22 専門用語はわかりますか?
そのヒトの圧は類を見ない重さがあった。
ロースラグ王国ドラグニア辺境伯こと、パティエンテたちドラゴンの祖。それとは別種であるが引けを取らない圧力だ。
「騒いで申し訳ありませんでした」
二つの声が揃う。
ひとつはパティエンテ。もう片方は先ほど騒いでいた冒険者の男である。
「病院ではお静かに。診療所でもかわらねぇ常識ですよ」
……はい。さらに身体を縮こま世て返事をする。
土下座をする二人の前に立つヒト。
少々神経質そうな顔つきに小柄、というにはあまりにも小さい1m程度の身長。彼女は小人族だった。
土下座をしている二人と視線はそう変わらない。
が、どこまでも委縮させる重圧を放っていた。
ドラゴンであるパティエンテが従わなければ、と感じる程に。
助けを求めようとモナルを見たら顔を逸らされた。
「床が汚れるから早く立つように」
セレンのあんまりな一言によってやっと土下座から解放された。
なれない姿勢に二人とも脚に力が入らない。
「ははは! なんだその小鹿みてぇな脚は」
「あなたこそ赤子のようですよ」
壁に手を付きながら身体を支える。
冒険者に煽られたのできっちりと言い返しておく。ドラゴンとして舐められたら終わりだ。
喧嘩ならいつでも――
「お静かに」
買うワケがない。自分は理性的なドラゴンなのだとパティエンテは自制する。
冒険者がニヤニヤと笑っているが我慢だ我慢。
「特にお前。また腕を折られたいですか? 何度でも治してやりますよ」
「すいませんっした」
ギロリとセレンに睨まれた冒険者はすぐに謝った。
そして素直に謝ったあと、パティエンテを指差して言った。
「でもよ、先生。いくら騒いだからって腕を折るこたねぇだろ。んなら喧嘩両成敗でそこの女もなんとかしてくれよ」
「腕を折ったのは治療行為に決まってんじゃねぇですか」
は? と冒険者が声をあげる。
それもそのはず、診療所の奥から出てきたセレンはパティエンテから冒険者を引き離すと彼の腫れた腕を完全に叩き折ったのだ。
パティエンテと取っ組み合っていた時以上の悲鳴がもちろん出た。
「セレン先生はカウンターヒーラーなんだよ」
補足するようにモナルが口を開く。
「あの……なり手が居なさ過ぎて消えたっていう」
「冒険者はそうかもしれねぇですけど、医療界隈じゃそこそこ居るんですけどね」
カウンターヒーラーとは受けたダメージの後、その倍以上に癒す回復魔導士の総称である。
強力なぶん、一定時間以内のダメージという制約があるので応急処置の現場などで活躍している職業だ。
冒険者の男は腕の骨に罅が入っていた。
その治療行為の為に綺麗さっぱり折ってから治した方がいいと、セレンによって折られたのだ。
「だからセレン先生には血の匂いがこびり付いていたのですね」
普通の医者では考えられない程に濃い血の匂いを纏わりつかせていた理由がわかった。
セレンは暴れる患者を仕留め、癒す力を持った医者なのだ。
クレイグ医院はすぐに治るが悲鳴の絶えない診療所として有名だった。
そんな彼女が頭を悩ませているのが最近のクエズイモ事件である。
「ただでさえ昏倒患者で忙しいのに余計な仕事を」
「だってよ! ここならすぐに治してくれるって聞いたんだ」
「クエズイモの毒は魔法由来なんですよ。で、ここは基本的に外傷専門」
冒険者のパーティは彼以外、クエズイモに当たってしまったのだ。
偶然二日酔いで昼食に参加出来なかった彼だけが難を逃れていた。
「ディリックといったか」
「なんだよクソ役人」
冒険者の男――ディリックがモナルを睨む。
殴られかけた相手だがモナルは涼しい顔をして意に介さない。
「お前に薬を売りつけようとしてきた奴について教えろ」
「あぁ!? 誰が教えるか。知ってんだぞ! お前が同業者潰してカネ貰ってること」
「何処情報だ。それも含めて言え」
