第40話 再会

 シュワルツはお昼を取り、時間を気にしていた。


 そろそろ三日になる。


 フラウムはどのように戻ってくるのか?


 レースは来ない。


 仕事に集中できずに、フラウムと婚約するために用意した紅玉の指輪を引き出しから出した。


 美しく輝いている。


 輝く表面を撫でていると、不意に隣にフラウムが立った。


 ビックリしたが、シュワルツは、フラウムを抱きしめた。



「どこに隠れていた?この部屋には誰も入ってこないはずだぞ」


「天上で、神聖魔法を学んでいたの。もうブレスレットは要らないわ」



 フラウムは腕から、ブレスレットを外して、体の中に片付けた。



「神の力を手に入れてきたの」


「なんだと?神になったのか?」


「ええ」



 フラウムは不安を抱きながらも、明るく言葉を紡ぐ。


 シュワルツが、どんな言葉を返してくるのか、ドキドキして聞いている。



「こんなわたくしは、嫌いになってしまった?」


「心配して、待っておった」


「信じて、待っていてくれてありがとう」


「当たり前だ。フラウムは、きちんとレースを送って、伝言を頼んでくれた」



 そっと唇と唇が触れあう。


 普段と変わらないシュワルツの口調と態度に、フラウムは安心した。



「ここにお祖父様達が来なかった?」


「来たぞ、宮廷の中を魔術で捜査していきおった。かなり不敬な真似をしていったが、堪えたぞ。翌日も来たな。だが、今日はまだ来ていない」


「来ても大丈夫よ。わたくし、気配を消すことができるもの。暫く、ここにいたのは気づいていた?」


「いや、気づかなかったな」


「この紅玉は誰に渡すの?」


「フラウムに決まっておるだろう」


「今、いただいてもいいですか?」


「もちろん、いいとも」



 シュワルツは、紅玉の指輪をケースから出して、フラウムの指に入れた。



「綺麗ね」


「そうであろう。まだあるぞ」


 シュワルツは机の引き出しを開けると、あと二つ、ケースを出した。


 一つを開けると、ブレスレットだった。



「魔道具をはめるなら、要らないかと思ったが、正装をするときは美しかろう」



 シュワルツは繊細なブレスレットを出して、腕につけてくれる。



「綺麗ね。こんな美しいブレスレットは初めてよ。いつも水晶魔法のブレスレットでしたもの」


「普段使いにすればいい」


「勿体ないわ」


「使わない方が勿体ないであろう。あと一つは、ネックレスだ」


 ケースを開けると、揃いのネックレスが出てきた。



「わたくし、ずっと白衣を着ているの。ドレスに着替えましょうか?」


「持っておるのか?」


「ええ、体の中に片付けているの」


「摩訶不思議な」



 シュワルツは、明るく笑う。


 巫山戯ていると思っているような顔だ。


 フラウムは胸に手を当てると、紅玉を引き立てるような光沢のある白いドレスを出した。


 シュワルツは、ほうと驚きの声を出したが、手品でも見ているような顔をしている。



「お部屋を借りてもいいかしら?」


「隣で着替えてくるがいい」



 シュワルツは扉を開けた。シュワルツの寝室だ。


 その部屋に入って、フラウムはクリーン魔法で体を綺麗にしてから着替えた。


 扉を開けて、執務室に出ると、シュワルツは待っていた。



「後ろを向いてくれるか?」


「はい」



 シュワルツは、フラウムの髪を器用に避けながら、ネックレスをはめてくれた。



「ついでに、髪留めもお願いします」

 


 手に持っていた櫛と髪留めを渡すと、シュワルツは当然のように受け取り、髪を梳かして、髪留めをつけてくれた。



「できたぞ」


「鏡を見せてください」


「ああ、見に行こう。とても似合っている」



 シュワルツは寝室の中に一緒に入ると、鏡の前に立った。



「とても綺麗」



 手鏡を取り出すと、それを使い、髪留めも確認する。



「これは、婚約の品のつもりだったのだ」


「ありがとうございます。でも、これは、結婚の印にしてもいいですか?」


「もう、結婚してもいいのか?」


「わたくしには、もう行く場所がありません。ここを追い出されたら、キールの村でまた薬を作って春まで待ち、その後は、医師として各地を回りましょうか?」


「フラウムに、もうそんな暮らしはさせない。私と結婚してくれ」


「いいの?」


「その言葉をどれほど待っていたか」



 シュワルツの手が、フラウムを抱き寄せた。


 二人で抱きしめあった。



 +



「フラウムの部屋ができあがったのだ。見に行くか?」


「わたくしの部屋なの?」


「急いで作らせた」



 シュワルツの手が、フラウムの手を握っている。



「そういえば、皇妃様はいないの?」


「父君とソレイユに戻っておる。パーティーの一週間前には両親も兄弟達もここに集まってくるであろう。皆を紹介するのが楽しみだ」


「わたくしが神になったことは、シュワルツの胸の中に隠していて欲しいの」


「それが良かろう。欲深く、強請る者も出てくる」


「ありがとう」



 廊下を歩いていて、扉を開けた。

 

 シュワルツの部屋とお揃いの、銀に輝くような白いカーテンが、黄金のタッセルで留められた大きな窓には、レースのカーテンが掛かっている。


 部屋の中にはドレッサーにカウチ、カウチの前にはテーブルが置かれていた。部屋の隅には飾り棚が置かれていた。左側に引き出しがあり、右側はガラスでできていた。



「好きなティーカップや置物を置くといい。あと、欲しいものがあれば、すぐに準備をする。それから、こちらに来なさい」



 手を引かれて、開けられたのは、お風呂だった。



「お部屋にお風呂があるのね」


「フラウムはお風呂が好きだろう?」


「ええ、かけ湯ではなくて、湯船があるのね。嬉しいわ」


「そうであろう。次は、こちらだ」


 そう言うと、いったん部屋に戻って、お風呂の隣にある扉を開けた。


「こちらは、クロークルームだ。ドレスや洋服を置くといい。広めに作ったから、鏡も置いたが、気に入らなければ、新しい物を用意しよう」


「十分よ。ありがとう」


「側仕えも用意するつもりでいるが、私が選ぶか?それとも一緒に選ぶか?」


「では、一緒に選びます。でも、わたくし、今まで一人で暮らしてきたので、側仕えは要らないかもしれません」


「それはいかん。話し相手にもなる。帝国の妃に側仕えがいないとは、示しが付かないであろう」


「そうなの?」


「まあ、おいおいでよかろう」



 手を引かれて、部屋に戻ると、もう一つの扉を開けた。



「あら?」


「私の寝室と繋がっておる。ベッドは大きめな物に替えた。一緒に寝られるぞ」



 フラウムは微笑んだ。



「今夜から、温かだわね。わたくし、三日も寝ていなくて。今夜は早めに休むわ」


「三日も寝ていないのか?」


「ずっと神聖魔法の勉強をしていたの」


「今から休むか?」


「今は眠くないわ」



 一緒にフラウムの部屋に戻って、カウチに座る。


 自然にシュワルツの手が、フラウムの手を握る。


 優しい手だ。



「美しいティーセットをスピラルの塔に見に行くか?」


「連れて行ってくれるの?」


「ああ、いいとも」


「これから、行くか?」


「はい」


「では、ここで待っていてくれ。準備をしてくる」


 シュワルツは、フラウムの指先にキスをして、部屋から出て行った。




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