23 それは恩返しですか?

 カリダ亭の自室に帰ろうとクレイグ医院を出て、角を曲がったところで「待って」とパティエンテに声がかけられた。

 聞き覚えのある声だ。


「こんな時間にどうしたのですか、ネクト。子どものヒトは寝る時間ですよ」

「だから隠れて呼んだんだろ」

「確信犯ですか。悪い子ですね」


 ふてくされたようなフードの少年、ネクトはパティエンテの手を引きながら歩く。


「何処に行くのです」


「この辺りはセレンの知り合いも多いし離れるぞ」


「セレン先生はもしや、あなたと暮らしているというヒトですか」


 ネクトが以前、セレンの名を出していたのを思い出した。

 偶然かもしれないが、と思いつつ聞いてみるとやっぱり同一人物だ。


「オレが3歳ぐらいの時だったと思う。父さん、この街に来てから病気で死んじゃったんだけど、セレンはひとりになったオレを拾ってくれたヒトなんだ」


「よいヒトですね」


「ああ。患者とかからビビられまくってるけどセレンは良い人だよ」


 あの一見すると少女――いや子どものようなセレンが、とパティエンテは内心で驚いていた。

 良い人という部分ではなく見た目で。

 小人族は見た目で年齢が分かり辛い種族の代表だった。


 ネクトが幼い頃に流れ着いたイラメントの街。

 冒険者として生活をしていた父は冒険者を相手にする開業医であったセレンと交流があったのだという。

 その縁でネクトとセレンは一緒に暮らすようになったのだとか。


 今では激務のセレンに代わりネクトが家の家事全般を担当しているらしい。


「セレンはあの見た目だろ。オレが小さい時は親子って思われてたんだけど今だと兄妹に間違われるんだよな」


「確かに。それに一緒に住むと雰囲気も似てくるものだといいますしね」


「雰囲気は絶対ない。オレあんな口が悪いオーボーじゃないし」


「いきなり梯子を外してきますね」


 目についた屋台でパティエンテは赤いジュースを二つ買う。

 ひとつをネクトに渡すとぎょっとした顔をされた。

 文字が読めなかったので何のジュースかわからず色だけで選んだのだが、どうやら変わり種だったようだ。


「本当にコレ飲むのかよ」

「綺麗な色でしたので」

「やっぱオレはいいや。あ、とりあえずあそこのベンチに座ろうぜ」


 促された先に腰を下ろした。

 ネクトから返されたものを傍らにおいてまずは一口。


「……これはこれで。果実のジュースかと思えばこれは野菜ジュースでしたか。すっきりとした味ですね」


「マジで言ってる?」


「マジで言っていますよ」


「なぁんだ。ハバネロジュース飲んだ反応が見たかったのにな」


 つまらない、とネクトはぼやく。案外いたずら気質だったようだ。

 とはいえパティエンテには全く意味をなさないものだったのだが。


「なるほど。私の家系は辛味をあまり感じないのです。まったく、ヒトが作る料理を味わえないようで損をした気持ちになります」


「そういうもんか? オレは辛いのが苦手だから羨ましいけどな」


「竜人は辛味を感じるのですね」


「普通はエンテみたいに飲めないって。あれ、冒険者の度胸試しのジュースだし。

 あー、でも鳥系の獣人は平気らしいけど」


 普通のヒトが辛味を感じるというのなら、そのように辛味を感じられるよう身体を作り変えようか。

 そう考えたところでパティエンテは無駄だと気が付いた。

 人体であれば見様見真似で変化出来るが味覚といった主観的なものを真似るのは難しい。


 あくまでもパティエンテは見た目ガワを人間に寄せているだけなのだ。


「そういえば、何故わたくしを呼び止めたのですか?」


「そうだった。あのさ、エンテって強いんだろ」


「そうですね。私は強いと思いますよ。そのへんの冒険者には負けませんとも」


「やっぱり。カリダ亭で暴れてる冒険者をばったばったやっつけたって聞いたんだ!」


 すごい、すごいと目を輝かせるネクトにパティエンテは悪い気がしない。

 褒められると出来て当然のものでも嬉しい。


「怖くなかった?」

「もちろん。むしろ可愛らしいものでしたよ」


 暴れる冒険者が向かってきたとしても軽くあしらえるだけの力があった。

 彼女のしらぬ所でカリダ亭の大型新人として話題になっていたのだとネクトは言う。


「そんなに強いなんて凄い! あのさ、オレに戦い方を教えてくれよ!」


「あ、それは無理ですね」


「えー!」


 とはいえいくら誇らしげに胸を張った所で無理なものはきっぱりと断れるパティエンテだ。


「私の強さは生まれつきなので教えられるものではありません」

「生まれつき?」

「そうですね、熟練の戦士が相手ではどこまで戦えるかわかりません。私は身体能力が強いだけです」


 ドラゴンとしての力を人間の形に変えているだけ。戦いにおいて技術なんてあったものではない。

 パティエンテの強さは全て力業だ。

 むしろ本来の姿竜体の方が技巧のひとつでも見せられるというものだ。


「なので強さについては私はあてになりませんよ。ところで、何故そのような話に? あのいじめっ子を見返したいのですか」


「それもあるけど……そうじゃなくて……」


 もごもごと俯くネクト。パティエンテは少年が続きを話すのを待つ。

 程なくしてネクトは顔を上げた。


「クエズイモの解毒薬を売ってる奴を捕まえたいんだ。悪い奴って絶対ヨージンボーとか雇ってるって!」


