47 エバーグリーン




52




彼らの元へ帰る足は自然と早足だった。彼らは下町の待ち合わせ場所で有名な像の前で待っている。


地獄の様なあの場所から私は離れ息を切らしながら彼らの元まで走った。

驚いた様子の彼らは何事だと言わんばかりにそれぞれ私を心配してくれた。とても嬉しかった。



私は一先ずナインズとの会話の一部始終を伝えると安心した様子の彼らに一人つまらなさそうにするリフレシア。



「なんだよ、お前が走ってわざわざここまで来るもんだからてっきり追われてるんだと思ったのに・・・」

「心配・・・してくれてるの?」

「返り討ちにしてやろうと思ったんだが」

「・・・元気ね」


「これから渡しに行くんだよな?」とローライは今回の依頼の遺品である”リオラ”の形見の品のリュックを見せながら言った。



そう私達の仕事はこの形見である品を彼が生前大切に思っていた”フリル”という依頼主の女性のもとへと届ける事が使命。色々な事情が交錯する事態となってしまったが無事に依頼は熟せた事が幸いだと感じた。



「そうだね・・・行こうかローライ君」

「バカ、ローライで良いよ」

「・・・うん。行こう、ローライ」



「いちゃいちゃすんな」と茶々を入れる彼女に本気の怒鳴り声をあげるローライ、仲裁に入るラックはそのまま彼女を引き摺る様に連れて行き、彼らは所長のいる[スターキャリアー]の本部へ、私達は早速荷物を待つ”フリル”という女性の居る家へと向かう事となる。



「なあ、こういう物ってさ本人が亡くなってるから受け取る側も辛いんじゃ無いのか?」


「そうだね。それでもその人の形見である品がどうしても欲しいって人もいる。

思い出だったり・・・その人の事を忘れない為に形として持って置きたいっていう気持ちは大事だよ。


勿論辛く感じちゃうからやっぱり辛くて受け取れないって人もいるけどそれも仕方ない。”死”というのは重い物だから背負い切れないんだから」



彼が私の仕事に興味を持ってくれた。こんなにも嬉しい事はないけれど、やはり仕事柄重い話になりがちで空気を重くしてしまったと私は彼の顔を恐る恐る確認すると、その目が語る私に向けられる眼差しは真剣そのものだった。



「凄い大切な仕事だと思うよ、俺は」

「え・・・ほ・・・ホント?嬉しいな〜」



あまり良い立場にない仕事柄、基本的に褒められることがない事もあり、褒められなれない私は普通に照れてしまった。



「あ、カペラ忘れてたこれ」と彼はポケットから一つの指輪を見せ私に手渡す。それは”RIORA”と文字が刻印された彼女の話に出てきた指輪だった。



「どうしたのこれ?」

「あいつが”これもついでに渡しとけ”って俺に渡してきたんだよ」



彼女なりの贖罪なのだろうか、彼女もまた彼のせいでサニアという友人を失っている。あまりこういう立場にある私が思って良い事ではないのだろうけど”痛み分け”なのかも知れない。

誰一人救われない結末となった中、リフレシアはきっと少しでも拠り所を多く与えられる唯一の”フリル”へせめてもの慈悲で残していたにちがいない。




「ホント、世界を統べた"最厄の龍"の娘がこんなに優しいとなんだか拍子抜けしちゃうね」

「”死神”なんて呼ばれてるお前の方がよっぽど変だよ」

「あれ?なんで知ってるの?」



そう尋ねると彼は少し気まずそうに「あいつに捕まった時に聞いた」とボソボソと答えた。

詳しい話を聞くと、エリミネーターに捕まった時、状況もわからず”恨むならあの魔獣の死神様を恨みな”と言われ、

連れて行かれた先が”トリル・サンダラ”の方面だった事もありすぐに私の事だと分かったという、

その言葉がずっと気にかかっていたけど聞くタイミングを見失い今なら聞いても良いんじゃないかと思ったらしい。




「そっか・・・あんまり良い異名じゃないんだそれ」


「え・・・いや、俺別にそんなつもりじゃ・・・」


何か聞いてはいけない事を聞いてしまったのかと慌てる様子を見て少し揶揄ってみようかなと思っていたけど、

思っていた以上に気まずそうにするので素直にその事について話す事となる。




「[スターキャリアー]ってね、役職で言えばあまり良い立場でも待遇でも無ければ必要とされていなくて危険な仕事だからあまりやりたがる人がいないの。


この仕事をやっているといろんな嫌な物も見なくちゃいけないしね、怪我したり心が病んでしまって長く続く子なんてそうそういないんだ。


その中でも魔獣である私だけがこの仕事を多く長く続け、残っていて。


いつしか色んな人から『好きで続けているんじゃないか?』とか『人の死に鈍感だ』とか・・・まああまり思い出したくないんだけど、気味悪がられちゃっていつしか『私が殺して持ってきたんじゃないか』なんて言われる始末で・・・そこから”死神”・・・なんて・・・・アハハ・・・ハ」



