第18話

そうだな、今はまだ伝えることは出来ないかもしれないけど、いつか必ずその時が来たら伝えよう。俺はそう心に決めると止まっていた足を動かす。そして人混みをかき分けるようにしながら前へと進む。しかし、歩いても歩いても二人に追いつくことはできない。人がかなり多く流れを作っているためうまく二人のもとへ向かうことが出来ないのだ。俺は二人に合流するのは諦め周囲にいるはずの神崎さんの姿を探す。しかしその姿を見つけることは叶わなかった。これはあれだ、うん、迷子だ。高校二年生にまでなってまさか迷子になるだなんて。俺はとりあえず人混みの少ない方へと流れに逆らうように歩き続けやや広めの道路へと着いた。


「これからどうしようか、とりあえず現在地の把握がしたいがこの辺りに何か目印になりそうなモノはないのか?」


俺は道路沿いを坂の上の方へと歩きながら周囲を見渡す。しかしなかなか目印になりそうなものはなく、どんどん屋台があった場所からは離れて行ってしまい、結局坂の頂上に着いてしまった。そこには大きめの公園があり、坂の途中にはあまり人がいなかったにも関わらずぽつぽつと公園の中に人がいるのがわかった。まるで何かを待っているかのように皆が同じ方向を向いており、俺はその人たちを背に取り敢えず皆んなと合流するため長谷部さんに電話をかけてみる。


「あ、もしもし」


俺が長谷部さんに電話をかけるとなぜかスマホからとは別に後ろの方から声が聞こえた。振り返って確認してみるとそこには長谷部さんが遠くの空を眺めながらスマホを持っていた。どうやら長谷部さんもここに行き着いたらしく俺は運がいい。俺はそのまま電話を切ると長谷部さんは不思議そうに切られたスマホを見ながら首を傾げる。そんな長谷部さんに後から近づくと肩を叩いてみる。いきなり触られて驚いたのか長谷部さんは「キャッ」と体をびくつかせると凄まじい勢いで首を回し後ろを振り向く。そして俺の姿を確認すると嬉しそうに名前を呼ぶ。


「どうしてここにいるの?」


俺が疑問に思っていることを聞くと長谷部さんは俺から目を逸らし、そして先程まで眺めていた夜空を指さす。


「ここからだとねすごく花火がきれいに見えるの。だから毎年花火大会がある時は冬雪とここから見るって決めてるの」


確かにここからならかなり花火が見えそうだ。それに周りには俺たちの他に三、四組くらいしかいないから人混みにのまれて見えないなんてことはなさそうだ。俺は周囲を見渡しながらそう納得する。そして晴花の姿がないことに気づいた。俺が最後に見た時は長谷部さんと一緒にいたはずなのにいったいどこに行ったんだ?


「晴花は一緒じゃなかったの?」


俺が疑問に思ったことを口にすると長谷部さんは少し気まずそうな顔で応える。


「あー、実は晴花ちゃんとはぐれちゃったんだよね。でも大丈夫だよ!さっき冬雪から晴花ちゃんと合流して今こっちに向かってるって連絡あったから!」


神崎さんと一緒なら問題ないか。俺は長谷部さんの隣に立つと一緒に夜空を眺める。それからしばらく二人の間に沈黙の時間が続いた。夜空には多くはないが星がちらほらと輝いているのが見える。都内だと星なんてほとんど見えないため少しの星でも何だか感情に浸ってしまう。

そんな時間がどれくらい続いたのだろうか、俺たちがただ黙って星空を眺めていると下の方から「ヒュー」と音を立てて明るい柱のようなものが上がってくる。そして十分な高さまで上と大きな音を立てながら夜空にきれいな火の花を咲かせる。その一つの花火に続くように次々と他の花火も上がっていく。それは最初のように大きなものから、軌跡を描き垂れ下がる枝のようなもの、水面から半円状にして開花するもの、他にいろんな種類の花火がその花を咲かせそして落ちてゆく。俺は比較的こういった祭りごとには参加しない派だったため花火を見て感動するといった人を内心鼻で笑っていたが、今なら少しわかるかもしれない。花火なんて見たところでただ空に大きな音を立てて火薬を飛ばしているだけだ。昔の俺のままだったらきっとこんなこと思わなかっただろうな。俺は確かに変わった。それは長谷部さんと出会ったあのときに、長谷部さんが俺にいろんなモノを見せてくれた、連れて行ってくれた。ただ自分の世界だけで満足していた俺にいろんな楽しいことを教えてくれた。だから伝えなくちゃいけない。俺を変えてくれた人をこれ以上騙し続けることはしてはいけない。


「すごくきれい」


横を見ると彼女の目は輝き空に浮かぶ花火を見つめている。俺はそんな彼女の顔をまじまじと眺める。あー、きっと俺は彼女のことが好きなんだ。今まで何の関係もないただのクラスメイトだった彼女が俺の世界に現れたその時から俺は彼女に魅了されていたんだ。時間が止まってしまえばいいのに、この永遠に感じるほど長いようで刹那のように短い時間俺はただ彼女の横顔だけを眺めていた。やがて花火が終盤に差し掛かり今までで一番大きな音を連続させながら空を包み隠すかのようにその花は満開に咲き誇る。その時彼女が何か言ったような気がしたが花火の音にかき消されて何を言ったのかはわからなかった。彼女はその花火を最後まで見送ると「早く二人を探さなくちゃ」と余韻に浸ることなく俺に告げる。彼女はいつものように俺の手を引っ張ると少し前を歩く。彼女はいつだって俺の前を歩いて道標になってくれる。俺はそんな後ろ姿を眺めながら今までのことを思い出す。そして一度目をつむると覚悟を決め俺は足を止めた。それに驚いたのか彼女は歩いていた足を止めこちらに振り返る。


「言わなくちゃいけないことがあるんだ」


彼女はこちらを向いたままキョトンとした顔で俺を見つめる。今の俺の口調は女声ではあるものの普段女装しているときには絶対に出さない男らしいものになっている。俺は震える拳に力を入れ唇を噛む。


「実は…」





俺がそう言いかけた時どこからかそれを遮るように大きな声で俺たちを呼ぶ声がした。ふとその声がした方向を見てみると晴花と神崎さんがこちらに向かって走ってきているところだった。晴花は少し息を切らしながら俺たちの元まで来ると残念そうな顔をしながら長谷部さんに抱きつく。


「花火終わっちゃいましたよ、せっかく春奈さんと見ようと思ったのに晴花すごくショックです」


そんなことを言う晴花を長谷部さんは優しく頭を撫でる。俺がその光景をポカンと眺めていると後ろから神崎さんが俺の肩に手を置く。そして何も言わずにただ優しく笑うとそのまま二人の元まで行き、楽しそうに会話を始めた。どうやらまだ俺には早かったらしい。何だか肩の疲れが落ちた俺は三人の和の中に入るとその会話にまじる。こうして俺たちの夏休みは楽しい思い出を残し幕を閉じた。





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