「そうやって騙すつも――うわ」
怒鳴るばかりで話にならない様子を見て、パティエンテは長い髪を伸ばしてディリックに巻き付けた。
これなら優しく拘束できる。
「怒りに身を任せてはろくなことになりませんよ。落ち着いて話しましょう」
自戒を込めて言う。
訳の分からない状況にディリックは混乱した。
そして悲鳴を上げようとして、視線がセレンに映りやっと静かになった。
もう大丈夫だろうとパティエンテはディリックを拘束していた髪を解く。
「じゃあ、なんであんたはクエズイモの解毒薬を売らないんだよ。二日間俺の仲間は倒れたままなんだぞ」
ディリックがモナルを睨みつけ、震える声を絞り出す。
怒りを抑えているのだろう。
「薬の数には限りがあるからな。まずはイラメントの住民が先だ」
「冒険者は後回しだって!?」
「はぁ。当たり前だろうが」
抑えていた怒りが爆発するようにディリックは怒鳴る。
だが「何を言っているんだ?」という顔でモナルはため息を付いた。
「冒険者のヒトは落ち着いてください。けれどモナル、何故冒険者は後周しなのですか」
「名ばかりでも一応この街の役人なんだ。税を払っている者を優先するのは当たり前だろう」
冒険者は各国との往来が自由であったり収める税が優遇されているが、非常事態には補償に含まれていない職業だ。
だからディリックがどれだけモナルに食いついたとしても無駄なのだ。
「それを承知の上で冒険者になったんじゃないのか」
「……うぐ」
余談ではあるが、パティエンテはモナルが住民票を仮発行している。
税の管理など出来ないだろうとモナルからの言付けで給金だって税を差し引いたものが渡されていた。
「解毒薬を売りつけてる薬師もいるが高すぎる。よっぽど稼いてる奴しか買えねぇよ」
「最初から言っているだろう。その薬師について教えろ」
「あんたが薬を冒険者まで薬を行き渡らせてないから他の薬師が売り始めたんだろ。
街役人は薬が欲しけりゃ特務官のモナル・バラウルのとこ行けとしか言わねぇし」
ぶつくさとディリックはぼやく。
街役人は、の所でモナルは肩眉をあげた。どうにもならない面倒な仕事を押し付けられたと気が付いたのだ。
「クレーマーの処理を任したな……いや、そんなことはいい。
クエズイモの解毒薬は一部の医療機関にしか出回っていないはずなんだ。原材料が禁足地でしか栽培されてない薬草だからな」
「そもそも一般流通してねぇクエズイモが市場に紛れ込んでるのもおかしな話ですね」
「ああ、アマイモを売ってた商人は何処ぞに消えてかわりに解毒薬を売りつける薬師まで出てきた」
「私も薬師については探してんですけど、解毒薬を飲んだっぽい冒険者はパーティごと街を出てますね。
どうせきな臭い薬師に口止めでもされてんでしょう」
「闇薬師か……なんの為のメディスン法だと思ってるんだ。薬師は国家資格でその辺のヒーラー仕事じゃないんだぞ」
「薬師も国が管理するようになって粗悪な薬害はだいぶ減ってんですがね」
「ったくそいつらもさっさと捕まえないとどんな被害が来るかわからんな……」
モナルとセレン。
二人の応答を右をみて左を見て。交互に見ながら聞く。
(これは私には一切関係のない話ですね!)
そしてパティエンテは見切りをつけた。
「お仕事の話が大変そうなので私は帰りますね」
「お前……まだ居たのか」
「居ましたとも。パンをたくさん買ってきたのでみなさんで食べてください」
「……ありがとう」
すっかり存在を忘れられていたようだ。
だが、モナルの視線がパンに向かったところでパティエンテは満足だった。
小さくお辞儀をしてパティエンテはクレイグ医院を後にする。
専門用語に囲まれてチンプンカンプンな顔をしているディリックを残して。
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