03.熱量には熱量で
目の前の黒い男はひょろりとしていて、風がないのにゆらゆらと揺れている。
顔は昔教本で見た「狐」という動物に近い感じ、目が僕よりも細くて、まるで顔に三本の切れ目が入っているみたい。ニヤリと笑う彼は思っていたよりも普通の顔だ。恰好が面妖だったからもう少し面白いのかと少し期待したのに。
弧をかく口や目の割には肝心の目が全然笑っていない。張り付くような笑顔がお得意らしい、この辺りは少しばかり共感を覚える。
「ここは?」
僕は周りを一通り見回して、遠慮気味に口を開いた。
印象が悪くならないように、いつものように目元に注意しながら微笑む。
偽物の笑顔は僕も得意だよ。そうしないと周りに怖がられてしまうからね。諸国とやっていくための出世術の一つだね。
「初めまして『放浪者』様。私はこの場所を管理するために存在するもの…そうですね、一般的には『神』と呼ばれております。」
『神』ときた、確かにここは死後の世界のようだ。
昔読んだ教本にあったな。『神』は肉体があると会えない尊い存在とか、世界を平和に導き人々に恵みを与えるとかそんなお伽噺みたいなものが。
少しだけ自分が死んではいないのかもと期待をしてしまったのが辛い、自分でヘマをした癖にどこまで未練があるんだろう。
「ですが私は『神』と一括りに呼ばれることが好みではありません。なので私の事は『吟遊詩人』とでもお呼びください。」
「わかったよ『吟遊詩人』さん。」
僕は無邪気に笑う。少しだけ無知っぽく振舞えば目線が厳しくなる。
刺さるような視線を感じるああ値踏みされている。面白いなぁ、もう少し隠さないとダメだよ神様。
「ね、『放浪者』様って言ったけれど、どういう事か説明してもらえないかな?」
「そうですね、突然こちらに招いてすみませんでした。本来は全ての生を持つものは、死後にとある世界の『神』の場所に魂が行き着くようになっているのです。そして神がそれまでの経歴を確認して正しい『魂の質』をはかり、そこから『輪廻』に戻したり違う場所に送ったりとするのですがね。」
「ですが稀に別の場所に行ってしまう、現世に強い欲や未練がある者がこちらに流れてきてしまうのです。いわば迷子ですね、しかも種族が『人間』だけがこちらにたどり着くようになっています。その方達を『放浪者』と呼んでおります。」
「失礼ですが、前の場所には『魔法』はございましたか?」
「『魔法』はなかったかな。」
知らないな、多分あの世界にはない。
そもそもあの国には『神』すらいなかったと思うけれどね。いたのならばあれ程腐った世界ではないはずだ。
「『魔法』のない『異世界』よりお出でなのですね、なる程なる程。」
また男がゆらゆらと揺れている。風もないのにふわふわと服まで揺れていて不思議だな。
僕を見ながら腕を組んで何かを思案するようにうんうんと唸っている。
今更気が付いたのだけれど、彼浮いてるね、宙に漂っている。
神様って宙に浮くんだな。僕も少しは浮けないのかな?浮いてみたいな。
今までの会話を頭でまとめると、うん、これは…
「…そっかぁ。結局は死んでしまっていて、魂が行き着く場所に送られて『輪廻』に戻されて終わりなんだね。」
「まさか!わかっているでしょう?!!ここに行き着いた『放浪者』様は選ばれた方々なのですよ。この場所から『輪廻』ではなくて『転生』が可能なんです!!次の生には好きな条件の『異世界』を選ぶことが可能、自分の知識や経験は全部そのまま持ち越して『ステータス』に『ボーナス』が付くのですよ?!『魔法』とか『ギフト』とか『チート』とか欲しいですよね?!そういうの大好きですよね、人間ですものね?!ワクワクするでしょう?さぁさぁ教えてください。ああそう言えばあなたはどこの世界の方ですか?どういう『娯楽』を楽しんでいました?!!『本』ですか『雑誌』ですか『アニメ』ですか『漫画』ですか『ゲーム』ですか『ネット』ですか『語り』ですか『ラジオ』ですか『歌』ですか『演劇』ですか?!人間は本当にいろいろな『媒体』で『私のシナリオ』を読み取って広めるのが得意ですからね!!そういう能力だけはどの種族よりも抜きん出ていて大好きなんですよ。ふふふ。ああ、私の仕事は本来それでしてね、なので『吟遊詩人』なのですよ。異世界中の物語や出来事を集めて別の世界の人の思考や夢に流して広めていくんです。