第42話 ダンス

 部屋の扉が開いた瞬間、フラウムは目を開けた。



「眠っているか?」


「起きているわ」


「灯りを点けなさい」


「どこにあるのかしら?」



 フラウムはカウチから起き上がると、シュワルツの動きを見ていた。


 壁にスイッチがあるようだ。



「ここは電気が通っているのね」


「テールの都は、近代化が進んでいる。庶民の家以外は、電気が通っている。今は、庶民の家も電気を通そうとしている所だ」


「すごいわね」



 電気は、プラネット侯爵の家の部屋にもあったが、まだ慣れていなくて、暗くなると、眠くなっていた。その代わりに早起きなのだ。



「キールの村ではオイルランプのオイルが買えずに、暗くなったら眠るようにしていたから、夜は苦手なの」


「健康的な生活だったな」



 シュワルツは村の生活を思い出して、微笑む。



「夕食の時間だ。食べられるか?」


「はい」



 起き上がって、ブランケットを畳んで、体の中に片付けてしまうと、シュワルツが不思議な顔をした。



「どこに隠した?」


「体の中に隠したのよ」


「体の中だと?」


「アイテムボックスの装着をしてみたの。本に載っていたから。わたくしの荷物は、そこに入っているのよ」


「摩訶不思議だ」


「こんなわたくしを嫌いになってしまった?」


「いや、魔力が高いスキルを手に入れたのだろう?」


「家を飛び出す事がなければ、装着するつもりはなかったけれど、どうしても荷物を運び出す必要ができたから装着したの」


「見た目は変わらないな」


「ええ」


「重くないのか?」


「重くないわ」


「便利だ」



 シュワルツはフラウムを抱き上げた。



「うん、重さは同じだ」


「シュワルツ、恥ずかしいわ」


「いいではないか。この広い宮廷にいるのは、従者と私たちだけだ」


「シュワルツは、いつも一人だったの?」


「従者はいたがな」


「シュワルツは、寂しくないの?」


「もう慣れたな。だが、フラウムのぬくもりを知ったら寂しくなった」


「シュワルツ」



 シュワルツは、フラウムを抱き上げたまま廊下を歩いて行く。



「ダイニングは一階だ。毎食、一緒に食べよう」


「はい」


「もっと甘えろ。誰もおらん」



 フラウムはシュワルツにしがみつく。



「それでいい」


「フラウムは、出会った頃と少しも変わっていない。皆、どうして数値で決めてしまうのか?全く、くだらない。全て数値で見るから兄も私を襲ったりしたのだ。跡取りは、まあ仕方ないと思うが。私は第一皇子の兄に可愛がられておるが、兄は魔力は殆どない。それでも、兵を引き、戦うこともできる。私とフラウムを救ってくれたのも、兄だ。そこに魔力が必要だと思うか?兄に魔力がなければ、騎士に魔力のある者が着けばなんの問題もないのだ」



 フラウムは頷く。



「今度、お兄様をご紹介ください。お礼をしなくては」


「気楽にすればいい。私の兄弟は、皆、男ばかりだ。結婚した物はおらん。皇太子が結婚するまで、結婚できないなんて、誰が決めた規則だ。皆、私の結婚を待っておる」


「まあ、お兄様も結婚できないのね?」


「早う、結婚してくれと言われておるわ」



 フラウムは微笑む。



「わたくしは一人っ子なので、仲の良い兄弟は羨ましいわ」


「そうか、仲良くしてやってくれ」


「はい」



 扉が開けられて、ダイニングに到着した。



「さあ、食事だ。席が遠いな。近くにしてくれ」



 シュワルツは、隣にフラウムを座らせた。

 

