第43話 ナターシャ 第六章

 朝食後、フラウムはシュワルツに、「母に会ってくる」と告げた。



「捕まるのではないか?」


「転移ができるようになったの。だから、万が一の時は転移をして戻ってくる」


「分かった。行っておいで」



 シュワルツは不安な顔をしたけれど、最後は許してくれた。


 フラウムは白衣に着替えた。



「診察に行くのか?」


「母と回診に行ってくる」


「綺麗に治るといいな」


「ええ、そうね」



 シュワルツの執務室から、目を閉じて母の動きを探した。



「見つけたわ。行ってくる」



 そう言うと、転移をした。



 +



「お母様。回診に行かれるの?」


「フラウム」




 フラウムは微笑んで、母の隣に並んだ。


 今日の母は、白いワンピースに白衣を着ていた。手には、回診用の黒い鞄を持っている。




「わたくし、神聖魔法を習ってきましたの」


「それで、どこにもいなかったの?」


「ええ」


「荷物も何もかも持ち出して、もう帰ってこないかと思ったの」


「お祖父様のお屋敷には、もう戻れないです」


「どこにいるつもりなの?」


「お祖父様には秘密にしてくださいますか?」


「ええ」


「シュワルツと暮らそうかと思っています」


「そう、彼はいいと言ってくれましたか?」


「はい」




 母は目に涙を貯めていた。




「駆け落ちはしたくはないの。お母様に祝福されて結婚をしたいの」


「ええ、もちろん、祝福します」


「荷物は、自分で持ち歩いています。本にそういう魔法が載っていたの。それで可能になりました」


「持ち歩いて、重くはないの?」


「ええ、魔法ですから」


「お母様のお気に入りのお古のドレスも持って行きましたわ。いただいてもいいですか?」


「あんなお古のドレスではなく、新しく仕立てればいいのに」


「あのドレスがいいのです。お母様が一緒にいるようで、嬉しいのよ」


「フラウム」




 母は、フラウムを抱きしめた。




「弱くて、守ってあげられなくてごめんなさい」


「わたくしこそ、お母様をもっと守って、泣かせたりしないようにしたかったの。ごめんなさい。お母様には、いつも笑顔でいて欲しいの。二度目の人生は、もっと幸せになって欲しいの。お祖父様の元で幸せになれますか?」


「親孝行のやり直しをしたいと思っているの」


「分かりました」



 母の決意を聞いて、フラウムは安心した。



「わたくしは、いつもお母様を見ていますわ」


「ありがとう」


「それで、ナターシャはその後、どうなりましたか?」


「わたくしでは、完治などできません。なので、皮膚を柔らかくしています」


「昨日、お母様の声を聞いたのです。なので、今日は一緒に回診に行こうと思いましたの」


「声が聞こえるの?」


「新しく取得した神聖魔法です。もうブレスレットは必要なくなりました」



 母は、フラウムの手首を見た。



 そこには、緋色のブレスレットはなくなっていた。



「今日、完治させましょう」


「フラウムの手術を見せてもらいますね」


「はい」



 ナターシャの家の前に着いて、母は扉をノックした。



「おはようございます。どうぞお入りください」



 メイドが頭を下げる。


 母とフラウムは、頭を下げて家の中に入った。


 階段を上がって、ナターシャの部屋の扉をノックすると、ナターシャの母が開けてくれた。



「おはよう。あら、フラウム。戻ったの?」


「おはようございます。完治させるために戻りました」



 ナターシャがベッドに座って、期待の眼差しをフラウムに向けている。



「フラウム。あなたが無限大だなんて知らずに、文句ばかり言ってごめんなさい」


「もう、いいわよ。治療をするわ。口を閉じてくださる?」


「はい」



 母はナターシャの包帯を取る。



「座ったままでいいわ。その代わり目を閉じて動かないでね」


「はい」



 フラウムは、ナターシャに手を翳した。


 それだけで、眩しいほどの光がナターシャを包んだ。


 ナターシャの母親の記憶の扉を開けて、ナターシャの顔を具現化させた。


 光が消えると、フラウムは、ナターシャを呼んだ。



「目を開けて、違和感はないかしら?」


「ないわ」


「叔母様、ナターシャの顔は、こうでしたか?」


「ええ、以前の顔ですわ」


「お母様、終わりました」



 ナターシャは、枕の下から鏡を取り出して、自分の顔を見た。



「治ったわ。フラウム、ありがとう」



 フラウムは微笑んだ。



「これが、新しい術なのね?」


「ええ、わたくしは、まだナターシャの顔をよく覚えていなかったので、叔母様の記憶を頼りにしました」


「新しい術を学びに行ってくれたの?」


「ええ」



 フラウムは肯定した。


 ナターシャの為に、学んだわけではないけれど、以前よりも綺麗に治っていると思える。




「フラウム、本当にありがとう」


「いいえ、今日まで待たせてしまって、ごめんなさい。もう学校に行けますわ」



 フラウムはお辞儀をした。


 それから部屋から出て行こうとした。



「フラウム、待って。一緒に行きましょう」


「はい」



 フラウムは母と一緒に家から出た。



「素晴らしい魔法でした」


「ありがとう。医学はマスターしたと思います。政略結婚はできませんが、治療はできます。力になれそうな事があれば、力になりたい。けれど、一族から出たら、わたくしは要らないと言われるかもしれません。その時は、お母様が呼んでください。どこにいてもお母様の声は聞こえます。必ず、力になります」


「フラウム、逞しくなったわ。とても誇らしいわ」


「お母様にそう言ってもらえて、嬉しいです」


「もう行ってしまうの?」


「お祖父様に見つかったら、捕まってしまいます。和解できればいいのですけれど」


「わたくしから、説得します。もう暫く、待っていて」


「お母様、お願いします。わたくしもお祖父様やお祖母様と仲良くしたいのです」


「フラウム、幸せになって」



 母は抱きしめてくれた。


 名残惜しくて、帰ると言えずに、母の腕の中にいた。



「もう行きなさい。見つかると、面倒だわ」


「はい、お母様、お元気で」



 フラウムは転移の術を使った。


 シュワルツの執務室に到着すると、机に向かっていたシュワルツが視線をあげた。



「ただいま」


「もう終わったのか?」


「ええ、綺麗に治りました」


「それは、良かった」


「お母様とも話ができました。お母様は祝福してくださるそうです。お祖父様を説得してくださると言ってくださいました」


「そうか」



 シュワルツは目を細めて、微笑んだ。



「お仕事の邪魔になってしまうので、お部屋にいますね」


「そこのソファーに座っていてもいいのだぞ」


「昨日、買っていただいた物を片付けています」


「体に片付けるなよ。飾り棚があっただろう?」


「はい」



 フラウムは微笑むと、執務室を出て、自分の部屋に戻った。


 カウチに座って、ぼんやりしていた。


 昨日、買ってもらった物はテーブルに積まれているが、今は、それを片付けるべきか悩んでいた。


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