第34話 魔力検査

 結婚を母に反対されるとは思わなかったフラウムは、ショックだった。


 祖父は朝からご機嫌で、回診が終わったら、学校に来るように言った。


 フラウムは、ずっと無口でいる。



「テリの具合はどうかしら?綺麗な皮膚になっているといいけれど」



 母は機嫌の悪いフラウムに、結婚の話はしない。


 ただ、昨日の術後の経過について話すだけだ。


 いつまでも怒って母との会話を無視するのも馬鹿げている。分かっているけれど、やはり笑って等いられない。



「フラウム、治療の話と結婚の話は別物よ。ドクターなら、きちんと区別なさい」



 とうとう叱られてしまった。


 ため息をひとつして、「早く行きましょう」とさっさと歩いて行く。



「具合など、視てみなければ分からないわ」


「フラウム、母を生き返らせた事を悔やんでいるの?」


「悔やんでいません。けれど、シュワルツとの事を反対されて、悲しかったわ。お母様なら祝福してくださると信じていたんですもの」


「フラウム、ごめんなさい。恋愛結婚は勧められないわ、エリックはすぐに裏切ったのよ。毎夜、メイドと閨を供にして、わたくしのことはほったらかして、愛は冷めるわ」


「お母様は、あの男に最初から騙されていたのよ。恋愛結婚とは違うわ。わたくしはあの男を調べ尽くしたの。お母様の事も。何度も過去に飛んで、慧眼で真実を調べて、お母様よりお母様の事もあの男の事も知っているわ」


「人の心の中を覗き歩くなんて、趣味が悪いわ」


「お母様の死の真実を調べていたのよ。誰が真犯人か、どうしてお母様は死ななければならなかったのか、どうしたら、死を食い止められるか。どれほどわたくしが苦しんだと思っているの?12歳の子が、いきなり母を失ったら、どう思うか?いきなり今日から母と呼びなさいと知らない女を連れてこられたら?信じていた父が、わたくしを屋根裏部屋へ行かせた事も、お母様は知らないでしょう?13歳の誕生日は、一人だったわ。食べ物もケーキもなかったのよ。継母に虐められて、義妹に嫌みを言われて、お母様のドレスも宝石も奪われてしまったのよ。わたくしまで命を狙われると思って、ドレスを全て売って、家を出たのよ。子供の一人旅がどれほど大変だったか分かって?宿にも泊まれなくて、野宿をしながら、キールの村まで逃げたのよ。盗賊に襲われそうになった事だってあるわ。どんなに苦労して、この三年生きてきたのか、お母様は分かっていないわ」


「……フラウム」


「そんな中でお母様を取り戻そうと必死になることは、悪い事なの?会いたいと思うことは自然な事ではないの?」


 感情が爆発する。


 母の顔が滲んで見える。


「ごめんなさい。エリックのことはフラウムには関係ないわね。わたくしが騙されていたと、今では分かるわ。生き返らせてくれたフラウムには感謝しているわ。両親とやり直しをさせてもらっている。フラウムに対しても、愛おしさは変わらないわ。ただ幸せになって欲しいだけよ」


「それなら、愛を育んできたシュワルツとの事を反対しないで。お母様を生き返らせる事でも何度も相談して、安全な方法を一緒に探ってくれたのよ。わたくし達の愛情を消さないように気をつけながら。日記もつけていたわ。お母様に読んでもらっても構わない」


「フラウムの気持ちを少しも考えていなかったわ。ごめんなさい。幼い身に苦労をかけてしまったのね。13歳の誕生日も14歳も15歳も16歳の誕生日も祝っていないわね。この世に生き返った事が、死んでいたことが信じられなかったのよ。今、普通に生きていることが自然すぎて、そこに苦労などあったなんて、信じられなかったの」


