第39話 三日後

 フラウムは無心で本を読んでいた。最後まで読み終えた瞬間、体に異変が起きた。



「あああっ」



 本を机に置き、体も机に預けるように掴まる。


 体の中を熱い物が流れていき、静かに収まった。



「あら、なんだったのかしら?」



 フラウムが立ち上がると、目の前にユラナスが立っていた。



「神聖魔法の世界はどうだった?」


「治癒魔法が主なのね。勉強になったわ。攻撃魔法もあるのね。なんだか、無敵になったような気がするわ」


「そうか」



 ユラナスは、僅かに笑った。



「其方の細胞は神へと変わったのだ」


「細胞が変わったの?神様?細胞が変わったのは嬉しいわ。わたくしは父の細胞など一欠片も欲しいとは思ってはいないのよ。でも、神様にならなくてもいいのよ」


「欲のない人間だな。死は訪れないであろう。力も無限にある」


「シュワルツと一緒に歳を取って行くことは嬉しい事よ」


 フラウムは、勝手に神にされて怒っていた。


「神聖魔法を学びたかったのだろう?学んでも、神に誰もがなれるわけではない。その体に、魔力が宿り、神へと選ばれたのではないか」


「元の体に戻して」


「それはできぬ。わしは神だ。同類と言ったであろう」


「神様だなんて聞いてないわ。ドラゴンと契約したのよ」


「天上に住むドラゴンは、神だ」



 フラウムは、ユラナスの顔をじっと見た。



「一つ、方法があったであろう?」



 フラウムは考える。学んだ事で忘れていることが、あっただろうか?


 あった。



「分かったわ、一人だけ、無死にできるのね?」


「慎重に決めなさい。一生、共に暮らすことになる。相手が裏切れば、其方は一人で過ごすことになる」


「分かったわ」


「約束の三日だ。送っていくか?」


「お願いします」


「では、参ろう」



 ユラナスはフラウムをエスコートしてくれる。



「何か食べていくか?三日何も口にしてなかったであろう」


「そう言われれば、お腹が空いたわ」


「そうであろう」



 ユラナスは、何かをまたぐと、ダイニングルームだった。


 大きなテーブルに食事が並んでいる。


 ユラナスが椅子を引いてくれた。



「ありがとう」



 ユラナスは遠く離れた椅子に座った。


 白い人が給仕をしてくれる。


 お肉をとりわけ、スープやサラダを分けてくれる。



「さあ、食べなさい」


「いただきます」


 

 フラウムはサラダから順に食べていく。サラダもスープもお肉も全て美味しい。



「味は気に入ったか?」


「はい、とても美味しいです」


「一つ、言っておこう。伴侶が心変わりを起こしたら、殺すがいい。情はかけるな」


「どうして?」


「その者は、自分の力で無死になったわけではない。いずれ、自滅していく。その姿が見たければ生かしておくことだ。だが、哀れだぞ」


「ユラナスに伴侶はいないの?」


「裏切った。生かしておったが、ただ自由に長生きしているだけだ。男と逢瀬を繰り返し、終いには、ドラゴンに食べられて終えたぞ。無残に死にゆく姿を見るのは悲しい。万が一、一人になったら、天上に来るがいい。フラウムとなら楽しく過ごせそうだ」


「シュワルツは心変わりなど起こさないわ」


「そうであるといいな」



 食後の紅茶を出されて、それをゆっくり飲む。



「でも、ありがとう。ユラナスが寂しいと思ったときは、お茶に誘ってください。シュワルツと一緒に来るわ」



 ユラナスは、微笑んだ。



「それは楽しみだ。茶を飲んだら、行くか?」


「はい」



 白い人が椅子を引いてくれた。


 お辞儀をすると、白い人もお辞儀をした。


 ここは神の国だから、神に口をきけないのだろう。


 ユラナスが手を引いてくれる。


 宮殿の外に出ると、ユラナスは大きなドラゴンに変わった。


 そっと首を下げてくれる。そこにフラウムは上った。



「では行くぞ。それで、どこに飛ぶ?」


「シュワルツの宮廷にお願いします」


「しっかり掴まっていなさい」


「はい」



 ユラナスは大きく伸びをすると、大きな翼で羽ばたいた。


 天上から、もうシュワルツの宮廷が見える。


 宮廷の陰に降りると、ユラナスは、フラウムを地上に降ろしてくれた。



「では、またな」



 ユラナスの姿は消えた。

 

 フラウムは自分の姿を消した。それから、宮廷の中に入って、シュワルツの執務室に歩いて行った。



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