「なるほど? ええっと、何故そのような考えに? 街の方には優先して解毒薬が配られていると聞きましたし、あなたには関係がないでしょうに」


「だってさ、運ばれてきた冒険者の世話にかかりきりでセレンはずっと家に帰ってないんだぞ」


 ここ数日、着替えを取りに来る程度しかセレンは家に帰っていないのだとネクトは言う。


「なら、解毒薬を売ってる奴からぶんどったら薬も配れるし」


「まさかの強盗とは」


「オレ知ってるんだ! あいつらって悪い奴らで、非合法に売ってんだろ! なら盗っても大丈夫だって」


 納得出来るような、出来ないような。どう答えたものかとパティエンテは悩む。

 多忙を極めているセレンをゆっくりさせたいというネクトの想いはきっと良いものだ。


 だが――いくら相手が非合法な相手とはいえ強奪するのはまずい。そう考えが及ぶ程度にはパティエンテとて人間社会の仕組みがわかる。


「そのものたちはモナルが追っているそうですから、強奪するのはやはりダメですよ。モナルの獲物をとっては怒られてしまうのでは?」


「モナルさん、怒ったら怖いからな……」


 “モナルに怒られる”はパティエンテが思った以上に威力があった。

 やる気に満ちていたネクトの顔が曇ったのだ。


 あとモナルは街からずいぶんと離れた場所に住んでいるというのに慕われているようだ。

 モナルは孤独では無かったのだと、パティエンテは何故かほっとしていた。

 まだまだ知らないモナルの顔が多くあるのだ。恩返しには必要ないとわかってはいるものの、知りたくなった。


「って、エンテはモナルさんと知り合いなんだな」


 驚くネクトにパティエンテは軽く出会いを説明する。

 助けてくれた相手で、彼に恩を返したいのだと。


「まぁモナルさん、変わった奴を拾ったりするしな」

「誰が変人ですか」

「別にエンテとは言ってないし」


 きっと自分以外にも助けられたものは多くいるのだろう。

 パティエンテは少しだけもやもやとする。

 良いことのはずなのに。


「でもどうするかな……セレンの手伝いをしようにも、邪魔だって摘まみだされたし」


「数に限りがあるとは聞きましたが、解毒薬の入手場所はないのですか?」


「あれ、魔の森のエルフ族が住んでる土地でしか栽培されてない薬草が原料なんだ。

 エルフ族も国に卸す分しか栽培してないから薬屋にも売ってないんだって」


 クエズイモの毒は麻酔の原料。強力な薬なので国が素材から管理している。

 それでいて麻酔から目を覚まさせる為の薬も国の管理下にある。

 何処の国も人間の利となる毒にはそうした管理を徹底しているようでミネルウァ公国も例外ではない。


「……あれ? 魔の森ですか。意外と近いですね」


「十分遠いって。あそこは魔力が多いから、解毒薬の――レウケ草の栽培に適してんだってさ」


「ネクトは博識なのですね」


「そりゃあオレもそのうちセレンの手伝いがしたいって思ってるし? 当然っていうか」


 育て親の役に立とうと励んでいるらしい。

 自分と同じだと共感し、パティエンテはしみじみと頷く。


「セレンの手伝いがネクトの恩返しなのですね」


「違うけど。いや、セレンに感謝はしてるけど手伝いはオレのやりたいことだよ」


 ヒトって難しい。

 せっかく共感できたと思って意気揚々と言ってみたのに違っていた。


(ネクトのは私の伴侶探しと同じ感情なのでしょうか)


 ヒトを知ればモナルの喜ぶこと恩返しが出来るかと考えていたが、まだまだ道のりは長そうだ。


「魔の森にはレウケ草は自生していないのでしょうか」

「えーっと、一応生えてるみたいだけど魔獣が強力すぎて採りに行くのも命がけで大変だったって図鑑に書いてた」


 病気にかかった経験のないパティエンテはネクトが語る解毒薬完成までの歴史に感嘆する。

 なんでも、魔の森ことアルミラ大森林を原産地としてレウケ草は世界に広まったらしい。

 最初の苗木を採り、栽培方法を確立させるまでエルフ族の寿命無くしては出来ない長い歴史があったのだという。


「では、自生しているレウケ草を採りにいきましょうか」

「は?」

「私は明日、仕事が休みなのです。初めての休日は森林浴なんて、とても充実したヒトらしい生活だと思いませんか?」

「え?」


 ドラゴンに森林浴などという文化は無い。

 だが、ロースラグ王国ではわざわざ王都からドラゴンの住む森へ観光に来る人間だって居たのだ。

 ヒトらしい生活を満喫したかったパティエンテにとって森林浴ついでの薬草採取は都合がよかった。


「レウケ草をモナルに渡せばきっと解毒薬を作ってくれます。だってモナルですから!」

「凄い信頼だな……モナルさんなら出来る気はするけど」

「それなら冒険者にも解毒薬がいきわたるでしょうし。セレン先生も、モナルも激務から解放されるというワケです」


 本当に言ってる? という目線を寄越すネクトにパティエンテは胸を張る。


「乗り物はこちらで用意しますので明日の朝から行きましょう。大丈夫ですよ。何があっても守りますから!」

「ぇえ!? ええっと……わかった」


 堂々と言い切る姿にネクトは思わず頷いてしまった。

 こうしてヒトらしい過ごし方森林浴の日が決まったのだ。

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