第2話 フラウムの過去
フラウムは緋色の血の一族だった。
緋色の血の一族は、治癒能力に長けた魔力を持っていた。
フラウムの母は、緋色の一族の侯爵令嬢だった。そして、皇帝の許嫁という立場だった。けれど、母は伯爵家の父と互いに愛し合い、周りの反対を押し切って恋愛結婚をして、フラウムを授かった。
フラウムは恋愛結婚した両親をとても愛していた。
許嫁がいても、自分達の意思で愛し合って、周りを納得させた両親を尊敬していた。
けれど、緋色の一族の血の問題が起きていた。
母が投げ出した皇帝との婚約解消で、一つ約束させられていた事があった。
『娘が生まれたら、皇子の婚約者にすること』
これは、フラウムが生まれる前から皇帝と約束していた事だった。
皇族は緋色の一族の血筋が欲しかったのだ。
その約束通り、フラウムは幼い頃から皇帝が準備した家庭教師によって、お妃教育されてきた。
朝、馬車がやってきて、テールの都にある宮廷の別邸に連れて行かれて、毎日、勉強をしていた。
帝国には皇子は5人いたが、誰とも会った事はない。
許嫁が誰かも決まっていない。
ただ血の婚礼なのだと、幼いフラウムは気づいていた。
両親が羨ましく思う事が、よくあった。
誰かを好きになることとは、どんな気持ちだろうと、妄想することはあった。
父は母を愛していて、母は父を愛している。
ずっとそう思っていた。
ある日、お妃教育から戻ると、母が誰かに毒殺されていた。
その日は、お茶会が開かれていたと言う。
フラウムが母を視た時、母の体に毒特有の印が肌に出ていた。
誰かに毒を盛られたのだと分かった。
お茶と菓子は、我が家のシェフが用意した物だった。
けれど、シェフは人に毒を盛るような人物ではなかった。
毎日、美味しい食事を作り、我が家のために朝から晩までよく働く男性だった。
お茶会で亡くなったのは、母だけだった。
母を狙って殺したのだ。
父は、犯人はシェフだと決めた。そうして、たいした捜査もせずに、シェフは処刑された。
フラウムは納得していなかった。
シェフは最後まで、無実だと言っていた。
証拠も動機もない。
そこに嘘は見られなかった。
母を恨む者は誰だ?
母がいなくなれば得する者は誰だ?
フラウムは考えた。
母を埋葬して、1週間経った時に、父は見知らぬ女性を連れてきた。
「今日から、フラウムの母だ。仲良くするように」
父が連れてきた女は、母とは真逆な容姿をしていた。
淑やかな母だったが、女は派手な化粧をして豊満な胸をして、香水の香りがプンプン強くて、紅い唇が目立っていた。
フラウムは父の顔を凝視した。
母を殺したのは父なのかもしれない。
大恋愛をして、結婚したはずの父には、フラウムより1歳年下の義妹がいた。
「お義姉さま、コルケットと申します」
コルケットは父とよく似ていた。
髪と瞳の色は黒で、フラウムよりもずっと親子に見えた。
大恋愛したのに、父は結婚してすぐから不倫をしていた事になる。
今までの生活は、全てまやかしだったのだ。
恋愛結婚に憧れていたフラウムは、血の婚礼よりも、もっとひどい結婚がある事を知った。
母は、父を信じていた。
愛していたのだ。
その裏切りを見てから、フラウムは父と言葉を交わすことは少なくなった。
「お義姉さま、早くお妃教育に出掛ければいいのに。この屋敷には眠るために帰ってきているのでしょう?ならば、さっさと出て行けばいいのに」
皇妃様の計らいで、フラウムのお妃教育は休みになっていた。
『心、穏やかになるまで休みなさい』
皇妃様は母のように優しかった。
決して嫌いな人ではなかった。
家庭教師は厳しかったけれど、勉強は嫌いではなかった。
知らないことが、明るみに出ることは好奇心が刺激されて、楽しかった。
魔法の練習も自分の未知の魔力が導き出されて、面白かった。
出されるお茶やお菓子も美味しかった。
