第41話 スピラルの塔

 シュワルツは、フラウムのドレスを引き立てるように、ドレスシャツに紺の上着を着た。


 フラウムは、ドレスの上から、白いボレロを着た。温かな素材でできているので、コートを着なくても過ごせる。


 一緒に馬車に乗って、街へと出て行く。


 シュワルツの護衛が、十人近くいるが、皇太子の護衛では少ない方だろう。


 塔の前に馬車が止まると、シュワルツがエスコートしてくれる。


 馬車から降りると、周りの目が、シュワルツとフラウムを興味深そうに見ている。


 シュワルツが言っていたように、この街は、貴族と平民が混じり合っている。


 フラウムは、目立たない魔法をかけた。


 すると、人々の視線は、離れていった。



「何かしたのか?」


「目立たない魔法をかけただけよ」


「便利になったな」


「そうね、もう水晶に頼らなくても、頭の中で念じるだけで、大概できると思うわ」


「お祖父さんが知ったら、益々、フラウムを手放さないと言い出しそうだ」


「このことは、秘密だと言ったわ」


「そうだな」



 シュワルツは、フラウムと普通の恋人のように手を繋ぎ、塔の中に入っていった。



「まあ、すごいわ」



 1階は、チョコレート専門店だった。塔の中に入った瞬間に、甘いカカオの香りに包まれた。



「チョコレートは好きか?」


「ええ、大好きよ。でも、ずっと食べてなかったわ」


「では、買っていこう」



 試食販売になっていた。



(探知、毒)



 全てクリアーだった。



 フラウムは、試食販売のチョコをもらう。



「食べられるのか?」



 シュワルツは心底、驚いた顔をした。



「探知をしたの。毒はなかったわ」


「そうか」



 シュワルツも試食販売のチョコをもらった。いろんなお店を回って、気に入ったチョコを、シュワルツが買ってくれる。



 二階は、焼き菓子や生菓子、キャンディーが売っていた。


 綺麗なキャンディーを見つけて、足を止めた。



「可愛い」


「これも買っていこう。焼き菓子はいらんか?」


「欲しいわ」


「どれがいいんだ?種類が多いぞ」



(探知、毒)



