第3話 友人との日常

 昼休みは放課後の次に読書に没頭できる時間だ。ウチの高校は売店がない代わりに学食のメニューが豪華で大半の生徒はそちらに行くので教室は閑散としている。加えて他人の干渉が少ない窓際の最後列という座席のおかげで、俺は他人に干渉されずに読書に没頭できる。――ただ1人の例外を除いて。


「なに読んでるんだ?」


 椅子に跨ったままこちらに話しかけてきたのは、その例外こと司馬麗次しばれいじ。中学時代からの腐れ縁で、よく俺にダル絡みをしてくる。俺はブックカバーを外して表紙を司馬に見せる。


「ヒロイック・エースの最新刊。昨日発売だったからな」


 そしてブックカバーを付け直してまた読書に戻る。普段漫画は読まないが目の前にいる奴から過剰に勧められて、読んでみたら意外とハマってしまい今ではすっかりこの作品のファンになっている。


「お前単行本勢だから、迂闊にその話出来ないんだよなぁ」


「週刊誌は場所をとるからな」


「いやいや、今は電子版あるから。なんなら俺もスマホで読んでるよ」


「紙じゃないと読んだ気にならない」


 そう切り捨てると司馬は「さいですか」と諦めの言葉を漏らす。


「にしてもお前、今日もそれだけかよ」


 そう言って指差した先のあるのは、俺が既に飲み干したゼリー飲料の容器の残骸だった。


「これなら読みながら食える」


「健全な男子高校生とは思えん食生活だな……」


 実際食が細い自覚はある。だがその代わりに朝食は一汁一菜とるようにしている為か昼はこれで十分なのだ。

 司馬にちょっかいを入れられながら読み進めていると、今度は一人の女子生徒が近づいて声をかけてくる。


「司馬くん、鎌倉くん」


 彼女は姫鐘琴羽ひめがねことは。彼女も中学時代からの付き合いで、司馬とは幼馴染である。


「どうした、姫鐘」


「おっす、メガネ委員ちょ……」


「……」


 司馬が言い終わるよりも先に姫鐘にキッと睨みつけられる。このやり取りもいったい何度目だろうと俺はため息をつく。第一、彼女が眼鏡を掛けていたのは中学の頃の話じゃないか。


「お前ってやっぱ馬鹿だよな?」


「なんでだよ」


 理由は明白だが、当人は全く気づいていないのか抗議してくる。姫鐘は咳払いして俺の読んでる漫画に視線を落とす。


「鎌倉くん。そろそろ午後の授業始まるから、早く準備しなさいね。キミの真面目さに免じてそれを見逃してあげてるけど、一応私は取り締まる立場なんだから」


「どーも、委員長サマ」


 ちょうどページの区切りも良かったので大人しく従って漫画を鞄にしまう。彼女はクラス委員であると同時に風紀委員に所属しているが、友人のよしみでなにかと見逃してもらっている。


「そういや、次の授業なんだっけ?」


「確か……あ、そういえば移動教室じゃないか」


「やっぱり忘れてたのね……」


 そのことを教えに来てくれた姫鐘に感謝と謝罪の意を示し、俺達は足早に教室を出る。すると隣の教室の前で何人かの生徒が集まっているのが目に留まった。最後に出て来た司馬が興味本位でのぞき込む。


「何かあったのか?」


「あぁ、お姫様がお戻りなんだろ」


 俺が言った通り、集まっていた生徒たちの真ん中には夢ヶ崎の姿があった。昼休みが終わってクラスメイトの女子たちと戻ってきたという感じだった。


 「ふぁ……」


 「あれ、眠々ちゃんまだ寝足りなかった?」


 「すみません、委員会の用事で早起きした所為か、まだちょっと眠くて…」


 「眠々ちゃんがおねむなのはいつもでしょ〜」


 「えへへ、そうですね」


 すれ違い際にそんな会話が聞こえてきた。普段彼女と関わることはないが、どうやらいつもあんな感じらしい。


「相変わらずすごい人気だな~、お姫様は」


「マスコット的人気だけどな」


 入学して早々、可愛らしい容姿と愛嬌で小動物の如く可愛がられている彼女の人気は、今や同学年だけでなく上級生達にも広まっているらしい。

 ふと隣の姫鐘を見ると、自分の髪を少し弄りながら何やら深刻そうな表情で考え込んでいた。


「やっぱり、ああいう可愛い系の方が良いのかな……でも――」


「姫鐘?」


「へ?あぁいや、なんでもないわよ?」


 急に話しかけられたことに驚いたのか――いや、明らかに何かを誤魔化すように姫鐘は愛想笑いを浮かべていた。その直後、姫鐘に向かって走ってきた何者かが彼女に飛びついた。


「ネコちゃん~宿題写させて!」


「きゃっ、もう……だから自分でやらなきゃ意味ないって言ってるでしょ?」


「そこをなんとか〜」


 急に抱き付いてきたクラスメイトをたしなめるが、さらに泣きつかれるだけだった。明らかにわざとらしい泣き方だが姫鐘はオロオロと俺に助けを求める様な視線を向けてくる。それを俺は白状にも関係ないと顔を背けた。


「もう……今日だけだからね?」


「やった!ネコちゃんやさし〜」


 根負けした姫鐘に嬉しそうにまた抱き着く。俺達のことなどお構いなしに戯れあっているのを微笑まし気に横目で眺める。

 ちなみにネコちゃんというのは、姫鐘がネコ好きであることから“ひめがとは”という名前をもじったもので、クラスの女子間でそう呼ばれているらしい。


「あだ名って厄介だな……」


「なんの話?」


 俺にとって他人事ではないが、司馬は知る由もないことなので「ただの独り言だ」と返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る