 用意されていた食事が、隣に運ばれてくる。



「さあ、食べよう」


「はい、いただきます」


「ワインは飲めるか?」


「飲んだことはないの」


「では、飲んでみよ」


「では、少しだけだ」



 シュワルツはグラスに、ワインを少し注いでくれた。


 自分のグラスにも注ぐ。



「乾杯だ」



 グラスを持ったシュワルツが、グラスを寄せてきたので、フラウムはグラスを手に取った。


 軽く、グラスが当たると、キンといい音がした。


 シュワルツがワインを飲んだので、フラウムも飲んでみる。



「少し、苦いわ」


「そうか、今度は甘口の物を探しておこう」



 フラウムは料理を食べ始めた。



「美味しい」


「そうか、たくさん、食べなさい」


「はい」



 鶏の丸焼きの香草焼きを支給人が取り分けてくれる。


 二人で食べきれないものは、きっと、後で皆が食べるのだろう。


 パンも焼きたてでふわふわだった。


 祖父の家は祖父母の体を労った健康的な素朴な食事だったが、この宮廷の食事は豪華だった。



「シュワルツ、キールの村では、質素な物しか出せなくてごめんなさい」


「何を言っておる。健康的な食事であった。味も旨かったぞ」


「シュワルツは優しいわ」



 フラウムはゆっくり美味しい食事を味わった。



 +



 食事の後、シュワルツは、フラウムの手を引き、1階の廊下を歩いていた。


 灯りは落とされ、月明かりに照らされている。


 一つの扉の前で足を止めると、シュワルツは扉を開けた。


 扉の中は、眩しいほど明るかった。


 本物のダンスホールだ。



「殿下、お待ちしておりました」


「すまないな。3曲ほど演奏を頼む」


「かしこまりました」



 そこにいるのは、シュワルツの従者の一人だ。


 手にはバイオリンを持っている。



「フラウム、3曲だけダンスを踊ろう」


「はい」



 バイオリンの音が流れ出して、シュワルツは手を取り、ゆっくりダンスを踊る。


 不慣れなフラウムに合わせて、曲もゆっくりだ。



「足を踏んでしまったらごめんなさい」


「いいぞ。フラウムは軽い」

 


 シュワルツのリードは踊りやすかった。



「フラウム、なかなか上手いぞ」


「シュワルツが上手で踊りやすいの」



 2曲目から音楽が普通になった。


 音を聞きながら、体が動く。


 3曲踊り終わったら、シュワルツはフラウムを抱きしめた。


 シュワルツの従者は、ダンスホールから出て行った。



「あと数日だ。この調子なら間に合いそうだ」


「踊れて良かったわ。三年ぶりですもの」


「体が覚えていたのだろう」


「楽しかった」


「私も楽しかった」



 キスを交わし合い、見つめ合って、またキスを交わす。



「部屋に戻ろう」


「はい」



 シュワルツは、フラウムの手を取ると、ダンスホールから出て行った。



「灯りは消さなくていいの?」


「後で、エスペルが消してくれるだろう」


「申し訳ないわ」


「仕事が一つ、二つくらい増えたくらいで、文句は言わん。元々、そう、仕事はない」


「そうなの?従者は主を守るのでしょう?」


「最近はデスクワークが溜まっていて、外出は、今日は久しぶりだった」


「お仕事が溜まっているの?」


「ああ、ここを留守にしていたからね」


「そんな時に、わたくしの事で手を煩わしてしまって、ごめんなさい」


「勝手に騒いでいるだけだ。私は何もしていない」


「うん」



 フラウムは部屋に送り届けてもらった。



「眠る支度をしたら、寝室においで、一緒に眠ろう」


「はい」



 シュワルツは扉を閉めて、行ってしまった。


 部屋の灯りは点っていて、カウチの上にネグリジェとガウンが置かれていた。


 ネグリジェを手に取ると、サラリとしたシルクだと分かる。


 こんな高級なネグリジェなど着たことがない。


 ガウンも同じだった。


 白色で肌が透けそうで恥ずかしい。


 取りあえず、寝る支度をしてしまう。


 ネグリジェとガウンを着ると、電気を消して、内扉からベッドルームに入っていった。


 シュワルツがベッドに座っていた。


 シュワルツもお揃いの白いシルクの寝間着を着ていた。


 ガウンは、畳んだようだ。鏡の前の箪笥の上に置かれていた。


 フラウムもガウンを脱いで、シュワルツのガウンの横に置いた。それから、シュワルツの前に立った。



「一緒に眠るだけだ」



 シュワルツはベッドに入っていった。その横にフラウムも横になる。


 そっと体を包まれ、額に頬にキスが落ちる。それから、唇に何度も唇が重なる。


 舌が絡み合う。



「はぁ」



 呼吸ができずに、喘いで、それ以上もキスが続く。


 フラウムから力が抜ける。



「フラウムを我が物にしたい」



 フラウムは頷いた。


 熱くなったシュワルツの手が、フラウムの体を撫でる。


 ネグリジェの裾から、足を撫でて、太股に触れた瞬間、シュワルツは動きを止めた。



「すまない。まだ婚約式も結婚式も挙げていないのに」


「いいのよ」


「だんだん欲張りになってしまう。今夜は抱きしめて眠りたい」


「わたくしも一緒に眠らせて」




 優しい腕が背中に回って引き寄せられる。


 フラウムは、シュワルツの胸に耳を寄せて、心臓の音を聞いていた。


 激しく、走ったような心音をしている。


 そっとシュワルツの胸に掌を寄せると、落ち着く魔法をかける。すると、心音はゆっくりになってきた。




「眠いな」


「眠りましょう」




 フラウムも目を閉じた。


 シュワルツの心音はフラウムの心音とシンクロしている。


 フラウムは、まだシュワルツに話していないことがある。婚約式までに話さなくてはならない。


 拒絶されたら、気持ち悪いと思われたら、いろんな感情が湧き出して、涙が零れる。




「シュワルツ、愛しているわ」




 眠ったシュワルツにはフラウムの声は聞こえない。



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