 クリアー。



「このエリアにも毒はないわ」


「そうか、フラウムが便利になったな。いつも毒を恐れて、外で作られた物は食べられなかっただろう?」


「そうね、毒は怖いわ」


 試食の焼き菓子を食べて歩く。


 食べ歩きはお行儀が悪いと言われて育ったが、このエリアでは、皆が普通にしている。


 シュワルツは、またフラウムが美味しいと言った物を買ってくれた。


 3階は文房具が売られていた。



「可愛い」



 花の絵が印刷された便箋の前で足を止めると、「どれがいいんだ?」と一緒に見てくれる。



「気に入った物があれば、買えばいい」


「でも、お菓子を買っていただいたわ」


「フラウム、値段を見てごらん。お菓子より安い。安心して強請りなさい」


「では、これを」



 すみれの花の便箋と封筒を選んで、シュワルツに手渡す。お店を見て回って、美しいペンがあった。それはお菓子より高かった。



「このペンは美しいな」


「でも、高いわ」


「これから、フラウムにも仕事をしてもらう。文房具は気に入った物を使うといい。手に持ってごらん。いっぱい書類を書かなくてはならないよ」


「はい」



 シュワルツが、美しいペンを選んで並べてくれる。


 それを一つずつ手に取る。



「赤いのと白いのが持ちやすいわ」


「それでは、それを買っていこう」


「二つも?」


「たぶん、二つでは足りなくなるよ」


「お仕事、忙しいのね」


「そのうち慣れる」


「はい」



 シュワルツはインクも一緒に買ってくれた。


 4階は茶器と紅茶の茶葉が売っていた。


 いい香りがする。


 シュワルツと器を見て歩く。それだけで楽しい。



「気に入った物があれば言いなさい」


「ええ」



 目移りするほど、たくさんのカップが売っている。その中で、目が引く物があった。


 可憐な花が描かれた物だ。金の縁取りが美しい。


 その隣には、色づけされていない、白いカップがあった。


 白いカップに、白い模様が描かれている。


 これも捨てがたい。


 フラウムは迷って、足を止めた。



「ピンクの薔薇が入ったのがいいわ」


「では、それにしよう」


「これはお部屋に置いていいのよね?」


「そうだ、フラウムの部屋に置く物を見に来たのだ」


「白い普通のカップも清潔で素敵よね。お客様をもてなすなら、その方がいいかと思って、でも、個人で飲むなら、可愛いのがいいわ」



 シュワルツが微笑む。



「両方買っていこう」


「そんなに、いいわよ」


「安い物だ」


「そうかしら?」


「ああ」


「でも、わたくしには買えない物よ」


「そこは甘えなさい」



 シュワルツが手を握る。



「それなら、お願いします」


「ああ、いいとも」



 シュワルツは嬉しそうな顔をした。その顔を見るとフラウムも嬉しくなる。


 いい香りのする茶葉を三つも買ってくれた。


 記憶の操作で、最終的に紅茶を飲んだことになっているが、実際は、二人は紅茶を飲んではいない。


 毎日、白湯を飲んでいた。


 なんの味もない。なんの香もない。ただ温かなお水を湧かしただけの物だった。


 紅茶の香りをかぐだけで、贅沢に思えるほど、質素な暮らしをしてきた。


 三つの茶葉の缶には、カップと揃いのような薔薇が描かれている。


 どれも、これも、フラウムには宝物のように見えていた。



 5階から10階は庶民の服や雑貨が売っていた。それでも、フラウムが着ていた安物ではなく、それなりに値段のするお嬢様っぽい物だ。紳士服も見栄えのいい物だ。


 11階は宝石が売っていた。


 手を引かれたが、フラウムは首を振った。



「今、いただいたわ」


「欲のない」



 12階はドレスが売っていた。既製品の物からオーダーメイドの物まである。



「フラウム、気に入った物があれば言ってくれ」


「ええ、でも、今の物で十分よ」



 フラウムにとって、値段を見ただけで、足が竦むのだ。


 フラウムの思考は、貴族の令嬢よりも質素な平民に近い。毎日、食べる物の為に働き、質素倹約してきた身だ。


 まだフラウムのお財布の中には、都で宿を取れるほどの金額は貯まっていない。


 心細いのだ。



 13階は紳士用の正装が並んでいた。


 階段が自動で上がっていく。


 ドレスの裾を気にしながら乗っていく。


 14階は食べ物屋さんが入っている。



「見ていくか?アイスクリーミーというのが、最近の流行らしい」


「お祖母様がおっしゃっていたわ」


「食べてみるか?」



(探知、毒)