夢のあるお仕事でしょう?!よく『創作』で『神が下りる』って言うじゃないですか?あれって『私のシナリオ』を人間が『受信』しているから起こる現象なんですよ。それを人が人の手で少しずつ変えていくのです、あああ素晴らしいですよね!!本来のものよりも良くなるんですよ人間を通すと!!すべてが『芸術』なんですよ、分かりますかわかりますよね?!!私は沢山の情報をここから伝達しているのですが、途中までは良いのに『最悪の結末』を迎えるものも多くてですねぇ、私は基本的に『ハッピーエンド』が好きなんですよ、ええ。ああこれ駄目かなって言うモノでも、使える部分だけ『シナリオ』にして人間に流しておけばたちまち良いモノが出来上がるんですよ!!人間凄い!ぶらぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!っていつもなるんですよねぇ。ああ脱線しましたね、今日はもう疲れていていけませんね、あなたの話に戻しましょうか。いえ決してあなたの事を一瞬忘れていたわけではないんですよ?ちょっと今日が激務でしてね、どうでも良くなっているとかはないんですよ??さあさあ貴方は異世界に求めるのは綺麗な『お姫様』との恋ですか?それとも劣情と肉欲溢れる『ハーレム』?『俺強ぇ』や『無双』が体験できる『絶対的』強さ?ああいっそ『性転換』とかもしちゃいます?きっとお似合いですよ!!何がお好みでしょうかね?!!さあさあささああああああどんな『転生ライフ』を送りたいですか?!!」
そういうのお好きでしょう?という圧を全身に全力に感じ、あまりの男の熱量に暫くの間あっけにとられてしまった。
早い、早い!知らない単語が一気に出てきた。まずい、それらがなんだか全く分からない。
言葉の意味を知らない事を気がつかれるのは多分だけれど今は良くない。
思い出すにはもう能力を使うしかなかった。
落ち着いて先程の会話を思いだす…う、今日は能力を使い過ぎていて脳がつぶれそうだ。
思い出しているうちにふと知る言葉がいくつかあったことに気がついた。
昔から耳にはしていたもの、意味は分からないけれどある人物が良く口にしていた言葉だった。あの国には嫌いなものは沢山あったけれど、なかでもとびきり嫌いな人物の顔が頭に浮かぶ。駄目だ、頭が痛すぎる、こんな時に思い出したくもない顔まで思い出してしまったよ。
これはあまり時間をかけられないかもしれない、早めに勝負をかけないといけないな。まずは相手の期待を壊しにいこう。立派な『
さてどんな感じで行こうか、さっきの男と同じ熱量で話せばいいかな。
僕は一度大きく息を吸い込み、一呼吸をおいて満面の笑みを浮かべながら『吟遊詩人』と名乗る神を見据える。
「あの超人気『ゲーム』『魔法王国アルトイオシリーズ』に共通して登場する僕の心の女神様!!『聖悪女』ちゃんのおまたと脇を思う存分ペロペロすはすはクンカクンカはぁはぁしたいです!!出来ればあの素晴らしいおみ足で僕の股間をグリグリしながら『お前は使えない豚ですね。』なんてあのクールで冷めた目で言われて責められたいです!!!そういうのお願いできますか?!ああ後『本シリーズ』よりも『派生』の『乙女ゲーム』の世界の方に行きたいです!そうすれば『聖悪女』になる前のあの子に会えるし、かなりやり込んでいるから『攻略』も可能だし!!『お姫様』は食い飽きたし『ハーレム』とか量産型の女なんかももうお腹いっぱいなんでそれでよろしくお願いします!!!」
男が見事に真顔になった。
一気に空気が変わる、男の細い目には落胆の色が色濃く写っている。
この瞬間にどうやら僕はめでたく『
あはは、わかるよ、自分で言っていてもどうかと思うもの。
あの人が酒に酔うたびにうわ言の様につぶやくから能力なんてなくても覚えちゃったんだよね。
意味がいつもわからなくてこの人頭は大丈夫かなって思っていたからさ。
その後は決まって「なんで『俺強ぇ』を選んでしまったんだ」なんて事もいってたっけ。
でもこれで意味が通じたのならよかった。
死ぬほど嫌い、どころか僕自身が殺してやりたかったのに叶わなかった人物に少しだけ、ほんの少しだけ感謝した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます