第17話
夏の夜空に大きな音が鳴り響く。それは大きな花を連続させているものや軌跡を描きながら枝のように垂れ下がるもの、水面から半円状に開花するもの他にもいろん種類の花火がたくさんの人たちを魅了する。周りにはたくさんの人たち恋人、ないしは家族と一緒にそれを眺めている。もしかしたら俺たちも傍から見れば恋人同士に見えているのかもしれない。それはないか、だって俺は今女装をしてるんだ。きっと女子二人が仲良く花火を眺めているようにしか見えていない。
「すごくきれい」
彼女の目は輝き空に浮かぶ花火を見つめる。俺はその横顔を見ながらただ小さく相槌をいうことしか出来ない。それはまるで永遠に感じるほど長いようで刹那のように短くも感じる。空では今この時も火の花を咲かせ続け彼女を魅了し続ける。しかしこの時間も永遠には続かない。やがて花火は終盤に差し掛かり今までで一番大きい音を立てその花は満開に咲き誇り数多くの人たちをくぎ付けにする。その時彼女の口が動いた気がした。いや違う、彼女の口は確実に何か言葉を発していた。だがその声は俺のもとに来る前に消えてしい何を言ったのかはわからなかった。やがて花火が終わると彼女は「早く二人を探さなくちゃ」と俺の手を引っ張りながら歩きだす。俺はそんな彼女の後ろ姿を眺めながら今までのことを思い出す。俺は彼女と出会ったおかげで楽しい時間をたくさん過ごせた。しかし俺はそんな彼女を今もだまし続けている。いつかは本当のことを言わなくてはいけない。でも本当のことを言えばもうこうやって遊ぶことはできなくなるかもしれない。「いつかは本当のことを言わなくちゃだめだよ」そんなことを言っていた共犯者の言葉を思い出す。そうだ、伝えなくちゃ。俺は覚悟を決めるとその足を止める。それに驚いたのか彼女は歩いていた足を止めこちらに振り向く。
「言わなきゃいけないことがあるんだ」
彼女はこちらを向いたままキョトンとした顔で俺の目を見つめる。
「実は…」
八月二十九日、夏休みもあと残すところ三日となってしまった。夏休みというものは一ヶ月もありながら何故かほかの月よりも短く感じてしまう。本当は一番長い月なはずなのにこれはいったいどういう原理なのだろうか。まさしく夏休みマジックだな。俺はそんなくだらないことを考えながら浴衣へと着替える。今日は港の方で花火大会が開催されるため俺は今そのための準備をしている。時刻はまだ十四時半を過ぎたぐらいで花火があがる時間は十九時とかなり時間はあるが、ぎりぎりに行くと電車が混んでしまう可能性があるため俺たちは十六時に現地集合ということになっている。俺の家からは一時間ほどかかってしまうため時間はあまりない。俺が準備を終え玄関に向かうと晴花はすでに靴を履いて待っていた。
「お兄おそいよ~」
晴花は短パンに半袖一枚とかなり薄着をしておりとても動きやすそうな格好をしている。
「お前浴衣着ないのか?」
「着ないよ、めんどくさいし」
「俺には絶対着てけって行ってなかったか?」
「そりゃお兄は着なきゃだめだよ」
なんなんだこいつは、人には着させといて自分は着ないだなんて。俺はそのめんどくさい作業をして着たんだぞ。それに一人だけ浴衣だなんて正直恥ずかしい。
「なら俺も私服で行く」
俺は階段を上がり自分の部屋に戻ろうとすると晴花が慌ててそれを止める。
「いいからもう着替えてる時間ないし早く行こ」
「でも俺だけ浴衣は恥ずいって」
「大丈夫ちゃんとかわいいから」
「そうか?まあそれなら…」
俺は少し納得はしていないが晴花につられるように家から出され会場へと向かった。
電車の中はまだ花火の時間にはだいぶあるというのにかなり混んでいる。俺たちは満員の電車に五十分ほど揺られ、目的地に到着する。今までこういったイベントごとに縁がなかったため満員電車をなめていた。俺たちが会場に着く頃にはすでに多くの人で溢れかえっているため二人を探すのは一苦労しそうだ。しばらく歩いていると大きい木が生えている場所を見つけた。そこは待ち合わせスポットになっているらしくかなりの人が木の下で誰かを待っていた。そしてそのの中には長谷部さんと神崎さん二人の姿もあり俺たちはその木に向かう。すると長谷部さんがこちらに気づき小走りでかけてくる。神崎さんも長谷部さんが動いたことでこちらに気づきこっちはのんびりと歩いてくる。長谷部さんの姿は白色の浴衣にところどころ花の模様が入っており、手に巾着を握っている。神崎さんはというとひざ上ほどまであるパンツに少しダボっとした私腹を着ている。
「ユナも浴衣着てる~」
近くまで来ると長谷部さんは嬉しそうに俺の全身を眺める。その横では「晴花ちゃんナイス」、「冬雪さんやりましたよ」などという風に話す二人がいる。どうやら俺に浴衣を着せたかったのは神崎さんの方だったらしい。俺たちは全員集まったということでみんなでおしゃべりしながら屋台巡りをすることにした。最初にクレープ屋に向かいそれぞれ俺はイチゴ、長谷部さんはチョコバナナ、神崎さんはブルーベリークリーム、晴花はキャラメルクリームを注文した。その後もたこ焼き屋にりんご飴、ベビーカステラなどいろんな屋台を回った。長谷部さんと晴花が前を歩き、俺と神崎さんはその少し後ろを歩く。俺は前を歩く二人の姿を嬉しそうに見ていると先ほどから無言だった神崎さんが俺に話しかけてくる。
「いつまで女装を隠しておくの?」
神崎さんは真面目な口調でそう訪ねてくる。その顔にはいつもはどこかからかうような顔をしているが今わそれがない。
「いつまでこうやって春奈を騙し続けるの?」
騙すそうだ、俺は長谷部さんのことをずっと騙し続けている。そして神崎さんも俺のために親友である長谷部さんのことを騙し続けている。俺がただ恥ずかしいから、クラスメイトにばれたくないからそんな理由で騙している。いや、そうじゃない。本当は怖いんだ。嫌われるのが怖い、一緒にいられなくなるのが怖い、この楽しい時間を失うのが怖い、恥ずかしいとかクラスメイトにばれたくないとかは言い訳だ。確かにその二つも怖いけれど嫌われることに比べればどおってことない気がする。結局は自分のエゴだ。昔の俺だったらここまで怖がったりしなかったかもしれない。でも知ってしまったんだ、感じてしまったんだ、俺は今この時間が長谷部さんと神崎さんと一緒にいるこの時間こそが俺にとって大切なものなんだ。だからそれを失うのが怖い。もしかしたら長谷部さんはそこまで気にしないかもしれない。というか多分長谷部さんはそんなこと気にする人じゃない。わかってはいる、しかし言い出すには勇気が出ない。もし嫌われたら、もし一緒にいられなくなったら、もし、もし、もし、そんなもしかしたらを考えるたびに身体がすくんでしまう。
俺が俯いて立ち止まっていると神崎さんは強く背中をたたく。
「別に今すぐである必要はないけど、でもいつかは本当のことを言わなくちゃ」
彼女はそう言うと「早くしないと二人を見失ってしまうぞ」と先ほどの真面目な顔とは裏腹に笑顔で先に進む。彼女はそうやっていつでも俺を支えてくれる。そうだ、いつかちゃんと伝えないと。いつか、そういつか必ず…
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