長いと飽きてくるんだよね興味がない事だと特に。

人の話は最後まで聞きなさい、どれだけ甘やかされて生きてきたんですかと呆れる男の声が少し恨みがましく聞こえてくるけれどあえて無視する。



握った場所から暖かな何かが体に流れ込む。気を取り込むのとも違う感覚、穏やかな日差しの中にいるような優しい感じで少しずつ眠くなってくる。

身体からは光と同じ色の靄のようなものがわきあがり体全体を覆っていく、やがてそれは狼煙のようにゆっくりと天にのぼりながら漆黒に溶けていった。

手を放せば先程までの光はない。よく見れば僕の手が少しずつ消え始めている。服も靴も足も…足はもう形はない。なにこれすごく面白い。こんな体験きっともう二度とない。

ひとしきり感動しているとふいに男のつぶやきが耳に入ってきた。その顔は疲れ切っているように見えた。



「そんなにいいですかね『聖悪女』様は。確かに魅力的ではあるんでしょうけれどねぇ。」


「さぁどうだろう。僕知らないや。会うつもりないし会ってもわからないと思うし。あはは、どうでもいいかな?」


「…え?」



線のみたいな目がそこまで開くんだねって位に男の目が見開いている。



「ああそうだ、最後の一つ聞いてもいい『吟遊詩人』さん。」



下半身は完全になくなっている、なのに僕の上半身は残っていて浮いたままだ。身体って普段は真っ二つにすると落ちて地面に転がって中身がこぼれるんだけれど不思議だな。

身体が完全に消えてしまう前に男に向かって僕は手を振る、さようならをする時によくするランゲツが教えてくれた大好きな挨拶だ。



「『異世界転生』ってなに??」



僕の意識はここで途切れた。

男の叫び声を聞いた気がしたけれど多分気のせいだろう。








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