「こんな事、話すつもりはなかったの。わたくしは、ただお母様に生きていて欲しかっただけですもの」


 感情をぶつけ合って、話しているうちに、テリの家の前まで来た。


 フラウムは扉をノックする。


 使用人が出てきた。



「おはようございます。どうぞお入りください」


「お邪魔します」


「フラウム」


「大丈夫よ。今はドクターよ」



 母と一緒にテリの部屋まで行くと、使用人が扉をノックして、静かに扉を開けた。



「どうぞ」


「おはようございます」母が挨拶した。


「如何ですか?」


 フラウムも声をかけた。


「テリは、何も話してはくれません」


 テリの母親は、疲れた顔をしている。


 家の中は、静かだ。


 テリは目を閉じている。


 起きてはいるようだ。



「テリ、包帯を取りますね?」


「……」



 そっと包帯を取っていく。


 包帯を外した皮膚は、綺麗になっていた。

 左右の肌の温度を確かめて、弾力も確かめた。

 左右差はない。


「痛みはありますか?」


「ないわ」


「叔母様。鏡を」


 鏡はすぐに出てきた。


 テリに鏡を持たせると、テリは自分の顔をじっと見つめて、涙をこぼした。


「良かったわね、テリ」


「先生、ありがとうございます」


「この手術はフラウムがしたのよ」


「フラウムが?」



 テリがフラウムを見る。



「おめでとうございます。上手くいってよかったわ」


「フラウム、ありがとう」


「いいえ、ドクターの仕事をしただけだわ」


 フラウムは包帯を片付けた。


 一礼して、部屋から出て行った。


 母はまだ話をしている。


 フラウムは、家の外で待つことにした。


 テリの弾んだ声が聞こえる。


 ナターシャは再手術を求めるだろうか?


 母に縋ったら、母に委ねよう。


 フラウムは親族のナターシャが苦手だ。


 なにかと対抗意識を持ち、純血ではないフラウムを蔑んでいる。


 フラウムにとって、望んだ父ではない。できることなら、父の血の一滴までなくしてしまいたいのだ。そんな気持ちなど知らずに、無神経な言葉を発するナターシャを好きにはなれない。



「ごめんなさいね。待たせてしまったわね」


「いいえ、次に行きましょう」



 フラウムは黙って歩く。


 フラウムは自分も迂闊だったと今は思う。


 母を取り戻して嬉しかったのだ。全て上手くいき、幸せだった。自分の能力が他人より高い事はなんとなく気づいていた。それを隠すこともしてこなかった。


 魔力測定には興味のない顔をしてきたが、フラウムが自然にできることが、他の生徒ができないと気づいた時にもっと警戒すべきだったのだ。


 母だけが悪いわけでもない。


 祖父が悪いわけでもない。


 医療に興味を持っていたのは嘘ではない。今でも貪欲に学びたいと思う。けれど、結婚は別だ。


 どうしたら、分かってもらえるだろう。


 ナターシャの家の前に立つと、母がノックをした。


 使用人が対応している。


「フラウム、行くわ」


「はい」


「おはようございます」


「おはようございます」


「先生、おはようございます」


「毎日、すみません」



 ナターシャの母は礼儀正しくお辞儀をする。



「肌を柔らかくする魔法、難しくてできません。母の手で練習しているけれど、全然、上手くいかないの」


「そう、難しかった?」


「はい」


「今日は少し朗報なの。ナターシャより酷い火傷を負った女の子がいるのだけれど、昨日、再手術をしたら、今日、綺麗に治っていたの。ナターシャもしてみますか?」


「綺麗になるの?」


「昨日の女の子は、綺麗になったわ」


「やってもらいましょう。ナターシャ」



 ナターシャの母親が、ナターシャをのぞき込む。



「先生がしてくれるの?」


「昨日の女の子は、フラウムが考えた術方でしたのよ」


「フラウムがするのは不安だわ」


「フラウムは手術が上手なのよ」


「先生はしてくれないの?」


「先生より、フラウムの方が魔力が高いのよ」


「魔力は幾つなの?」


「数値は計っていないの」


「嫌よ、そんな不確かなの。フラウムは私と同じ上級者クラスの生徒なのよ?手術ができるなんて信じられないわ。それよりも、アミ先生の方が安心よ。だって、一番、魔術が高いのでしょう?……」