 クリアー。



「毒はないみたいね」


「そうそう、毒物が混じっていたら、怖くて誰も食べないであろう」


「でも、不安だもの」



 シュワルツは笑う。



「シュワルツはアイスクリーミーを食べたことはあるの?」


「あるぞ。冷たくて甘いな」


「寒くないかしら?」


「今、寒いのか?」


「温かいわ」


「では、行こうぞ」



 シュワルツはフラウムの手を引く。


 お店には人が並んでいる。


 人気というのは本当のようだ。



「混んでいるわ」


「何がいい?買ってきてもらおう」


「何がお薦めですの?」


「初めてならバニラだろうな」


「それなら、バニラで」



 シュワルツは従者の一人に買いに行かせた。



「フラウム、座ろう」


「はい」



 従者が案内してくれる。


 ソファーと椅子があり、ソファーに案内された。


 このエリアは、平民と貴族の仕切りがあるようだ。


 食べるものは同じだから、同じでも良さそうだけれど、もめ事もあるのかもしれない。


 ドレスを着た貴婦人もいるし、カップルでいる恋人達もいる。


 暫く待っていると、白い物が入ったガラスの器が運ばれてきた。


 スプーンですくって口の中に入れると、甘い物が口の中で溶けた。



「美味しい」


「美味しいって顔をしているな」


「ほっぺが落ちてしまいそうね」


「そんなに美味しいか?」



 シュワルツもアイスクリーミーを口に運ぶ。


 少しずつ食べていたら、アイスクリーミーが溶けてきた。



「早く食べてしまわないと、溶けてしまう」


「そうなのね」



 シュワルツはもう食べ終えている。


 フラウムもスプーンに掬う量を増やした。


 食べ終えると、シュワルツの従者が片付けてくれる。



「あと一階あるんだ。行こう」


「高いのね」



 シュワルツが手を引いてくれる。


 立ち上がって、あと一階上がると、今度は広い展望台になっていた。



「まあ、素晴らしいわ。景色が綺麗ね。でも、宮廷のテラスと同じようだわ」


「テラスは、私が独り占めしている物だ。ここは国民に提供している。どちらの景色が好きだ?」


「そうね、宮廷のテラスの方が落ち着いて見られるわね。ここは人が多すぎるわ」


「確かに、人が多い」



 展望台を一周したら、人混みで帰りたくなった。



「もう帰りましょう。人が多すぎて、疲れてきたわ」


「では、戻ろうぞ」



 帰りは、箱のような物に乗り込むと、あっという間に一階まで降りていた。



「3年、田舎に住んでいたら、なんだか置いてきぼりになったみたいね」


「3年は、あっという間に過ぎ去っていくが、それなりに長い。良く無事でいたな」



 シュワルツは、フラウムの肩を抱き、優しく微笑む。その微笑みに微笑みで返した。


 労いや、いたわりが込められた微笑みは、フラウムの疲れ果てていた3年間を掬い上げてくれる。


 誰にも理解されなくてもいいと思っていたけれど、今は、シュワルツがフラウムの心を受け止めてくれている。


 それだけでも、シュワルツに対しての愛おしさが増していく。



「大変だったけれど、確かにあっという間だったわ」



 馬車に乗り、シュワルツにもたれかかり、うつらうつらする。


 シュワルツは、起こさずに、僅かな睡眠を与えてくれる。


 その優しさに感謝しながら、宮廷の中に入っていく。


 フラウムは、母と祖父の気配を感じて、目を開けた。



「いるわ。姿を消すわ。先にシュワルツの部屋にいるわね」



 隣にいたフラウムの姿が突然に消えて、シュワルツは辺りを見渡す。



「消えただけか?転移したのか?」



 シュワルツが、馬車の窓を開けると、すぐに、従者が側による。



「フラウムと一緒だったことは秘密だと伝えてくれ」


「はっ」



 従者は馬で、移動していった。


 馬車は、宮廷の入り口で止まった。


 扉が開けられて、シュワルツは一人で降りると、フラウムが言っていたように、テクニテース・プラネット侯爵とアミ・プラネット侯爵が来ていた。



「フラウムの姿を見た者がいたのですが、一緒ではないのか?」


「見ての通りだ」



 シュワルツが馬車を降りると、馬車は行ってしまった。


 フラウムの姿はない。



「既に探したのであろう?ここにはいない。そう追い詰めるな。私の所に戻ってこられないであろう」


「もし、フラウムに会ったら、ナターシャの治療をお願いしたいの。わたくしにはできないの。ナターシャはフラウムがいなくなって、落胆してしまったの。不甲斐ない母でごめんなさい。わたくしは、結婚は反対していませんと伝えてください」


「おまえ、勝手な事を言うな。無限大だぞ。緋色の一族の血をもっと強固な物にすれば、人は助かる。我が一族は人命を守っておる一族だ」


「お父様、もう止めましょう」


「アミ、また裏切るのか?」


「フラウムの魔力検査を受けるまで、フラウムをあんなに可愛がっていたでしょう。数値を知った途端、物のような扱いは酷いわ。あの子は物ではなくて、お父様の孫でしょう」


「孫だが、無限大だ」


「親子喧嘩なら、自宅に戻ってしてください。ここにフラウムはいません。お引き取りください」



 シュワルツは、喧嘩を始めた二人を置き去りにして、宮廷の中に入っていく。


 従者は、よそ者を追い払い、シュワルツの後を追う。


 シュワルツが、自分の執務室に入ると、フラウムがソファーに座っていた。



「心配した。姿を消したのか?」


「転移をしたのよ。お母様は許して下さっていたわ。ナターシャの治療は、お母様はなさらなかったのね」


「ここまで聞こえたのか?」


「ええ」


 シュワルツは、不思議そうな顔をした。


 話すべきだろうかと迷って、頷くことで誤魔化してしまった。


 一緒にいれば、きっと気づくであろう。


 フラウムは神になり、人の気配に敏感になり、遠くの声も聞こえる。



「今は、心を休めよ。疲れておるのだろう?」


「少し、眠ったわ」


「ほんの数分ではないか、倒れてしまうぞ」


「うん、本当に大丈夫よ」



 シュワルツはフラウムの横に座り、フラウムの手を取る。



「食事の時間まで、自室で休むといい。風呂に入っても良い」


「そうね、少し、休んでいようかしら」


「部屋まで送ろう」


「ありがとう」



 フラウムは自室に送ってもらい、装飾品を外してもらった。


 それから、ゆっくりお風呂に入った。


 侍女は断った。


 今は一人で考えたかった。


 母とは仲直りをしたい。


 できれば、祖父にも認められたい。


 結婚をするなら、祝福してもらいたい。


 母のように駆け落ちをするつもりはない。


 まずは、母と会おうと思った。


 風呂から上がると、母のお古のドレスを着た。


 ゆったりしているので、寛ぐときに楽なのだ。


 顔にクリームを塗り、髪を梳かす。


 新しいドレッサーの前で、髪を乾かす。


 それを終えると、新しいカウチに横になる。ブランケットを取り出して、体にかけると、少し眠ろうと思った。



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