ダンスの練習も、フラウムに合わせてもらえて、毎日、ゆったりと学んでいった。
「フラウム、そんなに怖い顔をして、婚約破棄されますわよ。この伯爵家はコルケットが継ぎますから、婚約解消になっても戻る家はありませんわ」
義母は、母の装飾品やドレスを全て持って行ってしまった。
「それは、わたくしの母の所有物でしたわ。奪うような事はやめてくださいませ」
「あら、私の夫は、全て私にくださいましたわ。胸が窮屈ですわね。直していただけますか」
「ああ、いいよ、エミリア。もう着る者もいない。好きにしなさい」
「なんですって?」
フラウムは父を睨んだ。
「お父様、お母様を毒殺したのは、お父様なのね?」
「いや、あれは、シェフの仕業だったではないか。フラウム、父を疑うとは許しがたい。罰として屋根裏部屋に移動しなさい」
「お父様!本気ですか?」
「我が娘だが、どこで曲がったか?自分の父親を犯罪者という娘など、毒を盛られるやもしれぬ」
その日から、フラウムの部屋は、屋根裏部屋になり、食事はもらえなくなった。
13歳の誕生日は一人で迎えた。
誰にも祝ってもらえない誕生日は初めてだった。
魔法の師に滅多な事では使ってはいけないと言われていた「慧眼」の魔術を使った。
脳裏に母の最後の姿が浮かぶ。
笑顔の母は、紅茶を飲んだ。
その直後に、カップを落として倒れた。
毒は紅茶に入れられていたのだ。
毒を仕込んだ犯人を知りたかった。
慧眼は魔力をかなり使う。
幼いフラウムには、まだ難しい魔術だった。
冷や汗をかきながら、時間を遡ると、茶器に毒を塗るメイドの姿を見つけた。
そのメイド服を着た女性をフラウムは、知らなかった。
今、この家にいないメイドだった。
犯人はシェフではなかった。
けれど、メイドに指示を出した主犯の者を見つける事はできなかった。
魔力が切れて、それ以上、犯罪を追うことができなくなった。
考えたくはないが、犯人は父かもしれない。
この家にいれば、母のように殺されてしまうかもしれない。
だからといって、皇帝に助けを求めるのも見苦しいと思った。
正式な婚約者さえ提示されていない立場だ。中途半端な約束で縛られているだけに過ぎない。
慧眼で視たことを話しても、子供の戯れ言と笑われて終わるかもしれない。
だったら、誰にも話さない方が安全だ。
全て信じられなくなったフラウムは、身を守るために家出をしたのだ。
お妃教育に通っていたフラウムには、身に余るようなドレスがたくさんあった。それを全て持ち出し、売りに行き資金調達をした。母が買ってくれた宝石はお守りにした。貯めていたお小遣いも、全て持ち出した。
平民の姿になり、歩いて旅を始めた。
何ヶ月もかかってテールの都の外れにある。小さな村に流れ着いて、森で薬草を採り、薬を作って生業にした。
この地区に来た頃は誰も買ってくれなかった薬だったが、流行病が起きた時から、フラウムの薬が売れ出した。
料理は自分で覚えていった。
山小屋は購入した物だ。
お妃教育は確かに役に立った。
戦の時の食料を学んだ事があった。
知識があれば、後は実際に作ってみるだけだった。
フラウムがお妃教育に行かなくなって、3年が経った。
3年のうちに、何度も慧眼を試して、母の死を見た。
犯人の顔はいつの間にか覚えてしまった。
一人で16歳の誕生日を迎えたフラウムは、また「慧眼」を試してみたが、やはりメイドの素性は辿れなかった。
そんな時に、帝国に近い男を拾ってしまった。
皇子ではないようなのでよかったが、フラウムの容姿から緋色の血筋を予想されては困る。
もう3年も経っていれば、フラウムが生きているのかどうかも分からないかもしれない。既に死んだと思われているかもしれない。
どちらにしても、気をつけた方がいいだろう。
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