冗談めかしく話したつもりが彼は悲しそうな顔で「ごめん」と一言謝られ、とんでもない空気となってしまった。

まあそうだよね、私でも他人事なら笑えない。こんな時リフレシアがいてくれればぶち壊しに出来たんだろうな、

なんて思ってしまった。



「・・・お前はさ、それでも続けてるんだろ?お前だって師匠のパーティの一員だったならなんでそんな事を甘んじて受け入れられるんだ?そんなにお前にとってこの仕事をする事に何か意味があるのか?」


「別に言われる事に対しては嫌じゃ無い訳ではないんだよ?」


「じゃあなんでそんな仕事続けられんだよ」


「亡くなった私の育てのお父さんが作った組織だから、理屈じゃないんだ。それに私は目指すでも心配してくれたんだよね?ローライの気持ちは伝わってる、ありがとうね」



彼の顔はますます悲痛な様子へと変わり遂には俯いたままそれ以上何も言わなかった。

このまま会話が途切れるのも後味が悪いのでこの街の色々な店を教えながら”フリル”のいる家まで歩く。



相槌は返してくれはするものの終始無言のまま黙るローライ、心の底からこんなナイーブな話をせず適当な冗談でも言えば良かったと後悔した。


距離にして数百mと無い歩いてもそこまでの時間も掛からない距離はとても遠く感じる程に空気が重く感じる。



そんな状況下の中、街はいつもより賑わいを見せ人が入り組む道は自然と私達の通る道を阻み前へと歩みが遅くなる。このどうしようもない空気感の中めげずに会話をしようと必死に彼に声をかけ続けるのだった。


繁華街を抜けやっとの思いで辿り着いた住宅街、一通りも少なく、ここまで来られれば依頼主の”フリル”の家の前まではもうすぐそこにある。


私はすぐに荷物を引き渡せる様に準備をしていると隣に立つ彼は私に言う。



「カペラ、俺師匠がお前についていけって言った意味分かった気がする」

「何か経験の糧になれたのなら私も嬉しいな。でもあの人はそんな深い事考えてないよ」

「え?・・・そう・・か?」



「ラックはあなたに何か経験させたくて私に同行させただけで別にそれ以上に何か考えがあって言ったつもりないと思うよ。あなたがこの旅を経て見出した考えも思いもあなた自身が得た物で私たちは何もしていない。


ただのきっかけ作りに過ぎないんだから。旅の中でそうやって自身の成長に繋がる考えを見つけられるって事はすごい事だと思うし自信持って」



照れくさそうに顔を隠す彼を見ているとかつての私とムジークもこんな風だったのかな、なんて感慨深くな思ってしまった。


「ありがとう、カペラ」

「ううん」

「俺お前と出会わなかったらきっと最初に一緒に歩いた時みたいに無茶して強くなろうとしてた」

「誰だって強くなりたいから焦る気持ちは分からなくもなかったよ。そろそろ着くね」


なんの変哲もない特に特徴のない一軒家、扉の横につけられた住所と名前は間違いなく”フリル”で間違いはない。

扉を強く叩き返事を待っているも声は聞こえず、しばらくするとその扉はゆっくりと開かれる。



「こんにちは・・・”リオラ”さんの形見をお届けに参りました・・・」



顔を見せる”フリル”本人と思わしき女性、その髪や肌は荒れ、青白くなり憔悴しきっているその顔には涙や目のクマさえもくっきりとその顔に残っている。ローライが驚き後退りしそうになるのも無理はない。



「先日ご依頼頂いた”リオラ”さんの物で間違いありません。こちらで全てとなります」


彼女のか細く弱った手に彼の残したリュックや指輪といった物を手渡すと彼女はそれを受け取り、膝から崩れ落ちボロボロと涙を溢しうずくまり大声で泣く。


私は直ぐに彼の手を引き、彼女の事をそっとしようとその場からさろうとした。背を向け去ろうとする私達に気付いた彼女は逃げ帰ろうとする私に向かい大声で怒鳴りつける様に言う。



「お前が死ねばよかったんだ!!私はあんな仕事して欲しくなかった!!お前なんか死んでも誰も悲しまない!!お前が死ね!!お前が行けば良かったんだ!!!この死神!!!疫病神!!!魔獣の一匹死んだくらい誰もなんとも思わない!!」



投げつけられる罵詈雑言は耳を塞ぎたい程に街に轟く。だけどこんな事は良くある事で、傷付かないと言えば嘘になってしまうけれど、亡くなった人を思う人の気持ちを考えればこんな事なんでも無い、労わる気持ちがあればこそ慣れる必要がある。そう私は強く思いながら胸を張ってこの仕事を続けている。

振り返る事なくそのまま去ろうとした時。


強く握り締めた手を解き彼は一人泣き崩れる彼女の元へと早足で戻っていく。そんな彼を私は止めようとすると、彼女の前へ立ち彼は言った。




「俺はあいつが死んだら悲しいよ、あんたが亡くなったその人を思う程に」



彼の怒りの感情を押し殺したまま、今にも泣いてしまいそうな震えた声と悲しい顔を私は決して忘れる事は無いだろう。



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