第1話 あなたは敵?それとも被害者? 第一章


 湯浴みをして、夕食を食べた後、フラウムは寝間着に着替えず、普段着を着ていた。


 見知らぬ男がいる家の中で、薄着な寝間着など着られないから。


 ベッドにもたれて、今日使ったブレスレットに魔力を注ぎ込んでいる。


 水晶が5つ並んだブレスレットの水晶は五芒星の形をとっている。その水晶に魔力を注ぎ込むと、透明な水晶が緋色になっていく。この色はフラウムの瞳の色と同じ色をしている。


 この世界では、魔力の色と瞳の色は同じなのだ。


 精神を集中させるその作業は、フラウムは好きな作業だ。


 まだ目を覚まさないパルマ・クロノスの手首にも水晶のブレスレットをしていた。


 その水晶の色はラピスラズリのような、美しい瑠璃色をしていた。


 パルマのブレスレットは、フラウムの物よりも立派な物だった。


 五芒星の周りに水晶がくるりと一周ある。軽く20個はある。それほど頻繁に魔法を使う仕事なのだろう。


 髪の色はプラチナブロンドで、目を開けたらさぞかし美丈夫だろうと思える。顔立ちもとてもいい。背丈もフラウムのベッドから足が出てしまうほどだ。背も高いのだろう。


 年の頃は20代前半のような気がする。


 いつもは中央都市ソレイユで働いているのかもしれない。それともテールの都だろうか?


 水晶は使われた様子はなく、突然、襲われたような気がする。


 魔力を少しでも練って、魔法を使い戦ったのなら、水晶の中の魔力は減っているはずだが、使った様子は全くない。


 油断をしているときに、突然、襲われたのだろう。


 仲間か、友人か……どちらにしても気持ちのいい物ではない。


 人の裏切りほど、醜く残酷な物はないと、フラウムは思っている。



(あなたは悪い人?それとも可哀想な被害者?)



 フラウムは眠るパルマを見て、心の中で訊いた。そのとき、



「……ん」



 苦しげな声を出して、パルマが目を覚ました。


 フラウムは、パルマをのぞき込んだ。



「お加減はいかがですか?」


「私は、どうしたんだろう?」


「覚えていないのですか?」


「ああ」


「お名前は覚えていますか?」



 パルマは、手で額を押さえた。



「痛みますか?」


「ああ、痛いな」


「崖の上から落ちたようなのです。脇腹に銃で撃たれた怪我もしていました」


「そうなのか?」


「はい、治療はしましたが、しばらくは休んでいてください」


「世話をかけた」


「それでお名前は覚えていらっしゃいますか?」



 パルマは、大きく息を吐くと、首を左右に振った。



「覚えていない」


「記憶がないのですか?」


「ないな」



 フラウムは、じっとパルマの頭を視る。



(傷はない。出血もない。打撲はあるが、それ以外に外傷は擦り傷くらいだ)



「身につけていた洋服は、帝国騎士団の制服で、刺繍でパルマ・クロノスと記名されていました」


「パルマ・クロノス?」


「思い出せませんか?」


「思い出せない」



 パルマは額を押さえて、目を閉じた。


 暫く、フラウムはパルマの様子を見ていたが、嘘を言っているようには見えなかった。



「お食事は召し上がれますか?簡単な物しかありませんが」


「腹は減ったな」


「それでは、食事の用意をいたします。傷の手当てをするために、洋服を脱がせました。よろしかったら、お召し物をどうぞ」



 フラウムは、パルマが眠っている間に、村に行って男の洋服を買ってきたのだ。


 平民の洋服だが、真っ裸よりマシだろう。



「どうぞ、粗末な物ですが」


「助かる」



 フラウムは男に下着と洋服を渡すと、背を向けてキッチンに向かった。


 暖炉で冷めてしまったスープを温めて、パンと鶏の煮物も温めた。


 背後で、衣擦れの音が聞こえている。


 男に目を向けずに、グラスとカトラリーをテーブルに並べると、素早く食器も並べていく。


 着替えたパルマがテーブルのところに来た。


 自力で歩けるようで、安心した。



「いい香りがする」


「簡単な物ですけど」


「ありがたい」



 椅子に座ると、並べられた料理を食べ出した。


 グラスにはお水を入れる。



「美味しい」


「お口にあって、よかったです」


「お嬢さんが、作ったのか?」


「ええ」



 フラウムは、2脚しかない椅子の片方に座ると、食事を食べているパルマを見ていた。


 思った通り、とても魅力的な顔立ちをしていた。


 瑠璃色の瞳は珍しいと言われているが、名家の家柄なのだろうと推測した。


 フラウムが学んだ中で、この瑠璃色の瞳を持つのは、皇帝一家だと知っているが、皇子の中でパルマという名はいない。血の繋がりのある者だと分かっただけだ。


 公爵家の御曹司なのかもしれない。


 フラウムは幼かったので、社交界デビューはしてなかった。なので、貴族の名前や家族構成など、まだ知らなかった。


 勉強でも、これから覚える事だったので、無知である。


 平民の洋服は粗末な物だが、パルマが着ると、それなりに見える。


 洋服は大きすぎず、ちょうどよかった。



「家族に連絡をしたらどうかしら?見知った相手に会えば、記憶は戻るかもしれませんよ」


「家族か……」


「嫌ですか?」


「私は命を狙われたのですよね?でしたら、記憶のない、今、ノコノコ顔を出すのは得策ではないと思うのですが、どうでしょうか?」



 どうでしょうか?と訊かれて、フラウムもそうかもしれないと思ったが、この家は狭い。


 二部屋あるが、一部屋は作業部屋になっている。


 ベッドも一つしかない。


 見知らぬ男と一緒に住む危険もある。


 なんと答えていいかわからない。



「できれば、記憶が戻るまで、お世話になれませんか?」


「この家にはベッドが一つしかないのです」


「お部屋は他にありませんか?」


「作業部屋しかありません」


「それでは、私は作業部屋をお借りしてもいいでしょうか?」


「お布団もありませんよ?」


「それでも、構いません」



 パルマは深く頭を下げた。



「どうか、匿ってもらえないか?」



 母を毒殺されたフラウムにとって、何の罪もない人が殺されるのは辛いことだ。できれば、母の命も救いたかった。


 それがフラウムの未練だ。



「わかりました。でしたら、わたしが作業部屋で眠ります。作業部屋は薬剤の調合室なので、誰も入れないようにしております」


「それでは、貴方に迷惑をかけてしまいます」


「パルマさんを拾ってきたのは、わたしです。ここに住ませるのなら、やはり作業部屋はわたしが使います。あなたがお薬に混ぜ物をするのかわかりませんが、わたしがしている仕事は、人の体を治すための薬の調合ですので。万が一などあってはならないのです」


「ご迷惑をおかけします」



 パルマはまた頭を深く下げた。



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