 やはりか……と思って、フラウムはそのまま部屋を出た。


 ナターシャのマシンガントークは続いている。


 皮膚を温めることすらできない。


 今夜、シュワルツの元に行こう。


 階段を降りて、屋敷から出た。


 先に祖父の屋敷に戻り、シュワルツに手紙を書く。


 今夜、シュワルツの元に行きたいと書いた。



「レース」


「フラウム、用か?」


「手紙をシュワルツに届けて欲しいの」


「伝書か」


「嫌なの?」


「オレ様は飛べるぞ。シュワルツの元に行けるぞ」


「今夜、シュワルツの所に連れて行ってもらうわ。そのための手紙よ」


「分かったぜ。届けてくる」


「お願いね」


 パッとレースの姿が消えた。


 フラウムはノートを捲る。


 確か、無限に荷物を運べるアイテムボックスという物があった。


 自分に装着できるらしい。


 それは、装着していなかった。


 呪文だけが書かれている。


 フラウムは呪文を唱える。


 体が熱くなる。


 体が作り替えられていくような気がした。


 荷造りを始める。


 旅行鞄を開けると、机から宝石箱を取り出し、シュワルツからもらった髪飾りを入れた。それから、僅かだが、貯めたお金を取り出し、宝石箱と一緒に旅行鞄に詰めた。


 試しに体に押しつけると、するりと体に入っていった。痛くもなんともない。


 母が用意してくれたという衣装箱を開けた。


 中身は空だった。


 記憶の操作だ。


 下着などが入った引き出しも体に入っていく。



「面白い。どんな理屈?」



 ドレスも本もどんどん入れていくが、体が重くは感じない。


 部屋の持ち物の全てを入れると、部屋がすっきりとした。


 目を閉じると、体のどこに置いたのかが分かる。無限と書いてあったので、入るだけ入るのだろう。本も開かなくても本の中が視える。


 扉がノックされた。


「フラウム、帰っているの?」


「はい」


 フラウムは自分で扉を開けて、部屋の外に出た。


「勝手に帰って、治療をほっぽり出すなんて、無責任よ」


「でも、ナターシャはわたくしを認めてはいないわ。お母様の手を頼りにしているのよ。わたくしがいる方が、彼女の精神を逆なでするようよ」


「まあ、そう言われてみれば、フラウムが帰った後の方が素直になったわ。でも、治療は、一緒にしているでしょう?」


「お母様は、ナターシャとおしゃべりをして、治療をしていないものね。ナターシャを黙らすことも仕事のうちだと思います。彼女はわたくしの手を必要としていません」


「治してあげないの?」


「お母様がお力をお与えになれば、すみますわ。昨日した手術は、皮膚を増殖した後に、魔力をしっかり当てて、血流を良くしただけですわ。わたくしがしなくても、お母様がすれば治ります」


「分かったわ、わたくしがするわ。学校には行くのでしょう?今日は魔力検査よ」


「調べる必要なんてないと思うわ」


「今日は調べると父も言っていたわ。この家に世話になっているのだから、ちゃんと言うことを聞かなくてはいけないわ」


「分かったわ」


 確かに今は、居候の身だ。


 ある程度は従う必要があるが、結婚は別だ。



 +



 学校の校長室に先生達が大勢集まっている。


 今の時間は授業中のはずなのに。


 校長先生はフラウムの祖父だった。副校長はフラウムのクラスの先生、ナーゲル先生だった。二人は兄弟で本家を継いだのが祖父のようだ。


 机の上に大きな水晶玉が置かれている。


 こんな水晶で、全てを計られるなんて不本意だ。



「フラウム、水晶を両手で翳してごらん」


「たったそれだけ?」


「それだけだ」



 フラウムは両手を開いて、水晶を包むように翳した。



「もういいぞ」



 手を離すと、まず、水晶の色が変わった。


 白く光り輝く色、黒色、赤色、青色、黄色、緑色が綺麗なグラデーションで映っていた。


「おおー」と歓声が上がって、拍手が上がる。


 その後に∞が映った。


 8が横を向いた記号は知っている。


 無限大だ。


 拍手が湧き上がる中、フラウムは「ははは」と笑った。


 その直後、逃げた。


 先生達の手が、伸びてくる。


 その間をくぐり抜けた。



「すぐに捕まえなされ。無限大だ」



 とんでもないことが起きてしまった。


 こんな記号が出てしまったら、ただでは済まない。


 夜まで逃げ切れるか?


