第31話 諦めないで 第四章

 シュワルツは、すぐにお祖父様に手紙を書いて、ダンスのレッスンを指導したいことを書き記したようだ。


 許可はすぐに出た。


 レッスンは週に3回。夕食後の1時間という約束になった。シュワルツに急用ができたときは、お休みになると書かれていたそうだ。


 期日はシュワルツの誕生会のパーティーの前日までだ。


 それから、シュワルツの休暇の日はデートをする事になった。


「よかったわね、フラウム」と母が食事の時に、フラウムに言った。


 フラウムは幸せだった。



「お母様、ありがとうございます。わたくしがお嫁に行っても寂しくはないですか?お母様が寂しく思わなくなるまで、結婚はしないつもりなの」


「あなたって子は。そんなことを言っていると、シュワルツ皇子が寂しがりますよ」


「だって、せっかくお母様を生き返らせたんですもの。寂しい想いなどさせられません」


「そうね、フラウムに二度目の人生をもらったのね。今、学校の先生になって、子供達に魔法を教えているから、楽しいわ。みんな我が子のように可愛いわ」



 母は嬉しそうに、そう言った。


 今が幸せそうで、フラウムは安心したけれど、少し、嫉妬もした。



「わたくしも、お母様に魔法をもっと教わりたいですわ。皮膚を柔らかくする魔法以外にも、教わりたいわ」


「基本の魔法が使えれば、後は応用よ。人それぞれ、魔法も違うのよ」


「お母様の手術を見た時、素晴らしいと思ったのよ」


「それでも、完璧ではないわ。フラウムも分かるでしょう?」



 フラウムは、頷いた。


 素晴らしいと思ったのは本当の事だけれど、術後の肌の調子は、あまり芳しくない。



「あの傷を完璧に治せて、初めて本物の治癒魔術師と言えると思うのよ」


「どんな方法があるのでしょうか?」


「わたくしも、いろいろ考えているのですけれど、思い当たらないのよ」


「さあ、白衣に着替えていらっしゃい。治療に行きますよ」と母は言った。



 フラウムは、返事をすると、ダイニングから自分の部屋に向かう。


 フラウムの部屋は、客間をそのまま使っている。


 記憶操作で作った道筋なので、元々、フラウムの部屋などないのだ。


 シンプルな白い壁に、クリーム色のカーテンに、白いレースのカーテンが品良く掛かっている。ベッドは、お客用のダブルベッドだ。フラウムには大きすぎる。


 クローゼットは小さめの物が置かれている。


 物書き用の机に椅子、後は、コンパクトな化粧台だけだ。


 昨日、戻ってきた旅行鞄から、宝石とお金を取り出して、引き出しにしまった。


 白衣に着替えて、引き出しを空けて、紅玉の髪飾りに触れる。


 きっとシュワルツも、いつも触れていた物だと思う。こんな高価な物は学校には着けてはいけない。簡素なゴムで髪を一つに結んで、そこにリボンを付ける人もいるが、フラウムは、結ったままにしている。


 引き出しを閉めて、心を引き締める。

 

