第4話 かっこいいところ

「鎌倉、カラオケ行かね?今日こそ俺のオハコを……」


 放課後になった瞬間、前のめりで詰め寄ってきた司馬を持っていたノートで遮る。


「悪いが俺はパスだ。と言うか、分かってて誘ってるだろ」


「当たって砕けろって言うだろ?」


「負け戦前提なのね……」


 何故か得意げの司馬に、姫鐘と二人して苦笑する。いつもはこれで引き下がるのだが、なぜか今日はいつも以上に粘ってきた。


「だってそろそろ球技大会だろ?俺と鎌倉はペアなんだから、練習したいんだよ」


「……お前、ほんの十秒で矛盾するんじゃねぇよ」


 だが、確かに球技大会は1週間後に迫っている。普段する運動なんて体育の授業を除けば、登下校と休日の本屋までの移動程度の俺には厳しい状況だ。


「二人は卓球だったわよね、やったことあるの?」


 姫鐘の問いかけに俺は視線を逸らして誤魔化し、司馬は自慢げに「全然!」と親指を立てる。


「まぁ、中学の時に一度だけやったことはあるが……あの時は散々だったからな」


 「コイツと違って」と視線を向けられた当人は楽観的な表情だった。司馬は運動部の経験はないが、大抵のスポーツに順応できるだけの運動神経があり、本番で足を引っ張るのは間違いなく俺の方だった。


「ならやっぱり練習したら?よければ私も付き合うけど」


 姫鐘のありがたい提案を断れる訳がなく、そのまま駅近くの卓球場で練習することになった。


「あぁ、でも図書室には寄って行っていいか?この本返しにいくから」


「お前も好きだなぁ。……それとも、本当はお姫様の方が目的だったりして?」


 ニヤニヤと笑う司馬に「そんなわけないだろ」と一蹴して席を立つ。――まぁ実際その通りだったのでちゃんと誤魔化せたか不安である。

 この本も読み切ったわけではないが、今日まで図書室で居残る約束もあったので一言断っておきたかった。いや、厳密には一方的にアテにされているようなものだが……


 ― z z z ―


「夢ヶ崎、ちょっといいか?」


 案の定、図書室のカウンターで眠っていた夢ヶ崎を起こすと、不思議そうにこちらを見上げてくる。


「あれ、マクラくんどうしたんですか?まだ時間あるはずじゃ……」


 まだ夢の世界から帰って来てないのか、支えてやらないと今にも倒れそうなほどウトウトしている夢ヶ崎に若干の罪悪感を覚えた。


「今日――いや、多分来週まで放課後残れそうにないんだ。友達と球技大会の練習することになったから」


「……」


「だから、当面は一緒に帰れないというか……」


 本当に聞こえているのか怪しかったが、俺からしたらそれどころではなかった。昨今の漫画でも見ないような台詞を口にする羽目になるとは思わず、気恥ずかしくて仕方がなかった。


「……夢ヶ崎?」


「はい、わかりました。練習頑張ってください」


 先ほどと一転して普段の彼女の雰囲気に戻りやさしく微笑む。だがすぐに立ち上がって自分の荷物をまとめ始めた。


「あの、夢ヶ崎……さん?」


「今日はもうカギ閉めちゃいますね。どうせ誰もいませんし」


 そんな個人経営の飲食店が「客が少ないからもう店じまいにする」みたいな感覚で校内の施設を閉めていいのかとまごついていると、そのままカウンター裏手に入っていってしまう。俺はその場で立ち尽くしていると、すぐにひょっこりと顔をのぞかせてきた。


「別に怒ったり拗ねたりしてませんよ。学校行事じゃ仕方ありません」


 普段俺が知っている彼女の悪戯っぽい笑顔を見て、揶揄われていたと気付く。


「私もそんな子供じゃないので」


 彼女はそう言うが、今の表情はまさに無邪気な子供の様だ。いつも通りの彼女を見て俺はどこかホッとした。


「それじゃ、校門までは一緒に帰りましょうか」


「いや、それは……」


 そう言うと夢ヶ崎はまたムッとした表情で訴えてくる。これは何を言っても無駄だと潔く従うことにした。

 図書室のカギを閉め、まだグラウンドから運動部の声出しがこちらまで聞こえてくる。誰かに見つからないかとヒヤヒヤしていたが、夢ヶ崎はまるでお構いなしといった様子だ。


「そう言えば、マクラくんは何で出場するんですか?」


「鎌倉だ。卓球で出るけど、一回しかやったことないんだよな……」


「それじゃあ、当日は応援しに行きますね」


 そこで俺はふと首を傾げる。同じ競技に出るならまだしも、出場者の名簿に夢ヶ崎の名前はなかったはずだ。そもそも他の屋内でやる競技も同じ体育館で練習しているが、そんな中に彼女がいれば一度は眼にしているはずだ。


「夢ヶ崎は何で出るんだ?」


「いえ、私は見学ですよ。運動が苦手……というか体力ないので体育の授業は大体お休みしてるんです」


 俺は夢ヶ崎が答える前に一瞬口を噤んでいた事に気付く。思い返してみれば、男女別とは言えクラス合同の授業でも彼女の姿を見たことはなかった。気まずくなって黙り込んでいると、それに気付いたのか彼女にしては珍しく少し狼狽えていた。


「別に気にしていませんよ。私は寝ている方が好きなので」


 夢ヶ崎はそんな風に笑って誤魔化す。そして俺の少し前に出て、「それに」と続ける。


「鎌倉くんのかっこいいところ、見れるかもしれませんし」


 いつもの悪戯っぽい笑顔とは違う、どこか楽しそうな表情と台詞に俺は思わず頬を紅潮させる。


「おまっ――」


「じゃあ、練習頑張ってくださいね~」


 そう言って夢ヶ崎は走り去ってしまう。一瞬手を伸ばすが、追いかける気になれずにそのまま顔を覆った。数刻立ち尽くした後、校門の方を見ると俺が来るのを待っていた司馬と姫鐘がこちらに手を振っているのに気付いた。


「来た来た。遅いぞ鎌倉ァ~」


「仕方ないわよ、図書室まで結構距離あるんだから……って、鎌倉くん。どうかしたの?」


 姫鐘に聞かれるよりも先になんとか赤くなった顔を戻すように何回か深呼吸する。


「いや、何でもない」


「そういや、お前誰かと一緒にいなかったか?まさか本当にお姫さんと……」


「馬鹿なこと言ってないで、さっさと練習行くぞ」


 食い気味に芝の言葉を遮り、足早に校門を出る。そんな俺を見て二人はポカンとして顔を見合わせる。


「なんか、いやにやる気入ってるような?」


「そうね……」

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夢ヶ崎眠々は微睡みの中で 真菊書人 @937Gpro

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