第7話

月曜日の朝、俺はいつものように教室に入ると自分の席で読書を始める。今日も長谷部さんの周りは相変わらず賑わっておりこちらにまでその会話が聞こえてくる。俺はその集団を一瞥すると手元にある本へと視線を戻す。しかしそんな俺に声をかける人物が現れた。彼女は教室に入ってくるなり荷物を自分の席において俺の元まで歩いてくる。俺はその人物を見て言葉が出なかった。なんせ彼女とは学校では一度も話したことがなく昨日までは一切関わりがない人物だったからだ。そう彼女の名前は神崎冬雪、俺が女装してることを知っている三人目の人物だ。


「青葉君おはよ~」


その何の気なしの挨拶に俺は身が縮む思いがする。神崎さんが俺と話しているのが珍しかったのかさっきまで盛り上がっていたグループもそうでないグループも俺たちのことを探るように観察している。周りの女子たちからは「珍しい組み合わせだね」などといった面白そうなものを見る目で見られ、男子たちからは「なんであいつが神崎さんと仲良さそうにしてんだよ」といった不満そうな声がきこえてくる。俺はどうしたらこれが仲良さそうに見えるんだよと内心で愚痴りながら俺も挨拶を返す。


「おはよ、神崎さん。俺に何か用事でもあったのかな?」


その言葉には早くどっか行けよという思いが込められていたが神崎さんは気づかなかったのか俺の顔をまじまじと見つめてくる。


「あの、俺の顔何かついてますかね?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど…なんていうか…」


神崎さんはそこまで言うと俺の耳元にまで顔を近づけて小声で囁く。


「ほんとに昨日と同じ人なの?」


神崎さんの顔が近くにあるせいかなんだか少しだけ甘くて女子特有のいい匂いがする。


(俺は今何を聞かれたんだ?顔が近すぎて頭が回らない。これが本物の女子の匂いなのか…)


俺は女装するときは必ず女性用の香水を数滴つけているのだがこの匂いはおそらく神崎さん自身の匂いなんだろうか、ものすごくいい匂いでどうにかなってしまいそうだ。


「へ?あ、うんそうかも…」


俺は思考が回らずどんな質問をされたのかわからないままあいまいに答える。するとその姿が面白かったのか神崎さんは、「何その声」と言いながらくすくすと笑い始めた。俺はそんな神崎さんを見て少し顔が熱くなるのを感じる。なんせこんな美人な人が耳元でささやいた後かわいい笑顔で笑うんだ、女性への耐性がない俺ではどうも耐えられそうにない。俺はただその笑顔見つめることしかできなかった。そしてその笑顔を脳裏に焼き付けるのだった。


神崎さんはしばらく笑っていると「また後でね」と一言残して俺のもとを去り長谷部さんのもとへと向かっていく。そこでは「青葉君とどんなこと話してたの?」と聞く長谷部さんに対して「それは内緒」と神崎さんはいたずらに笑い返す。そして先ほどまで長谷部さんのことで盛り上がっていたそのグループは今度は俺と神崎さんの関係についての話題で盛り上がり始めた。そして他のグループたちも俺たちのことについて話し始める。ちなみにその間の俺はホームルーム開始の鐘がなるまでずっと放心状態が続いていた。





その日のお昼俺はいつものように裏庭で一人のご飯を食べていると横から声をかけられた。


「ここ座ってもいい?」


俺は顔を上げ誰が来たのか確認する。いや、確認しなくても誰が来たのかはなんとなくわかる。なんせその声は先ほども俺に声をかけてきたものと似ていたからだ。俺が顔を上げるとそこには弁当を持った神崎さんの姿があった。俺は戸惑いはしたがそれに了承する。