 術者の顔になって、一階に降りると、母もちょうど降りてきた。


 今日の母は、白衣の下に、品のいいネイビーのワンピースを着ている。



「それでは、行きますよ」


「はい」



 これから、ナターシャとテリの顔の治療に行くのだ。


 どうにか、綺麗な肌に戻してあげたい。



 +



「ナターシャ、気分はどう?」


「よくないわ。いつまで、包帯を巻いているの?さっさと治してよ」


「難しい手術をしたのよ。我が儘を言ってはいけません」



 ナターシャの母が、ナターシャを宥める。


 体は回復しているので、ベッドにいるのも退屈なのだろう。



「アミ先生、フラウムに魔法が使えるなら、私も使えるでしょう?同じ上級生ですもの」


「どうかしら?」



 母は、自分の腕を差し出した。



「試してみて、皮膚を柔らかくするのよ」



「分かったわ」



 ナターシャは、水晶に触れて、片手で母の腕に手をかざす。



「出てないわ。イメージは温かくするイメージよ」


「ぐぬぬ。やってるつもりよ」


「それなら、自分の腕に当てて、練習をしましょう。それは、宿題ね」


「はい」


「では、治療をしますね。フラウム、包帯を取ってくれる?」


「はい」



 フラウムは包帯を外す。


 クルクルと外していくと、顔全体が現れる。


 引き攣った肌が表れて、フラウムはあまり患部を見ないように、外した包帯をすぐに片付ける。


 会話は、母に任す。


 ナターシャより年下のフラウムにできて、ナターシャにできない魔法に、ナターシャは嫉妬しているから、刺激をしないように気遣っている。



「ナターシャ、横になって」


「はい、いつ、顔を見られるの?」


「もう少し、綺麗になってからにしましょうね」



 母は優しく言う。



「フラウム、始めるわ」



「はい」



 水晶に触れていた手をかざして、火傷の痕に皮膚を柔らかくするようにあてる。



「自分の顔を見られないほど、酷い火傷なの?」


「そうね、今は、まだあまり綺麗になっていないの。治療を続けていれば、綺麗になってくるわ」


「それはいつ?退屈なの?外に出てはいけないの?」


「日に当たると、よくないの。今は我慢してね」


「我慢ばかりね」


「そうね、魔法の鍛錬と同じよ。ナターシャも皮膚を柔らかくする魔法を練習しましょう」


「分かったわ」


「まずは、自分の腕で練習してね。先生がいいと言うまで顔に当ててはいけません」


「フラウムにできて、私にできないことはないでしょう?」


「フラウムは魔力が高いのよ」


「幾つ?」


「測定はまだしていないの」


「それなら、高いかどうか、分からないわ」


 治療の30分間、ナターシャは話し続けた。



 会話をしている母は、治療に専念できていない。



「ナターシャ、黙っていなさい。先生が治療ができないわ」



 遂に、ナターシャの母親が怒り出した。



「お母様、うるさいわ。私は知りたいことを聞いているのよ」


「それでも、治療中は黙っていなさい。先生が治療に専念できないわ」


「そうね、少し黙っていてくれる?集中しないと、魔法の発動が難しいの」


「だったら、最初にそう言ってよね」



 そうして、ナターシャは枕の下から何かを出した。


 ふと、視線を向けると、鏡を見ていた。



「ナターシャ」



 ナターシャの母の声がする。



「こんな顔で、これからどうするの?ファベルに顔も見せられない。婚約破棄されるの?」



 母は、ナターシャの手から、鏡を奪った。



「毎日、治療しています。最初の頃より、ずっと綺麗になったのよ。治療を続けましょう」


「分かったわ」


 ナターシャは黙って、涙を流していた。


 ナターシャの母もすすり泣いていた。


 ナターシャが黙った後、30分、集中して、母は治療を行った。

 