 シュワルツに夜に行くと手紙を書いてしまった。


 昼間に行ったら、仕事の邪魔になってしまう。


 校舎から出ると、校舎と校舎を横切り、木の陰に隠れるようにしながら、校舎の陰に身を小さくして隠れた。


 先生達は、校長室のある校舎から出ると、それぞれバラバラに走って行った。


 迷っている時間はなかった。



「ユラナス」



 パッと目の前に純白のドラゴンが現れた。



「キールの村に連れて行って」



「なんだ、村に行きたいだけか?戦争ではないのか?」


「違うわよ。時間がないの、追われているの、早く」


「乗るがいい」



 ユラナスは首を下げてくれた。そこに掴まると、ドラゴンは一度、大きく伸びをして、大きな翼を羽ばたかせた。


 瞬時に校舎が小さくなる。


 シュワルツがいる宮廷も小さくなる。


 近くに来たのに、また遠くなる。


 キールの村まで、ほんの数分で着いてしまった。



「ユラナスありがとう」


「誰に追われておるのだ?」


「家族よ。好きな人がいるのに、結婚を反対されて、政略結婚をさせようとしているのよ。シュワルツに会いたい」


「シュワルツという男の所に連れて行くか?」


「夜に約束しているの。でも、今夜行ったら、連れ戻されてしまうかもしれない」


 もう行く場所はない。


 フラウムはドラゴンにしがみつき、泣いていた。


 大きなはずのドラゴンが縮んだ様な気がして、顔を上げるとドラゴンは、人の形をしていた。



「ユラナスよね?」


「ユラナスだ」


「どうして、人の姿をしているの?」


「擬人化だ」



 ユラナスは銀の長い髪に、皇子のような派手な洋服を着ている。



「ドラゴンの皇子様なの?」


「そうだ、わしは皇子だ」


「わしとか呼ぶから年寄りかと思ったわ」


「フラウムの好きな姿に変わったであろう。涙は止まったな」


「ビックリして……お腹が空いたわ」



 フラウムは座り込んだ。



「店で何か食ったらどうだ?」


「お金を持っていないの」


「仕方ないな、何か食わせてやろう」


「お金を持っているの?」


「そんな物はない」



 フラウムは大きなため息を吐き出した。


 こんな田舎でドレス等売れない。


 ユラナスが、指先を伸ばすと、猪が飛んでくる。


 それを魔法で裁き、火を熾して、焼いた。


 匂いにつられて、人が集まってきた。



「食いたければ、賃金を置いていけ」



 ユラナスは焼けた猪を、綺麗に裁いている。


 フラウムの前に、お肉の塊を置いてくれた。それを手で持って食べた。



「美味しい」


 柔らかいお肉だった。ちょうどいい加減の塩味で味付けされて、さっぱりしている。


 多いかと思ったお肉は、あっという間にフラウムの胃袋に収まった。


 ユラナスは、村人からお金をもらって、お肉を分け与えている。


「お腹は膨れたか?」


「うん、美味しかった。ありがとう、ユラナス」



 クリーン魔法で手や口の周りを洗い流すと、ユラナスが貯まったお金をくれた。



「これだけあれば、暫くは食べられるな?」


「はい、また働きます」


「どんな仕事をするのだ?」


「薬を作ります。医術もしようかしら?そうだ、ユラナスは神聖魔法を知っていますか?」


「知っておる」


「本で学べますか?」


「本はあったかな?」


「どこで、学べますか?」


「わしと天上にくるか?」


「シュワルツに会えなくなる」


「では、三日だ。どうだ?」


「三日で学べるの?」


「時間の流れが違うのでな」


「それなら、連れて行ってください。その前に、レース」


 ポンと姿を現したレースは、いきなり縮み上がる。


「フラウム、なんだ?オレ様を餌にするのか?」


「違うわ、シュワルツに一族に追われているから、三日、姿を消すと言ってくれる?また連絡をすると伝えて。今からドラゴンと天上に行ってくるわ」


「分かったぞ」


 レースはポンと姿を消した。


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