「別にいいですよ。俺もう食べ終わったんで」


俺は腰かけていたベンチから立ち上がろうとすると神崎さんはそれを手で止める。


「なんで逃げるの?少しお話ししようと思っただけなのに」


やっぱりそうだよな。朝の態度といい昨日のことといい俺この人ちょっと怖いんだよな、何考えてるかわからないし。


「それでなんでしたか?」


一応どんな話なのか聞いてみるがおそらくは昨日の女装の件だろうな。


「昨日のことなんだけどさ…」


ですよねー。ここ最近の神崎さんとの接点はそれしかないんだからそりゃ突っ込まれるよな。


「女装、好きなの?」


「…」


「大丈夫!絶対誰にも言わないから。それに協力だってしてあげる!!」


「協力?」


「実はね…」神崎さんはそう言いだすと話を進める。要約すると長谷部さんは俺、ユナのことを気に入ってしまったらしい。それ自体はさほど問題はない、なんせ俺も長谷部さんと遊ぶのは楽しいのだから。問題なのはもうじき夏休みに入るのだがその時にどうやら一緒に海に行きたいということらしい。


「海ですか…」


これは困ってしまった。普通のお出かけならまだしも海に行くってことは水着を着なければいけないということだ。そんなもの着てしまったら俺が男であることは一目瞭然ではないか…。


「え、どうすればいいんですかね…」


俺は助けを求めるような視線で神崎さんのことを見つめる。


「大丈夫、ちゃんとついて行ってあげるしカバーもしてあげるから!!」


確かにそれはありがたい。共犯者がいればばれるリスクだって格段と減る。なのでその申し出はありがたいのだが…。


(神崎さんはどうしてここまでしてくれるんだろうか?それに俺が女装してることを誰にも話していないようだし何が目的なんだ?)


俺は自分が疑問に思ったことを直接神崎さんに聞いてみることにした。


「神崎さんはどうしてそこまでしてくれるんですか?それに俺のじょso…趣味のことだって隠してくれているし…」


「あーそのこと?別にたいした理由はないんだけどねー…しいて言うなら春奈が楽しそうだからかな。春奈は結構社交的な性格だからどんな人とでもすぐに仲良くなっちゃうんだけど、どこか他人とは一線引いているようなところがあるんだよね。だけど、青葉君と一緒にいるときの春奈はすごく楽しそうにしてて、春奈にはそういう仲間をもっと増やしてほしいんだ。だから春奈のために青葉君に協力してあげる。それに青葉君の趣味のことは誰にも言うつもりないよ。だってあそこまで楽しそうにしてる青葉君のことも初めて見たしそれを奪っちゃうのはなんだか申し訳ないし………それに青葉君のことは秘密にしたいから」


最後のほうは声が小さくてうまく聞き取れなかったけど神崎さんはそんなことを考えていたのか。弱みを握られて脅されるんじゃないかってびくびくしていた自分がなんだか少し恥ずかしい。


「そっか、神崎さんって友達思いなんだね」


「ちょ、なにそれ、、意味わかんないし」


神崎さんは赤くなった顔を片手で覆うようにして隠す。その姿はやっぱりかわいい。


「それと、敬語はやめてよ同級生年だしさ。それに冬雪でいいよ。ここまでいろいろ話したのに名字呼びされるのはなんかむずむずずるし、それにこっちも遥ってよぶし」


「えーっと、それはちょっと…」


「なに?なにか文句でもあるの?」


「いや、いきなり女の子を下の名前で呼び捨てはちょっと、恥ずかしいっていうか…」


「君ねぇ、昨日は“春奈”って呼び捨てしてたじゃない」


「あれはユナの姿だからできたのであってこの姿のときはちょっと…」


「はぁ、じゃあわかったよ。ユナの姿でいるときは冬雪ってよんで。ちなみにこっちは学校では遥って呼ぶし、ユナって呼ぶからね」


「まぁそれなら…」


その後も俺たちは昼休憩が終わるまでひたすら話し始めた。どうして女装を始めたのかとか、長谷部さんの中学の頃はどんなことがあったのかとか、神崎さんが昨日のどんな思いで過ごしていたのかとか、いろんな話をしているうちに俺は神崎さんと少し仲良くなった気がした。


こうして俺に初めての女友達兼共犯者ができた。





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