 手で触れると、皮膚は柔らかくなってきている。



「いい状態よ。フラウムは目元をお願いね」


「はい」


 それから、もう30分治療を行った。


 フラウムは、1時間半、治療をしていた。


 さすがに、疲労を感じる。


 包帯を巻いて、綺麗に留めると、ナターシャがフラウムを睨み付けてきた。



「どうして、フラウムだけ火傷をしなかったの?」


「解剖の途中で強酸性だと気づいたのよ。すぐに結界を張ったのよ」


「お祖母様の予知ではなくて?」


「違うわ」


「お祖母様はフラウムだけ、助けたのね?」


「ナターシャ、それは違うわ。お祖母様は、何もおっしゃっていなかったわ」


「本当かしら?フラウムだけ特別扱いじゃないの?突然、山から帰ってきて、学校ではいきなり上級生ですもの」


「ナターシャ、止めなさい。フラウムは、山で遊んでいたわけじゃないわ。修行をしていたと聞いたわ。ナターシャ以上に努力をしてきたのよ」



 ナターシャの母親が、宥めに入ってくれた。



「次があるから、行くわ」


「アミ、今日はごめんなさい。フラウムもごめんなさい。いつも以上に時間をかけてくれたのに、文句ばかりで」


「いいえ」



 フラウムはお辞儀をした。



「では、行くわ」



 母の後から、フラウムも付いていく。


 外に出たら、ため息が出た。



「フラウム、疲れたでしょう。今日は3クールしたわ」


「疲れましたけど、ナターシャの気持ちを考えれば、3クールじゃ足りないのでしょうね」


「そうね」


「他に治療法があればいいのだけれど」


「神聖魔法が使えれば、綺麗に治るかもしれないですけれど、この国では、誰も使い手はいないのよ」


「神聖魔法の本はありますか?」


「ないわね」


「学校で買ってもらうことも無理ですか?」


「本があるかどうかも分からないわ」


「調べてくださいますか?本があれば、勉強します」


「そうね、少し、本を探してみるわ」


「そうえば、古代魔法の本は見つけました。今、読んでいます」


「まあ、本当にあったのね。今まで誰も見つけられなかったのに」


「わたくしが読んでいるので、その後に読まれますか?」


「そうね、読ませてもらおうかしら」



 テリの家に向かって歩きながら、母と話をする。



「どんな内容かしら?」


「お楽しみの方が、楽しく読めますわ」


「それもそうね」



 母は楽しそうに笑う。


 その笑顔を見ているだけで、胸が熱くなる。



「肌を柔らかくする魔法は、お母様が、時々、頬に当てている魔法を応用したのですか?」


「あら、知っていたの?火傷の治療って訳ではないのよ。この魔法は美顔の魔法なのよ。歳を取ると、肌が硬くなってくるでしょう?化粧乗りが悪くなるのよ。それを改善する為の魔法よ。火傷の引き攣った肌にも効果があるかもしれないと思って試しているのよ」


「多少、効果はあるようですね。肌は柔らかくなっています。引き攣った皮膚を柔らかくするには、もう一度、傷を作って、皮膚を再生させたらどうでしょうか?」


「そうね、その治療方法は賭けね。本人の了承もいるし、治る保証はないもの」



 治る保証もないのに、顔に傷を新たにつける勇気は、やはりない。


 自分がその立場だったら、やはりするかどうか分からない。


 テリの家に着くと、家の中が騒がしい。


 玄関に立つ使用人に声をかけると、使用人は「お嬢様がナイフを持って部屋に閉じこもってしまったのです」と、緊張した声を出した。



「お邪魔をしてもいいかしら?」


「はい、奥様から許可はもらっております。いらっしゃいませ」



 テリの部屋に向かうと、テリの両親と兄妹達が、揃って立っていた。



「遅くなりました。何かありましたか?」



 母の顔を見たご両親は、少しだけホッとした顔をした。



「テリが包帯を外してしまったのです。それで、醜い顔だと言って、ナイフを持って部屋に閉じこもったのですわ」

 


 母親は、悲壮な顔で、そう言った。



「死なせてあげたらいいと思うわ。私なら耐えられない。顔があんなに醜くなってしまって」


「そうよ、婚約者に婚約破棄されるのよ、この先、醜い姿で生きていくのは辛いわ」


「ミト、ハワ、人は顔だけではない」


「お父様には乙女の気持ちは分からないわ」


「そうよ、顔に傷を負った女の子の末路は、婚約破棄されて、死ぬまで魔女として一人で暮らすのよ」



 テリの姉たちだろう。美しいドレスを着て、美しい顔立ちをしている。



「お姉様は、テリが死んでもいいと言うのですか?たかが顔に怪我を負ったくらいで」


「たかがですって?」



 長女なのか、長男を叱った。



「あなたの許嫁がみっともない顔でも並んで歩いていられるの?」


「怪我ならば仕方がないではないか?」


「本気でそう思っているの?私たちは政略結婚ですよ。愛情がないのに、見栄えも悪いなんて、この先、夢も見られないわ」


 部屋の中からは泣き声が聞こえる。


 フラウムは息苦しくなってくる。


 こんな人の心を傷つける喧嘩など、本人の前でするものではない。


 非常識だ。



「意見交換なら、テリのいない場所でお願いします」



 母は、声を低くして、怒った声を出した。



「ほら、おまえ達、こちらに来なさい。後は、先生にお願いしよう」



 ぞろぞろと姉二人と兄達三人が父親に連れられていった。



「テリ、先生が治療に来てくださったのよ。入るわね」


「入らないで」



 涙声がする。



「テリ、今日は治療を止めますか?一日休めば、一日治るのが遅くなるかもしれないけれど、無理強いはしません。テリが決めなさい」


「治療しません。あああっ……」



 母は扉を開けて、部屋の中に入った。その後、テリの母も部屋に入った。


 シーツが赤く染まって、テリの俯いた顔から血が流れていた。



「フラウム、眠らせて」


「はい」



 母親は、テリの手からナイフを奪っている。


 フラウムは深く眠る呪文を唱えた。


 ベッドの上に血濡れたテリが倒れた。


 母は咄嗟に止血したけれど、引き攣った肌にナイフの痕が残っている。



「叔母様、怪我はしていませんか?」


「ええ、間に合わなかったわ」



 テリの母は泣いていた。



「シーツ交換、お願いしましょう。フラウム、使用人にお願いしてきてくれますか?」


「クリーン魔法をしてしまえばいいわ」



 フラウムは、クリーン魔法を行った。


 濡れたばかりの血なら流せる。


 瞬時に真っ新なシーツになって、母は驚いた顔をした。



「お母様、どう処置しましょう。この際、新しい皮膚にしてみましょうか?」


「そうね、このまま切り傷を治すよりは綺麗になると思うわ」


「テリは明日の6時まで寝ています」


「では、始めましょう」


「お母様、試したい術があるのです。引き攣った肌を薄く切り取って、傷を治してから、肌を増殖させます。その後、皮膚を柔らかくして、再生魔法をかけるのは如何ですか?」


「それを試してみましょう。フラウム、してご覧なさい。わたくしは肌を柔らかくしていましょう」


「はい、お願いします」



 フラウムは水晶に触れて、魔力を練る。それから、引き攣った肌を剥いでいく。母が肌を柔らかくしている。切り傷も綺麗に治ってきた。魔力を当てて、皮膚の血流をよくしていく。皮膚がふっくらしてきた。今度は表皮の皮膚を再生していく。鏡の術を使って、左右同じにしていく。肌がふっくらしている。モチモチの柔らかな肌が生まれた。



「お母様、如何ですか?」


「肌の調子もいいわね。鏡の術もできています。明日、様子を見ましょう」



 母が綺麗に包帯を巻いてくれた。


 その間に、テリの体内に溜まった小水等を転移させる。



「再手術をしました。今回の手術が最後のつもりで、処置をしました。ご家族の方には、悲観的になる話はしないようにお願いしますね。わたくしどもは、完治を目指しております。諦めないように励ましてください。明日の6時まで眠ります。起きる時間には、必ず側にいてください。明日の診察は一番に来ます。それまで、顔に触れないようにお願いします。朝起きたら、お食事も召し上がって大丈夫ですので」


「分かりました」



 テリの母親は、深くお辞儀をした。



 母がお辞儀をしたので、フラウムも真似てお辞儀をした。



「では、行きましょう」


「はい」



 テリの家を出ると、母が、ホッと息をついた。



「フラウムがいてくれて助かったわ。テリが顔に傷を付けた時、動揺してしまったの」


「お母様が動揺するんですか?」


「しますよ。娘の母親ですもの。頬から血を流している姿を見て、冷静になれません。それにしても、クリーン魔法ですか?それはフラウムの魔法なのね?血まで流せるなんて素晴らしいわ。どんな理屈なのかしら?」


「別に、普通に清潔にしただけですわ」



 母は不思議そうにしていた。



「クリーン魔法はないんですか?」


「洗い流す魔法ならありますが、血まで流す物ではありませんわ」


「そうなのですか?」



 今度はフラウムが首を傾げる。



「フラウムは自分の独特の術を使っているのね?」


「ほとんど、本で学んだので。師はお母様の本ですもの」


「一度、魔力検査をした方が良さそうね」


「数値を知ったって、何も変わりませんわ」


「そんなことはないのよ。魔力の高い者には、爵位を与えられます。毎月、お給料ももらえるのよ」


「お給料ももらえるのですか?」


「当然よ。緋色の一族はドクターですからね。人の命を救えます」


「お母様、わたくし、内臓の治療の授業を受けたいわ。本でしか習っていないので」


「父に話してみましょう。治療は完璧ですからね」


「ありがとうございます」


 母は懐中時計を白衣のポケットから出すと、「お昼ね」と言った。


 今日の回診は時間がかかった。


 明日の朝、テリの顔が綺麗になっているといいけれど。


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